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【戦線都市ワダツミ・カプリッチオ】  作者: 幾多野 数多
【鳥籠ノ章】
22/22

第10話「産土ノ巫女」

 




「バズるぞ、これは。絶対」



 5大列強勢力が一つ、ムルシエラゴの実質上トップであるダウナーが、パイプ椅子をぎしっと鳴らす。携帯端末機の画面に映るのは、なんと、ルグレや葛桐や虎太郎と共闘を繰り広げる鵺咫路だ。

 信じられない事に、相手はなんとあの死神である。公式の試合で、3頭の獅子を殺した過去を持つ。

 最初は、2頭の虎であったが、それを死神が殺してしまうと、追加で獅子が投入されたわけだが。

 その獅子をも、死神は狩った。

 勝ったのだ。

 事実上、死神その殺傷能力は、大袈裟でもなんでもなく、虎に並ぶ。


 人間が挑むものではない。それは、蛮勇ですらないのだから。

 死神に挑むなど。自殺志願である。

 そんなものは。


 普通は、成立しない。人間と死神とでは。

 しかし、もし、成立させるだけのパフォーマンスを持った人材が揃うのなら。



「いいビジネスになるぞ、これは」







            ●






「うちの娘に、手を出すな。そもそも近付くな」



 濃密で。

 重厚な。

 殺意。


 鵺咫路も、虎太郎も、葛桐も。

 一様に押し黙る。そして、引いていた。



「…………さっきと全っ然、顔付きも態度も違うんだけど」



 静かに。静かに虎太郎が、呟く。

 音を立てず。水面下に、釣り針を沈めるかの様に。

 とあるスペシャルマッチにて、鵺咫路、虎太郎、葛桐、ルグレの4人で、死神を相手にする事になったわけだが。ルグレの拳と、鵺咫路の拳で、死神が片膝を着いたところで、試合終了(タイムアップ)となった。

 結果は判定勝ち。

 4対1とは云え、相手はあの死神だ。勝ちは価値(勝ち)

 盛り上がった4人が、打ち上げでもしようぜという話になったところ、ルグレの娘が現れたのだ。いや、正確には、娘ではないのだが。

 ルグレの居候先の神社の娘。



「やあ」



 176センチの上下ジャージのポニテ女子が、鵺咫路達に快活に挨拶をしてきた。肩幅が、競泳選手のそれである。



斑鳩(いかるが) 駿河(するが)……この、ワダツミ唯一にして無二の神社、産土大社(うぶすなたいしゃ)の巫女をやっている」


「そんなマッシブな巫女がいるかよ」



 ボソリと呟く虎太郎を、ルグレが満面の笑みで睨む。



「どうやってんだそれ」



 今にも飛び掛かって来そうな。そんな、空気。

 試合終了した時は、気のいいおじさんキャラだったルグレが、斑鳩が名前を呼び、駆け寄ってくる瞬間に激変したのである。「うちの娘に近付くな」と。



「うぶすな…………ああ、あのマンションの間から見える大鳥居の」



 鵺咫路は、記憶をまさぐり、情報を引き抜く。湾岸都市から見える、あの鳥居を。



「そそ」



 短く、斑鳩は、返事をする。



「産土大社は、戦後、このワダツミと一緒に建立(こんりゅう)された感じの由緒正し目な神社なの。応援してくれると嬉しい。

 ……神社エール……なんつって!」



 陽の波動に、鵺咫路は目を背けそうになる。



「初対面相手だろうが、関係なしにゴリゴリに、自分のキャラ出してくる感じが…………つらい」


「つらいって何!?」


「つらくて直視出来ない」


「何か引かれてる? 惹かれてるじゃなくて?」


「……苦手、かなぁ……君のこと」


「初対面なのに!?」



 ノリが、合わない。そういう時も、ある。

 ノリが、合わない。そういう相手も、いる。

 そういう事なのだろう。



「……えぇー……なんだろ。なんか……もしかして、私、失敗しちゃったのかな。

 ……わかんないけど」



 彼女は、驚いた表情で、うなじの少し上を掻く。



「やっちゃった」



 今度は悪戯が見付かった時の猫の様な表情になった斑鳩が、ルグレを見上げた。170センチを超える彼女ではあるが、ルグレはそれ以上の巨躯である。



「うちの娘を泣かせたな貴様」


「ちょっと傷付きはしたのだけれど、泣いてはいないぞ?」


「貴様ァッ! うちの娘を傷物にしやがったなッッ!!」


「とりあえず特定のワードにだけ反応するのやめない? 誰も幸せにならねえからさ」



 ルグレに胸倉を鷲掴みにされ、激しく前後に揺さぶられ。鵺咫路は嘆きを一つ、溢す。

 虎太郎はルグレにドン引き。葛桐は、どうしたものかと、とりあえず傍観を決め込む。

 つまり、鵺咫路を何とかしてやろうという者が、この場に居ない事になるわけだ。



「……この裏切り者共め」



 怨みがましく。

 鵺咫路は一瞥を向けた。裏切り者達へ。


 ────場所は、モザイクスラムタウンの川沿いの屋台通り。強気で割高なお祭り価格全開が並ぶ。

 モザイクスラムタウンで騒ぐ分には、近隣住民に迷惑があまり掛からない。モザイクスラムタウンにも宿泊施設はあるが、そこに寝泊まりしている人間は訳アリで、酔っぱらいが騒ぐ程度の騒音を気にしていない者ばかり。

