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【戦線都市ワダツミ・カプリッチオ】  作者: 幾多野 数多
【鳥籠ノ章】
20/22

第8話「他人の事を識別番号で呼ぶ、しかも口が悪い、ダウナー系ロン毛天パ片眼隠れアゴヒゲおじさん」

 


 8人。


 ムルシエラゴから出された条件。


 ショヴスリ・ダンジョンの上位ランカー8人に勝利しろ。


 そうすれば、ランキング2位のギガントマキアとのマッチメイクを約束すると。

 先日、ランキング18位の葛桐に勝利した鵺咫路は、残り7人に勝利しろと云われた。



「理解したか? 1240番」



 ダウナーな声で、男が云う。


 パイプ椅子に座るその男は、他人の事を識別番号で呼ぶ、しかも口が悪い、ダウナー系ロン毛天パ片眼隠れアゴヒゲおじさん。ムルシエラゴのリーダーである、他人の事を識別番号で呼ぶ、しかも口が悪いダウナー系ロン毛天パ片眼隠れアゴヒゲおじさんだ。



「分かったけど、俺はおっさんの事をなんて呼べばいい?」



 鵺咫路は、ショヴスリ・ダンジョンのロビーにて、共喰いの匣とサムライキューブの賞金を受け取っていた最中に、そのまま、ムルシエラゴ運営の中枢であるオフィスに案内された。つまり、ショヴスリ・ダンジョンの最上層である。



「ダウナー=ヴェル。それが、俺の記号だ」



 それが、彼の名前らしい。日本人ではない造形の顔立ちに、鵺咫路は納得していた。

 どの国の人間なのかまでは分からなかったが。



「そうか。俺の記号は十月だ」


「いいや、お前は1240番だ」


「…………」


「…………」



 鵺咫路が、ダウナーに倣って名乗ると、識別番号で訂正された。


 空気がピリッと。

 実に刺激的な空気だ。



「俺の名前は、十月 鵺咫路だっつってんだよ。他人の事を識別番号で呼ぶ、しかも口が悪い、ダウナー系ロン毛天パ片眼隠れアゴヒゲおじさん」


「だから、お前の番号は1240番だと云っているだろうがクソガキ野郎」


「なあ、あんた。あんたは、番号じゃねえと、他人を認識出来ねえのか?

 俺からしたら、あんたの記号は、他人の事を識別番号で呼ぶ、しかも口が悪い、ダウナー系ロン毛天パ片眼隠れアゴヒゲおじさんなんだけどよ」



 ダウナーと名乗った男の後ろでは、数多のモニターにそれぞれ、ショヴスリ・ダンジョンの試合の様子が映されている。実質、ムルシエラゴのリーダーは彼である事に、間違いはない。

