第9話「祈り。折れて」
ショヴスリ・ダンジョンランキング……10位。
【暴力神父】こと、ルグレ=ルサンチマン。
カソックコートを翻し、巨躯の神父が、鵺咫路へと豪拳を振るう。現在、ベア・ナックルグランプリの最終戦である。
「こりゃあ刀狩りでもいなせねぇか」
脳内に火花が散り、ガードした腕に、痺れが残る。まるで、暴力の残り火だ。
ここではない外国────某国にある大罪都市ヘルタースケルター・憤怒地区からやって来たという暴力神父は、咥えた葉巻の先を上下させながら口笛を紡ぐ。
「肉、食ってるか坊主? 若いんだから、飯はちゃんと食えよ」
両手に装備された厳ついメリケンサック。あれが、打撃を強化しているのだ。
ガードしても、身体が浮く威力を込められた拳。正面からの殴り合いは、負けてしまうだろう。
今の鵺咫路なら。
心技体が成熟した鵺咫路なら、話は変わる。今ではない。
ただ、それだけ。
とは云え。
身長199cm。体重99㎏。
鵺咫路の身体は大きく。そして、重厚だ。
その鵺咫路が、肉体性能の殴り合いで競り勝てないとなると、ルグレ神父の身体もまた、怪物と云えよう。
身長222cm。
体重156㎏。
聖職者にそのフィジカルは必要なのかという疑問が渦を巻く。ボーリングの13ポンドの様なサイズ感の拳も、よくそれに合うメリケンサックがあったなという言葉が飛び出す程。
日常生活に、支障が出るレベルではないだろうか。
一撃の重さで負ける。
そんな相手と出会うとは。
しかも、相手は四天王や5大列強勢力の類いでもない。闘技場のいち選手でしかないのである。
楯無さえ決まれば。たられば、ではあるのだが。
ただし、楯無は、連発出来る様な技ではない。ここぞという場面で出される、決める一撃というやつだ。
ルグレ神父の豪腕を潜り。半歩踏み込みワンツー。
バックステップで即時退散。ルグレ神父に、ダメージは見られない。
「おいおい、坊主の強味はそこじゃないだろ」
葉巻の煙を吐き出し。筋肉質な神父が、短い金髪を掻き上げると、サングラスを外す。
「確かに、坊主にとって、俺相手じゃ正面から突っ込むだけじゃ勝負にならんがな」
果たして、聖職者にこんなハードボイルド風味が必要なのだろうか。鵺咫路の疑問をよそに、ルグレ神父は、若者に手解きを続ける。
「坊主は、別に素早さを売りにしているわけじゃねえんだろ? だったら、小手先のスピードなんて持ち出すな」
「なんだよ。神父さんのお説教か?」
構えを解く鵺咫路に、ルグレ神父は緩く首を振った。
「若者を見ると、つい、な」
「…………まぁ、聖職者に暴力を教わるのも変な話だけどな」
ルグレ=ルサンチマンは、元傭兵だ。
その前は、さる大国の特殊部隊の隊長をしていた。自分の指揮する部隊が、とある国で壊滅となり。
除隊後は傭兵として戦地を渡り歩き。流れ着いた大罪都市では、神父の真似事をして。
自分の教会が、ギャングによって爆破され。そのギャングを報復として全滅させた。
潰したギャンググループは、大罪都市のギャング組織の中では、末端も末端の弱小組織。報復の報復を避ける為に、ほとぼりが冷めるまで彼は大罪都市を出ていく事にした。
新天地は海上の学園都市人工島ワダツミ。そこの産土神社に転がり込み。
何とか住み込みを認められ。
「そして今は神主の1人娘の大学費用の為に、頑張ってるおじさんだ」
「そうか。頑張ってるおじさんなんだな」
なんだが知らないおじさんから、過去を語られて。
鵺咫路は少し困惑しながらも、相槌をうつ。
「坊主は、あの子より1つ上か、同級生くらいか……伸び盛りをとうに終えた身からしたら、お節介を焼きたくもなる」
「なんでもいいんだけどさ」
おそらくは、居候先の子供に似た感情を、鵺咫路にもかけているのだろうか。
「俺に指導してる余裕あるのか?」
鋭く。そして、重い。
そんな、ショートフックに、ルグレ神父がガードを固める。
「ッ!?」
一歩。
ルグレ神父の巨体が押された。
「ほぉう」
口角を吊り上げ、ルグレ神父が嗤う。
「その気になったか。やれば出来るじゃないか」
葉巻もサングラスも投げ捨てて。ルグレ神父は拳を握る。
固く。そして、強く。
殴り返そうとすれば、すでに次の拳が叩き込まれ。なるほど、速さの上で勝てさえすれば、ルグレ神父よりも多く殴れるというわけだ。
シンプルな話。
奇しくも。
今まで、虎太郎や葛桐にやられてきた事を、ルグレ神父に鵺咫路がやっているのだ。ある程度のスピードで、ルグレ神父のスピードを上回り。
それなりに踏み込み。拳を撃つ。
それを、左右で繰り返す。
「ぬ…………!!」
段々と。