 喧騒の街、モザイクスラムタウン。

 くそったれな、酔いどれ共に、光あれ。

 聖職者でもいれば、そんな祝福を、口にしていただろう。



「…………」



 無言でルグレを見ると、鵺咫路を眼力で死に至らしかねない彼と目が合う。



「なるほど。理解した」



 娘の事になると、IQが下がるタイプなのだと。……まあ、その娘は実の娘ですらないのだが。

 しかし、初めて拳を交わした時は、親身になって、鵺咫路にアドバイスをしてくれていた。娘さえ絡まなければ、世話焼きおじさんなのだろう。

 ……一番、気を遣う相手ではないか。少し言葉選びを間違えると、相手は豹変してしまうのだから。



「で…………それ、で……ええと、どうするんですか? 男子だけで盛り上がろうぜ、金の心配ならするな、おじさんは(カネ)なら腐るほどあるんだ。

 聖職者を嘗めるなよ…………と、おっしゃってましたが」


「云ってない云ってない云ってないよー? そんな明らかに社会人が口にしたらやべえ台詞なんか、吐いてないよー?」



 葛桐の言葉に、ルグレは真顔になる。



「む……ルグレおじさん。剛毅なのは罪とは云わないが、時に言葉より沈黙が(きん)となり得る事だってあるのだと、そう説いたのはあなただぞ。

 ルグレ=ルサンチマン神父」


「ぐはァっ」



 ルグレが、左胸を押さえて片膝を着く。

 娘の年頃の少女からの正論は、初老男性には、特効である。



「何食べに行きます?」


「お前……すげえな。この空気で飯の話続けんのか」



 打ち上げについてどうするか、話そうとしている葛桐に、虎太郎は度肝をヴチ抜かれてしまう。



「だってもう、このまま自分らがここにいたところでじゃないです? 身内ノリを部外者が見せられても」


「それはまあ、そうなんだけど」


「もっと、こう」


「云い方ぁ」



 ダイレクトにしてダイナミックな物言いの葛桐に、鵺咫路と虎太郎がハーモニーを掻き鳴らす。



「ご飯、食べに行くんだ?」



 話に入る斑鳩に、3人の視線が投げ掛けられる。

 スポーツ少女の権化。彼等の目の前に顕現しているのは、まさにそれ。

 しかも、巫女属性持ち。そんな彼女が、3人とルグレの顔を見渡す。



「大人1人と、食べ盛り3人に、美少女1人かー。なるほど」



 どうやら、今からでも入れそうな店に心当たりがあるようなのだが。



「おい。この女、自分も参加するつもりだぞ」


「ああ。しかも、自分を美少女と自己申告しやがった」


「……僕、そんなに量を食べない方なんですが」



 3人で円陣を組む中、葛桐の自己申告に、鵺咫路と虎太郎の「いや、それは知らんけど」という視線が突き刺さる。



「焼き肉でいーいー?」



 間延びした語尾で、斑鳩が提案を示す。

 野郎3人は、チラリと斑鳩を見て、そして、野郎共に視線を戻した。



「おいおい、本当に来るつもりだぞあの女」


「しかも、勝手に決めやがった」


「勝手じゃないじゃん。ちゃんと訊いてんじゃん」


「うっわ、円卓の中に参加してきましたよ」


「そのリアクションはなくない?」


「そんなリアクションにもなんだろ」


「ふふっ。うちの娘かわいいなあ」


「でかいのまで入って来たあ!?」


「我は円卓の騎士が1人、ガラハット」


「騎士を名乗りだしやがった……」


「ノリノリじゃねえか」


「母と子と精霊の御名においてバイブスバチバチにブチ上げてこうぜぇ」


「イケイケじゃねえか」



 円陣に全員参加である。

 最早、円卓。


 仕事帰りのサラリーマンやOLでごった返しごった煮になった、雑多な喧騒が飛び交うモザイクスラムタウン。

 観光地であり、ホテル街や飲み屋街の顔を持つ。しかし、学生達が行ける様な飲食店が無いわけではない。



「私のバイト先の売り上げに貢献してくれ」



 そう、斑鳩に告げられ、案内された先は、焼肉屋『お奉行三昧』。夜7時を回ったところ。

 大食漢の鵺咫路としては、空腹で眩暈を覚えてしまう。そんな時間帯。



「さっさと入っちまおうぜ。腹ァへってんだ」



 両側に気合いの入った雄牛のオブジェクト。炭の香りが空腹感を刺激する。



「…………我々も入りましょう」



 鵺咫路に続き、葛桐達も入店。玄関のマンガ肉のオブジェクトが、良い味を出している。



「……これは期待出来そうだ」


「そうだろう、そうだろう」



 いつの間にか隣に立ち、腕組みをしていた斑鳩に、鵺咫路が後退り。



「いらっしゃいまー……って、るがーじゃん。今日、シフトじゃなかったよね?」



 斑鳩の距離の詰め方に、鵺咫路が苦手意識を膨らませていると、従業員がやって来た。

 どうにも、斑鳩とは顔見知り。彼女自身が、ここがバイト先だと云っていたので、当然と云えば当然。



「うむ。客として来たのだ」


「ずんだ餅みたいな喋り方するじゃん」



 従業員は、「仕事増やしやがって」という表情を浮かべ、不本意ながら鵺咫路達を奥へ案内した。……接客業のセンス0かよ。

 そんな空気の中、通された個室は、トイレから近く、有難いものだ。案外、仕事は真面目にこなすタイプなのか。

 まあ、考えすぎで、ただの偶然である可能性だってあるのだが。



「さあ、聖職者が敬虔な信徒から掻き集めた金で、じゃんじゃん喰うがいい」


「おっ。そんじゃ、お言葉に甘えて」


「…………」



 思った反応を得られず、ルグレは黙りこくる。その隣、タブレットのすぐ横に陣取っていた鵺咫路は、とある疑問を口にする。



「注文取りに来るの遅くない?」


「そこをどけ。原始人め。

 いいか、このタブレットで注文を……どうすりゃいいんだこれ」


「よこせ原始人」



 仲がよろしいようで何より。ルグレが神父らしからぬ口調でタブレットを手に取り、ガソリンスタンドのセルフのタッチパネルにすら手こずる彼の動きに迷いが出たところで、虎太郎がルグレからタブレットを奪い取る。そうして、虎太郎が、タブレットを操作する手を止めて、鵺咫路達へと目を向ける。