 ワダツミの5大勢力最大規模の組織。

 その、ムルシエラゴ最強のアイコンと云えば、死神だ。獣噛 屍が便宜上、ムルシエラゴのトップではある。

 しかし、闘技場の死神に求められてるのは、圧倒的な強さという点だ。分かりやすく云えば、ムルシエラゴの旗であり、アイコンになって欲しいという話なわけで。

 便宜上のトップがいるという事は、実質上のトップもいるわけで。


 それが、ダウナー=ヴェル。


 ムルシエラゴの運営、つまり、ショヴスリ・ダンジョンを取り仕切る。



「1240番。お前の事は、まぁ調べさせたよ。

 生まれ、育ち、学校、下宿先、バイト先、両親、交遊関係……」



 ダウナーが、指折り数えて。



「ん、んん?」



 そこで、鵺咫路が割り込む。



「なんだ、俺がコタローとやりあったのを、途中で知った風だったけど、ありゃ演技かい」



 「そんな事は、今はどうでもいいんだよ」と、低いテンションで、ダウナーが云う。



「問題にしているのは、1240番、お前の事を調べて分かった事と、調べても分からない事が出てきた事だ」



 ダウナーが、何を云いたいのかが分からず、鵺咫路は黙り込む。



「うちの強味はな、人脈にこそある」



 そんな鵺咫路に、ダウナーは理解しやすい様に話す。噛んで含める様に、言葉を吐く。



「ムルシエラゴは、勢力争いに興味が無い。モザイクスラムタウンと、ショヴスリ・ダンジョンさえあればな。商売には困らねえのさ」



 だが、それでも、鵺咫路にはまだ、伝わらない。



「だからこそ、ムルシエラゴには、人が集まる。確立された利益が、俺達にはあると、他の連中には分かっているからな。

 勢力争いに完全に切り離されてはいないにしろ、所属する事に抵抗のない奴等ばかりさ」


「……あー、ええと……つまり?」



 理解出来る様な、それでいて、やっぱり全然、出来ない様な。そんな顔をしているのだろう。

 鵺咫路は。



「俺達が()()()になって身辺調査をすりゃあ、大抵の事は分かるんだよ」



 様々な勢力の人間が所属しているが故に。それだけ、情報源の源泉が広大であると。

 そう、彼は云っている。



()()()、分からねえのが、お前だよ。1240番」



 ムルシエラゴの情報網を以てしても、それでも分からなかった。



「1240番、お前が、母親と湾岸都市部に流れてきたのが十数年前」



 そう、乳児だった鵺咫路は、母に抱かれて人工島ワダツミを望む湾岸都市へとやって来た。母の名は、黄泉路。十月 黄泉路だ。

 母が、何の仕事で生活費を稼いでいたのか、鵺咫路は知らない。

 学校行事に来た母は、いつも、スーツ姿ではあった。しかし、鵺咫路には、母がオフィスで働いている姿を想像出来ない。

 「お前はバカなんだから、勉強は出来るようになれ」と、口を酸っぱくして、よく云われていたものだ。

 今にして思えば、もっと、こう、云い方。

 ……と、思わなくもないわけで。

 ある程度、育ててはもらったが、もしかしたら、あまり良い親ではなかったのかも知れない。そんな風に、思うのだ。

 鵺咫路は。

 何せ、義務教育が終われば、家に大金を残して、蒸発してしまったのだから。

 金を残してはくれたが、一体、何の金だよと、鵺咫路は六畳半の部屋で途方に暮れた。置き手紙すら、残してはくれなかった。

 手切れ金のつもりだったのだろうか。今となっても、真相は分からない。



「母子家庭……というやつか。お前の育った環境は。

 父親は不明ときたもんだ」



 これは、何度か訊いてみた事がある。

 何故、自分は、母と二人だけで暮らしているのか。他に、親族はいないのか。

 父親は、どんな男なのか。

 それ等の質問に、まともな答えは返ってこなかった。思春期の鵺咫路が荒れていた原因の、一端ではある。



「学校なら、わざわざ()()()に来なくても、湾岸都市にもあっただろうに……母親の行方でも探してるのか?」



 ダウナーに問われ、鵺咫路は、閉口してしまう。答えたくないのではなく。

 答えに迷う。

 果たして、得てして。

 自分は、何をしに、海上の学園都市ワダツミに、やって来たというのか。

 行方知れずの母の手掛かりを求めて。それも、動機の一つには、なるのだろう。

 そもそも、黄泉路が人工島ワダツミに居るなんて情報は、どこにもない。湾岸都市から、いつも見えていた。

 湾岸都市から、ずっと見ていた。

 鵺咫路が、人工島ワダツミに来た理由なんて、実のところ、大した理由なんて、なかったのかも知れない。


 ただ、目の前に、それがあったから。



「いいか? 今のお前は、意味不明の気味の悪いクソガキでしかねえ」



 クソガキは、云う必要なかったんじゃないだろうか。しかし、概ね、その通りではある。

 鵺咫路には、目的が見えないのだ。



「今のお前の状況は、こちらでも把握している。1234番(狐山 秋)から話は聞いているからな。

 13番(風間 虎太郎)に喧嘩で勝ったせいだ。端的に云えばな」



 何で、そうなったのか。原因は、分かる。

 原因なら、分かるのだ。しかし、鵺咫路の目的は、分からない。

 何が、したかったのか。



「成り行きで、こうなったんだ」



 鵺咫路は、シンプルに、今の自分の状況を伝える。成り行き。

 云ってしまえば、人生とは、そんなもの。成り行きの連続である。



「成り行きで、5大勢力とやり合う奴があるか。バカかテメェは。

 バカ野郎。クソボケバカ」



 口は悪いが、ダウナー…………ワダツミの住人が、鵺咫路の話を聞いた時の感情が、全てそれに集約されている。



「分かってんのか? ずっと、この街、この島の均衡を保ってきたのを、壊したんだぞ。

 お前が」



 それも、大した理由もなく。……いや、大した理由もなかったのだろうか。

 そうなった理由、原因はあったのではないか。



「ヴィヴァーチェ・コンウェイ・A・斎藤」


「…………あ?」



 不意に、鵺咫路が溢した名前に、ダウナーが怪訝な表情になる。



「なんだ? ゲームかなんかのキャラか?」



 ダウナーの問いに、鵺咫路は首を横に振る。



「騙部探偵社に、依頼があったんだ。『私を護衛して欲しい』っつってな。

 その依頼人の名前が、斎藤だ」


「うん? ……う、ん?