速度は加速。重さは軽く。
最初の数発は、あくまで足留め。本命はその後の嵐だ。
「【千本槍】」
ルグレ神父は、殴り返そうにも、殴られ過ぎて照準が定まらない始末。それでも次々に、拳は着弾していく。
上段、中断、下段。その、左右の撃ち分け。
弾幕は、容赦なく、ルグレ神父を襲う。
ルグレ神父は、鵺咫路の回転率に対応出来ない。拳を弾こうにも、片方を弾いたところで、すでに次の拳が着弾寸前だ。回避は勿論、論外。
ルグレ神父は、的として、大き過ぎた。
「~~~~~~ッ!!」
顔面を殴られ、それでも嵐は続く。ガードを固めたルグレ神父を、それでもなお。
「ッく。はは……は」
笑う。もはや、ルグレ神父は笑うしかない。
鵺咫路が止まらないのだから。バカが考えた様な技だ。
鵺咫路は、疲れきるまで。殴るのをやめない。
止めない。
一度、殴り始めたら。倒しきるしかない。
そんな、バカげた技だ。
千本槍と、鵺咫路は、技の名を告げていた。
篠突く雨の如く。千本の槍を。
冗談じゃない。こんな話があるか。
そんな、物量。ふざけた質量で。
上等だ。ルグレ神父は、防御を捨てた。
殴られながら。殴る。
さながら、風車に挑む騎士。構わない。
ヤケクソだ。
鵺咫路も。
ルグレも。
それしか。それだけを。
相手を拳で叩く事だけを、やる。
────……かつてのルグレ神父が指揮していた部隊が壊滅した時。相手は、裏社会の組織だった。
思想犯を頭に据えたカルト宗教。そんな組織が売春や人身売買に薬物まで。
国を腐敗させる欲望の豚。相手を、人間と思っていたのが間違いで。
そして、敗因だった。組織の兵士も救助対象だった女子供も。
一斉に木っ端微塵となったのだ。無傷だったのは、無線で指揮をしていた隊長だけ。
隊長が思想犯の教祖の身柄を確保した時。離れた建物では爆炎が柱となり曇り空を焦がした。
部隊は全滅しなかった。何故なら、隊長は生き残っていたのだから。
部下達は、全員、カルト宗教の兵士や救助対象の者達と一緒に肉片となっていた。
勲章を国から貰い。軍を辞めて。
国も捨て。傭兵となった後も。
あの日がずっと追いかけてくるのだ。無線越しの部下の声。
そして、爆音。教祖の高笑い。
殺して。救って。
また殺して。助けて。
とうとう、彼は、銃を握れなくなる。傭兵も辞めて、武器を捨て。
残る拳で、彼は、神に祈った。
大罪都市ヘルタースケルター。
治安で云えば、ワダツミが天国に思える犯罪率にまみれた都市に、国も武器も、名前さえも捨てた男が流れ着く。
孤児院を兼ねた小さな教会。そこで、子供達とささやかな食事。
決して、裕福な環境ではなかった。しかし、そこに居た神父は、みすぼらしい一文無しのルグレを、温かく迎え入れたのだ。
悪夢の夜が、子供達や神父との夢に塗り変わり。教祖の高笑いが、子供達の笑い声に掻き消され。
ルグレは、救われた。
やっと、救われたのだ。
やがて、悔恨の想いで固く握り締めた祈りの拳はほどかれて。子供達と、ぎこちなく手を繋ぎ。
そして、下手くそなダンスをして、盛大にこけるのだ。子供達の笑い声に囲まれて。
そんな日々も、ギャング同士の抗争に巻き込まれて、終わりを迎える。
1人の構成員が放った銃弾が、火炎瓶が、手榴弾が、ロケットランチャーが。在りし日を、焼いたのだった。
報復も、復讐も。やったからと云って、それで、何になると云うのか。
分からない。ただ、ルグレには、それしかなかった。
ただ、それだけが。彼に残された、最後の火。
拳を握るしかなかったのだ。それが、正しいものであろうが、間違っていたものであろうと。
実際、抗争を起こした双方のギャンググループの末端組織を潰した事で、彼は、その両方から狙われる事となる。
亡き神父と子供達から誕生日プレゼントとして贈られたカソックコートを纏い。ルグレ=ルサンチマンは、人工島ワダツミへと、逃れ落ちた。
初めて触れる宗教形態だったが、産土神社の大鳥居を潜り。何とか、そこに、置いてもらえる運びとなったわけだが。
ルグレ=ルサンチマンは、途方に暮れてもいた。
祈り。祈りとは。
救いとは。命とは。
愛とは。人生とは。
神とは。
何なのか。何だったのか。
どんなに祈りを重ねても。やっと手にした愛も幸せも、この手からすり抜け。
こぼれ落ちていく。
だから。
握るしかないのだ。拳を。
祈っても。殴っても。
届かない。
しかし、何故だろう。
祈りが届かなかったわけでなし。届かなかったのは、両の拳だ。
「く、は、は」
ゆっくりと、ルグレ=ルサンチマンは笑った。
そして、天を仰ぎながら倒れた。心からの笑みを浮かべて。