「食べ放題でいいか?」


「まあ、そうだろうな。それが、安上がりだと、私は愚考する」


「コースはどうするよ? 3つあって、一番安いやつで2500円、1時間」


「1時間じゃ食べた気しねぇだろ」


「…………それもそうか」


「で、どうすんの」


「私のおすすめになるが、真ん中の、1人4000円、90分食べ放題コースでいいんじゃないだろうか? リーズナブルであり、それなりの種類を飲み食い出来る。

 ……アルコールは別だから、飲み食いの『飲み』は、聞かなかったことにしてくれ」



 斑鳩も、男子達の会話に混じり、話が決まっていく。ナチュラルだ。

 (じつ)に。

 ナチュラルである。


 サバサバ系……とでも、云うのだろうか。出遅れ感が否めないところではある。

 サバサバ系と、云われたところで。何にせよ、彼女は違和感なく、男子に溶け込む。

 スパイか何かなのだろうか。

 否。

 彼女は、強いのだ。コミュニケーション能力が、高い。

 コミュニケーションおばけ。

 コワイ。

 鵺咫路は、そんな彼女の事が、苦手であった。


 まあ。


 そういった相手とも、交わらなければならないものだ。人生の大半は。

 そういうものである。また一つ。少年は学びを糧に、大人の階段を登る。


 登った段数の積み重ね。それは、ああ、確かに。

 大人へと至る為のエッセンスなのだろう。

 だからこそ、学びとは、尊いものである。それが、積み重ねたものなら、尚更の事。



「…………」


「…………なんだよ」



 食事が始まり、迎いに腰を降ろした斑鳩が、鵺咫路に視線を向けていた。それを、不躾なものとして受け取ったのか、不機嫌そうな声を出す。



「ふふ。気に障ったか。

 すまない……いや、気になっていたんだ。君の事は」



 斑鳩が、微笑む。



「ルグレおじさんに、勝ったのだろう?」



 「そのことか」と、鵺咫路が半目になる。まあ、半目になったところで、両目の隠れた彼の様子なんて、分かるものではないが。



「戦ったから結果が出た。そんだけだ」



 鵺咫路の言葉は、短い。短く、不足もしている。

 足りない。足り得ない。

 そんな、言葉だ。



「まあ、それは。戦えば、自ずと結果は出るものなのだろう」



 云いたい事、話したい事は、そういう事ではないのだが。



「…………ふうん」



 斑鳩は、目を細めて。



「なるほど」



 短く息を吐く様に呟く。



「お喋りが嫌いなのだな」



 云い当てられ、それが悔しいのか、鵺咫路は顔を逸らす。



「べつに。話す様な事じゃねえってだけさ」


「ふうん?」



 呟く鵺咫路の顔を覗き込もうとするが、やはり、顔を逸らされる。



「駿河。やめなさい」



 落ち着いた声で、ルグレが云う。



「その話はしたくないのだと、彼は、意思表示を既に終了している。

 これに踏み込んだところで、印象は悪くなるだけだ」



 「はいはい」と。斑鳩は肩を竦めた。



「はーい。ご注文は、お決まりでしょうかあ」



 そんなタイミングで、個室の襖が開かれる。入り口で案内をしてくれた店員である。

 いつの間にやら、虎太郞が端末で店員を呼び出していたらしい。



「4000円の食べ放題コースで」



 勝手知ったる斑鳩が、店員へと注文した。



「はいよーりょーかーい」



 さて。楽しいお食事会である。



「お。カレーあるじゃん」


「正気か貴様……!?」


「焼き肉に来て、カレーで腹を満たすやつがあるか」


「いるよね。こういうの。

 こういう人! うどん屋とかラーメン屋でカレー食べてくる人」


「わかる。焼肉屋に来たなら、肉を食えっつー話だ」



 サイドメニューの中から、カレーを発見した鵺咫路が、さっそくそれを注文したのを見て、非難轟々。



「なんだよ。メニューにある物を頼んで、何が悪い」


「カレーが食いてえのなら、カレー屋に行けよ」


「焼肉屋のカレーが気になんだよ」


「邪道だわー」


「うるせぇな」



 何も悪くない。

 悪い、悪くないかの話で云えば。ゲームの中に用意されていた回復アイテムを使ったら、ミッションのクリア評価が下げられたかの様な。

 そんな感覚である。鵺咫路としては。



「気に入らないなら、自分がやらない。それでいいだろ。

 人にその好き嫌いや気に入らない感覚を押し付けるのは、傲慢だ」


「…………」



 まあ。基本的に。

 食べ物の話は、喧嘩になりがち。邪道だとかを云い出せば、なおのこと。

 誰も幸せにならない。


 スライスしたトマトに砂糖かけて食うとうまいとか。塩じゃねえのかよ。

 なんだよ砂糖って。ケチャップでいいだろ。

 ケチャップ飲め。がぶ飲みしてろ。



「……大人の意見としては、どうですか?」



 葛桐から水を向けられ、面倒臭そうな、それでいて、複雑そうな面持ちで、ルグレは口を開く。



「ラーメン屋やうどん屋だとか焼肉屋で、それを頼まずにカレーライスだけを食うのだとしたら、それは、マナー違反かもな。ミニカレーにしてセットで注文するなら、神も許すのだろうが。

 ラーメン屋は、ラーメンで勝負するものだ。故に、関係ないものを食っていくのは、失礼にあたるというか」



 大人というか、個人的な感情の話になってしまったが。あと、神を巻き込むな。



「マナー云々って話を持ち出すなら、そもそも、じゃあメニューにカレーライスを入れるなよって話になんだろ。メニューにカレーライスを入れた店側の落ち度だよそれは。

 好きなもの食わせろ。メニューの中では、好きなものを食わせろ。

 店側でなく客側の主観と主張なら、黙れ。他人の事に口出しするな」



 食に対する価値観の多様性。そういった事で、起きるいざこざ。

 まあ、感情論になりがちである。



「しかしよ、お前のその、カレーの注文で誰かが不愉快になるのなら、それは、改めるべき問題点なのでは?」



 虎太朗の言葉に、鵺咫路は静かに首を横に振った。



「それが、個人的な感情の話である限り、それを俺に強制する程の特権はねえよ」



 思ったより、鵺咫路のレスバが強かった。…………まあ、それはそれとして、焼肉屋でわざわざカレーライスは注文するな。





            ●










「────……闘争とは、地獄の押し付け合いだ。拳の中に握り込んだそれを、互いにぶつけ合う。

 そして人間は、自身の地獄と、他人の天国が赦せない。だから、辞める事が出来ない。

 止められない。闘争を。

 それは、病であり呪いの如く。

 誰だって、地獄は嫌だろう?

 君も、僕だって。そりゃ嫌さ。

 だから、他人に押し付ける。塗り付ける。

 自らの地獄をね。


 僕の場合は、そうだな。


 僕が僕の地獄を知った時、世界に押し付けてやろうと思ったよ。僕の地獄をね。


 僕は僕の地獄を以て、世界を塗り潰す」









            ●






 さて。


 宴もたけなわ。


 喧騒の街モザイクスラムタウン。

 当然、治安はよろしくない。人工島ワダツミで、治安がいい場所の方が珍しいくらいだが。

 食事を終えた鵺咫路達が店から出ると、目につくのは黒スーツにサングラスの男達。分かりやすい。

 明らかに、カタギの人間ではない。木刀、角材、金属バット、鉄パイプ…………見るからに穏やかじゃない。



「……どこの組の奴等だ」



 暴力組織。極道。

 それが、ワダツミにも根を張っているという話は、鵺咫路も聞いたことがある。しかし、数ある組の中のどの組なのかともなれば、カタギの高校生には、判断が難しい話。



「バッジを着けていない……ここいらで影響力が最も強いのは、鏖神会傘下といったところだが……ふむ、情報が少ないな。どうやらあちらさん、正体を隠したいらしい」



 ルグレが、黒スーツの連中がバッジを外している様子から、特定出来ずにいる。逆に、バッジさえ着けていれば、特定出来るという意味になるのだが。



「駿河、下がってなさい」


「しかし、おじさん」



 女子高生を庇う様に、ルグレが1歩前へ出る。



「大人は子供を守るものだ」


「…………」



 それは、殴る為に握られていた拳を、祈る為の拳に変えて。再び殴る拳に戻した男の言葉であった。


 暴力神父。


 そう、彼は、暴力神父。


 暴力はむしろ、彼にとって、勝手知ったる庭。


 ルグレはチラリと、目の端に、鵺咫路を捉え。



「駿河を頼む」



 1人でここを受け持つと、そう云った。



「武装893が……7人だ。無理だろ、1人じゃ」




 無謀である。蛮勇である。

 街のヤンキー、チンピラとは訳が違う。893とは、暴力を生業としている。

 職業、暴力。

 つまり、人を殴る事に躊躇がない。ブレーキがない。

 そんな人種が、武器を持っているのだ。鵺咫路は、さすがに1人で相手していい数ではないと主張する。



「云っただろう。大人は、子供を守るものだ」



 矜持。それが、ルグレをルグレ足らしめる。



「そもそも、なんなんすか……この人らは」



 葛桐がスーツの男達を睨みながら、疑問を吐く。襲撃者……という事に、なるのだろう。

 何故、襲われているのか、という肝心の疑問に対しては、無口そうな男達は、答えてくれそうにない。



「まいったね、こりゃ」



 周囲の様子を見た虎太朗は、困った様に笑う。いつもは、人通りでごった返すモザイクスラムタウンが、人気(ひとけ)がなくなっているのだから。



「ヤル気満々じゃねえの、あちらさん」



 標的が誰にせよ、この店に鵺咫路達が入っていくのを確認し、人払いをした上で待ち伏せた。統制され、計画された人の動き。



「なんでもいい。俺が身体を張ってまるごと逃がしてやる」



 拳を握り締めたルグレに、凶器が降り注ぐ。どうやら、待ちくたびれてしまったらしい。




            ●






「劇薬よりも甘ったるく、劇薬の様に冷徹で慈悲深く……さあ、闘争劇の始めてくれ」







            ●





 逃げられない。

 逃げ切れない。


 計算され、管理された戦力の逐次投入。


 逃げ切れない。

 逃げられない。


 大通りに倒された黒スーツの男達。倒すしかなかった。

 戦うしか。闘争だけが、選択肢だった。



「……つっよ」



 葛桐が、息を切らす。その視線の先には、埃を払う鵺咫路の姿。

 彼の周囲には、武装した5人の黒スーツ。

 葛桐と虎太郎の足元には、同じく武装した2人の黒スーツ。



「モノが違うな」



 虎太郎が、鋭い目付きで、鵺咫路を見ていた。2対2で、暴力のプロと渡り合った虎太朗達は、無傷である。

 しかし、鵺咫路は、何発か食らっている様子。

 暴力のプロの鉄パイプを食らい、今は、埃を払っているのだ。わけがわからない。

 耐久性が、おかしい。



「怪我は……ねえか。後ろに居たもんな」



 鵺咫路が、窺う様に横の斑鳩に、声を掛ける。



「なんだ、私にさがってろと云ったのは、そっちだろ。今さら、それを責めるのか。

 感心しないな。好きじゃない。

 そういうのは」



 眉の形を歪め、斑鳩が云う。

 彼女の足元には、ねじ曲げられたバールの様な物と、ぐにゃぐにゃにひしゃげた鉄パイプ。そして、拳の凹みが刻印された金属バットだ。

 どれも、どれもこれも、鵺咫路がやった。



「君の筋力、おかしくないか?

 筋力…………というか、筋力もそうなんだが、君の肉体の硬度は、一体、どうなっているんだ?」



 人類という物質は、金属という物質に打ち勝つ様な設計でも設定でもない筈である。

 フルスイングされた金属バットを、右ストレートで殴り返した鵺咫路がファンタジーなのだ。



「俺が拳を握れば、それが、地上最強にして地球最硬の物質だ」



 それで、納得しろというのか。実際、それで金属に勝ってしまっているのだが。



「おら、逃げんぞ。ぼさっとしてんじゃねえ」



 モザイクスラムタウン。

 鬼ごっこに興じるには、悪くないロケーションである。そんなコンテナ街を、4人の少年少女が駆けていく。

 彼等を追うのは、武装したスーツの男達。



「まだ30人はいるな」



 戦える数じゃない。たとえ、虎太朗達が、ワダツミでも上澄みの手練れだとしても。

 大通りというシチュエーション。その横路に配置された黒スーツ。

 どういうつもりか、一斉に襲ってくるつもりではない様だ。



「……私が狙いではないようだ」



 斑鳩の言葉に、鵺咫路も浅く頷く。



「尤も、狙われる理由もないが」



 893が、こぞって女子高生を追い回す。そういうシチュエーションではないらしい。

 では、彼等の狙いとは……。



「……俺、かな」



 鵺咫路が呟くと、斑鳩が顔を上げた。



「奴等の狙いについてか? 私も、そうなんじゃないかと思い始めていたところだ」



 どうにも、鵺咫路も自分の注目度について、しっかりと向き合うべきなのかも知れない。注目されてしまうだけの何かが、自分にはおそらくあるのだと。

 自覚はなくとも。



「心当たりは、ショヴスリ・ダンジョンくらいだけどな」



 名前も顔も、売れてきたという事なのだろう。こういった手合いが、絡んでくるというのは。

 ……まあ、少々、想定していた規模をはみ出してはいるが。



「おい、おかわりだ。おかわりが来たぞ」



 続々と、黒スーツの男達が、革靴の音を鳴らす。その気になれば、一気に暴力の海で鵺咫路達を呑み込む事だって出来るだろうに。

 それをしないという事は、それは、目的ではないのだろう。


 で、あれば。


 黒スーツの男達の目的が、鵺咫路達を、再起不能にする事ではないのであれば、だ。


 果たして、その目的は。

 その目的は、どこにあるのか。



 そう、鵺咫路が思考を回していると、4人組の男が現れた。

 と、いっても、だ。4人が横並びにやって来た、というわけでもなく。

 1人の男に、3人が付き従っている印象である。黒スーツの893達とは、また違った4人。

 黒スーツの男達は、金髪やら赤髪やらの色彩が混じってはいるが、新手の4人は、全員金髪系である。

 顔の骨格も、日本人のそれとは、異なるもの。武器は持たず、しかし、黒スーツにサングラス。

 893と思わしき、黒スーツの男達が、彼等に道を譲っているあたり、協力関係にはあるのかも知れない。



「…………」



 リーダー格であろう男が、鵺咫路に向かって、拳を構えた。



「自己紹介もなし、か」


「無愛想な上に、無口な男達だ」



 鵺咫路の呟きに、斑鳩が続く。



「なんだよ。やる気か?

 ……立場上、俺は神父さんに、お前さんの安全を頼まれているわけだが」



 鵺咫路の問いに、斑鳩は、首を横に振る。



「連中の私が目的ではないのなら、私が出ても問題にはならない。違うか?」



 鵺咫路は首を捻る。



「そうか……? そうなのか?

 ……そうなるのか?」



 納得しそうになるが、そうじゃない気がしてならない。

 かといって、斑鳩を説き伏せられるだけの弁舌を、鵺咫路が持ち合わせているわけでもないのだ。というか、相性が悪い。

 シンプルに、彼女との相性が、よろしくないのである。


 「苦手だ」と、鵺咫路は頭の中で呟く。



「ツッキー」



 鵺咫路を、虎太郎が呼ぶ。見れば、虎太郎と葛桐の前に、黒スーツの男が武器を構える。



「悪いんだけどさ、ちょっとそっちを手伝えそうにはねえや」



 分断。戦力の分断。

 鵺咫路達と、虎太郎達が、分かたれた。さて、状況として厳しいのは、果たしてどちらか。



「……いかついねえ、外人さん」



 鵺咫路は、新手の男達を改めて観察してみる。平均180cmはありそうな連中だ。

 レスラーの様な体格ではないが、貧弱な肉体には見えない。服装のせいで、分かり難くはあるが。

 特に、リーダー格の男。金髪でオールバック。

 冬でもないのに、マフラーを巻いているのは、お洒落なのだろう。お洒落は、万人の解釈に分かれる。

 この男は、190cmは背丈がある。両手には、黒塗りの牛革製のグローブ。

 コートも上等な物なのだろう。艶々している。

 一定の財力のある組織の人間、という事だろうか。鵺咫路の観察眼や審美眼から察しても、何となく高価そうな物という事くらいしか分からないが。

 よく鍛え、暴力の技術を磨いた人間だけが纏う風格。それが、ある。

 ふと思う。鵺咫路は思うのだ。

 死神に、似ているのかも知れない、と。目の前の、この男が。

 感性の話になるが。似ている。

 そもそも、性別すら分かっていない死神と、今日初めて会ったこの男の、どこが似ているのかと問われれば、答えに窮するのであろう。

 鵺咫路は。鵺咫路は、きっと、言葉を探す事になる。

 手札になり得る言葉を。


 おそらくは、雰囲気。

 空気、風格。

 そういった、もの。


 それが、似ていると思えた。

 人種。そう、人種だ。



「くるぞ」



 鵺咫路の脇を、斑鳩の肘がつつく。金髪の男が、拳を構える。

 拳は、閉じず、緩く開いて。これは、殴打にも掴みにもなる『手』だ。

 なるほど。慣れている。

 暴力に。

 それを、振るう立場に。

 慣れている。

 鵺咫路は、詳しくはないが。


 軍隊式格闘術。


 そういったものを、修めている。目の前の、金髪の男は。

 敵を制圧し、或いは、手早く効率的に殺す。

 そんな、合理的な技術の持ち主なのである。鵺咫路達が、対峙した相手は。

 つまり。

 一介の、男子高校生の手に負える案件ではなくなったわけで。この状況で、鵺咫路のとるべき最適解は、無抵抗で相手に捕まるか、状況を打破出来る誰かに来てもらうかだ。

 そんな人間が、都合よく現れるわけがない。

 そんなわけがないのだ。

 つまりは、この場合。






 十月 鵺咫路が異常なのである。








 ────金髪の拳が迫る。


 鵺咫路はそれを、拳で払い除けた。ボクシングに同様の技術はあるし、柔道にも似た技術はある。

 要するに、格闘技の中では、ごくありふれた一般的な技術だという事。


 しかし、異常だった。


 ジャブのつもりで放った右の拳が、走行中の車に接触したかの様に弾かれる。金髪の男は、ここで初めて、表情が波打つ。

 右腕で爆ぜる衝撃に。折れてしまったのではないか。

 右腕の骨が。

 そんな疑念さえ浮かぶ。

 腰の入っていない、雑な振り払い。それが、こんなにも狂暴なのか。

 まるで、野生の大型肉食獣だ。


 予想外の威力に、金髪の男が2歩後退し、たたらを踏む。



「畳み掛け────ッ」



 斑鳩の号令に、鵺咫路は共に1歩踏み出す。そこまでであった。

 これは、2対1ではないのだから。

 2対4だ。

 金髪の男が後退し、3人の男が入れ代わり、武を繰り出す。暴力ではない。

 これは、武。

 理論値を、理想値に寄せる為に、足し算と引き算を繰り返し。

 編集を重ね、労力と時間を積み上げたもの。故に、3人は、それぞれの動きに迷いがなく。

 鵺咫路達へと、武が牙を剥く。



「驚いた。戦闘のプロ……というやつかな」



 斑鳩の声が弾む。



「…………」



 鵺咫路は、言葉を失う。


 技術。技術だ。


 金髪の男達のそれ。

 足し算と引き算の繰り返し。

 その試行回数が、圧倒的に違う。

 鵺咫路は、完成された式を、そこに見た。見出だした。

 魅入る。


 金髪の男達の武を、斑鳩が呑み込む。



「なんだ、そりゃ」



 辛うじて、それだけ音に出来た。果たして、鵺咫路は、どんな声色でそれを鳴らしたのか。

 驚愕か、恐れか、興味か。


 斑鳩は、金髪の男達を翻弄していた。拳を、脚を。

 彼等が用意した武を、呑む。


 ひらひら、ゆらゆら。


 掌で、肘で、肩で。


 逸らし、崩して。

 捌いて、いなして。


 数ある武を、斑鳩の舞いが、包み、くるみ。



「ほい、と」



 3人の男達が、気付けば折り重なり転倒していた。何をされたのか、理解していない。

 そんな、顔。そんな、表情。

 そんな、様子である。

 実際、そうなのだろう。

 鵺咫路は、少し離れた位置から見ていたから、まだ、なんとか解った。しかし、実際にやられた方は、何が何やら。

 そんなところだろう。



「私は、産土大社の巫女だぞ。荒ぶる神を鎮める、産土大社の巫女だ」



 神楽は巫女の嗜み。


 そう、神楽だ。

 彼女が舞っていたのは、祭事の際に披露される、産土神楽。

 彼女はそれを、喧嘩に転用したわけだが、元々、対人を想定されていたのかも知れない。『受け』の技術の高さは、柔術であり、合気道と遜色ない。

 要するに、これは、ただのダンスではないのだ。



「なるほど。戦えるタイプか。

 戦えるタイプの女子だったか」



 鵺咫路の口の端が吊り上がる。

 嬉しい誤算というやつ。

 身を守れる程度だとか、護身術を齧っているだとか。そういったレベルではなく。

 ちゃんと、対応出来ている。

 あまり、見ないタイプの使い手ではあるが。しかし、確かな戦力である。



「!」



 これなら、まともに戦えそうだと、鵺咫路が安堵の息を吐く。

 そんな、彼の肌を刺激する敵意。或いは、害意。


 リーダー格であろう金髪の男。


 そいつが、鵺咫路に迫る。

 開かれた左手が、鵺咫路の首元を狙うが、再び、鵺咫路が腕を真横に振り抜く。



「…………!」



 しかし。


 その開かれた左手は、止まっていた。鵺咫路が振り払うモーションに入った時には。

 鵺咫路は、そういった駆け引きに弱い。フェイントというものに。

 慣れ親しんだ暴力は、街の不良相手にぶつけてきた。母は、誰かをぶん殴る技術は教えてくれたが、戦闘というものを教えたわけではない。


 この街、ワダツミ。海上の学園都市ワダツミこそが、彼の先生であり教室なのだ。


 今、まさに。

 彼が、新たなカードをその手に。



「ッ」



 腕を振り抜き、無防備になった右襟首を、金髪の男が掴む。

 ここからだ。

 金髪の男が、締め技に繋げるにしろ、投げ技に繋げてくるにしろ。鵺咫路は、捕まってしまった。

 鵺咫路が地元で、野生のヤンキーを相手にしていた頃、格闘技を修め、研鑽してきた者なんて、誰1人としていなかった。だから、衣服を掴んでくる輩がいたところで、その後は、大抵、力任せに引っ張り回したり、殴り付けたりが精々。


 鵺咫路は、瞬時に行動に移した。


 掴む。


 鵺咫路もまた。



「コーヒーカップは好きか?」



 鵺咫路が、力任せに、金髪の男を振り回す。防御反応ならば、まだ分かる。

 しかし、鵺咫路は、後出しで攻撃してきたのだ。

 胸ぐらを掴んだ者同士が、回る。ぐるぐる回る。

 回しているのは、鵺咫路の方。彼が、金髪の男を振り回す。



「はっは……はは! はははっ!」



 回るだけで、テンションが上がったのか。鵺咫路が嗤う。

 明るく、獰猛に。



「はははは! ははは。

 あははははあはははは!」



 回す。人1人、成人男性を。

 2人が回っているのではなく、1人で、回している。片手で、ぶん回す。

 横転事故を起こす、ダンプカーのようなもの。人間に、抵抗は出来ない。

 その横転を、人間が止める事など。

 出来やしないのだ。



「いっくぞオッラアアアァァァァッ!!!!」



 鵺咫路の暴力が炸裂する。

 散々振り回された金髪の男が、舗装されたアスファルトの上へと背中から激しく叩き付けられた。


 ────その筈であった。


 鵺咫路の顎を蹴り上げる脚。叩き付ける動作に合わせて、金髪の男は、蹴りを放っていたのだ。



「…………ッッ」



 寝た状態から繰り出されたカウンターは、鵺咫路には、未知の経験で。



「そりゃちょっと避けらんねぇわ」



 それでも。

 鵺咫路はよろめいた。

 それだけ。

 それだけだった。


 倒れない。鵺咫路は、倒れない。



「なるほどなあ。そういうパターンもあるのか」



 感心した様に、鵺咫路が呟く。蹴りを放った金髪の男は、地面に両手を着いて、身を捻り、翻す。

 復帰が早い。慣れた動きであった。

 こういった内容の、訓練を受けていたという事なのだろう。

 膨張していく疑念。

 WHYが止まらない。

 何故、そんな人間が、日本の観光地に? 何故、そんな人間に、襲われているのか?

 WHYが止まらない。

 何故、どうして。

 しかし、鵺咫路は、良くも悪くも、脳筋症候群。

 目の前の疑問が、すぐに解消されない時は、後回し。保留だ。

 生憎、こういった性分のせいで、遊んでいるゲームで謎解きやパズルが出てくると詰まったりするわけだが。


 百戦錬磨のヤケクソだ。


 目の前の。それだけ。

 今は、目の前の、金髪の男を。



「殴る!!!!」



 金髪の男が、踏み込むタイミングで、獰猛な豪腕が唸る。

 加減を知らぬ握り拳。それが、金髪の男の顔面を狙う。



「!!」



 冗談じゃない。

 表情や、声にこそ出ないが、金髪の男にとって、鵺咫路の拳を受けるなんて、悪夢以外の何物でもない。素早く、金髪の男の両手が、鵺咫路の拳を絡め取ろうと踊る。



「……悪いな」



 鵺咫路の拳が開かれ、金髪の男の腕を掴む。

 金髪の男が、次の行動に移るより早く、鵺咫路のもう片方の手が拳を握り、金髪の男の顔面へ。



「知ってんだ。そういう動き」



 加速する思考。

 分岐する選択肢。

 金髪の男は、空いた片手で、鵺咫路の拳をガード。


 衝撃。そして、浮遊感。

 じわじわと、泡立つ酩酊感。


 流せなかった。


 鵺咫路の拳を。


 ガードに用いた左腕の感覚がない。ガードした、左腕ごと、金髪の男の頭部にダメージを与えたのだ。



「俺に技だけを教えた先生がいてな。その人は、稽古はつけてくれなかったが、一度、ボッコボコにされた事があったんだ」



 遠い記憶が蘇り、鵺咫路は懐かしむ。



「あんたの動きは、あの人に似ていた様だ。……まあ、あの人のソレは、俺が全く反応出来ねえスピードだったが」



 振りかぶり、もう1発。金髪の男が、身構えるより早く。

 それは、実行されていた。

 鳩尾に埋まる、鵺咫路の膝。

 握り拳を、振りかぶっておきながらの、膝蹴り。素人のフェイントでも、今の金髪の男は、引っ掛かってしまう。

 内側につんざく暴力。

 武ではなく、暴力だ。

 なんと、アンバランスな事か。

 鵺咫路という化物は。

 鵺という怪物は。


 【楯無】、【兜割り】、【千本槍】。


 洗練された技を習得してはいるが、しかし。こと戦闘、こと格闘、こと喧嘩において。

 それに関する手解きを受けているとは、到底思えない。素人というか、これではまるで、チンピラ。

 そんな、滅茶苦茶さがある。

 そんな、無茶苦茶さだった。

 パンチを打つ練習。打撃を当てる練習。

 掴まれた時の対処。

 打撃を受け止める練習。

 そういったものが、何も積み重ねられていないのだ。そういったものが、何も積み重ねられていないまま、相手を殴る技を教えられた。

 所謂、必殺技や奥義といったものを。

 どんなスキルツリーだというのか。

 狂ってる。

 狂ってさえ、いる。

 狂ったビルドだ。


 殴り合いが出来る様になってから教えるものだろうに。

 必殺技なんてものは。


 なんで、教えられたものが、必殺技だけなんだ。


 意図が。意図が、そこにあったのだろう。

 彼に、それを教えた彼女には。



『ふざけやがッッて』



 苛立ちを吐き捨て、金髪の男が、鵺咫路を殴り返す。



「お。喋った」



 初めて聴いた男の声に、殴られた事以上に反応を見せる鵺咫路。



「でも何語だ?」



 流暢なスラングを、日本育ちの鵺咫路は、聞き取れなかった。



「……まあいい。そうだろ」



 鵺咫路は、殴り返す。ガードされたが、構わずに。



「お前が何人でもいいから、続きだ。続きを、やろう」



 殴り。殴られ。

 蹴り。蹴られ。

 叩き。叩かれ。

 極め。殴り。

 締め。叩き。


 鵺咫路は、金髪の男が繰り出す新しい動きを見せる度に、口の両端を吊り上げた。



 モザイクスラムタウンは、眠らない。暴力を子守唄に聴きながら。


 眠らない。







           ●








「呪いを振り撒いたところで、幸福なんかにはならない。そこに残るのは、地獄だけ、か。

 なるほどね。素晴らしい。

 素晴らしい意見だ。実に。

 じゃあ、そんなお前にも聴かせてやろうじゃないか。撃鉄の喝采を」



 眼鏡を掛けた少年が煙草を指に挟むと、手早く火が灯される。少年を、地に伏すルグレが怨めしそうに見上げていた。



 

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