 ……そ、そうか……ん? ああ、いや」



 鵺咫路は、何でそもそも、虎太郎(5大勢力)と、やり合わなくてはならなくなったのかを話す。その過程で、斎藤の名前を出したわけだが。



「────ッ」



 口元に手をやり、ダウナーの思考が加速する。



「1240番にばかり注目していたが」



 鵺咫路が、アイビスと敵対していた時。

 居たはずだ。情報だけなら、頭に入っていたのに。



「……居たな。もう一人」



 鵺咫路と、少女らしき人物が。……今まで、存在を忘れていた。

 いきなりワダツミに現れた新人が、最強の一角を落としたという事件に隠れて。



「…………毒蛇の連中とも揉めてんだっけか」


「……不本意ながら」



 5大勢力が一つ、毒蛇(ヴィーペラ)


 鵺咫路は特に、衝突した覚えはないのだが。



「………………」



 ダウナーの眼光が、鵺咫路に突き刺さる。



「……その、斎藤とやらは?」


「知らねえ。金はちゃんと払っていったらしいけど」



 そもそも、何故、ヴィーペラに狙われていたのか。そのあたりの疑問は、雇い主である騙部に訊ねても、「さあね」とだけ。

 騙部自身、追及するつもりがないのか。

 依頼人の身元について、必要以上に踏み込まないというのは、探偵業の鉄則であると、以前に聞いた覚えはある。



「なんだ、そりゃ。1240番、お前、手詰まりじゃねえか」



 発端となった人物について、鵺咫路は何も知らない。

 何も知らないまま、鵺咫路はそのせいで、今はムルシエラゴの開催しているショヴスリ・ダンジョンに参加しなければならなくなった。



「しかし、そうなると」



 ダウナーの座るパイプ椅子の軋む音が、室内に響く。



「手掛かりは、毒蛇になるのか」


「……ああ、身元不明の人物の正体について、そいつらに聞いたらいいって話か」



 ワンテンポ遅れて、鵺咫路がダウナーの発言を、理解していく。

 ゆっくりと、じっくりと。

 沁み入るかの様に。



「お前が、今の状況に置かれる原因となった女だぞ。むしろ、何で今まで、探そうとすらしていなかったんだ」


「いや、店長が気にした風でなかったし」



 云いながら、鵺咫路は違和感を抱く。確かに、騙部は、斎藤について、調べてる素振りを見せなかった。

 だが、鵺咫路が目立つのを、避けようともしていた筈だ。今となっては、それも受け入れた風ではあるのだが。

 だが、余計におかしな話ではないか。



「そいつさえ関わらなければ、お前も穏やかな学生生活ってやつを、もう少し続けていられたのかもな」


「…………」



 どうなのだろうか。

 それも、分かる話ではあるが。では、斎藤の狙いは、鵺咫路にワダツミの注目を集める事が目的だったのか。

 それとも、ただの偶然でしかないのか。鵺咫路に、注目度が集まったのは、結果論なのか。

 まあ、それが狙いだとして、何の為に、という話になってくる。



「……存外、面白い話になってきたじゃあないか」



 俯くダウナーの両肩が、僅かに上下していた。



「……ムルシエラゴは、参加者を選ばない。群れに加わりたければ、誰でも招き入れてきた」



 故に、中立。



「ムルシエラゴが、1240番、お前に肩入れする事はない、が……」



 ダウナーの喉が鳴る。



「対価を用意出来るのなら、お前に情報をくれてやってもいい」



 要するに。

 鵺咫路は、気に入られたのだろう。



「外の情勢が変わる様も、面白い。混沌こそが、ワダツミだ」



 鵺咫路に投資すれば、きっと、世界が面白くなっていく。

 そんな予感に。ダウナーは、嗤っていた。



「じっくり、事を進めて、お前をショヴスリ・ダンジョンのファイターとして教化していく予定だったがな。気が変わった」



 鵺咫路には、この島の勢力図を引っ掻き回してもらうのが、一番面白い。そう、判断した。

 そんな風に、見込んだ。

 鵺咫路なら、それが可能なんじゃないかと。



「残り7人、最速でマッチ出来る様に、試合を組んでやるよ…………世間は、ゴールデンウィークだしな。それが終わる頃には、ギガントマキアとの試合も叶うだろうよ」



 どうやら、鵺咫路にとっても、都合のいい話らしい。ムルシエラゴからの要求は、勢力図の混乱。

 とはいえ、成り行きでギガントマキアとやり合う事になった鵺咫路が、特別、行動しなければならないわけではなさそうだ。



「お前が期待外れでなけりゃ、それだけで、他の四天王も勢力も、お前を無視しないだろうからな」



 鵺咫路のメリットとしては。

 さっさと、ギガントマキアとの因縁にケリがつく。新たなトラブルも引き寄せそうだが。

 とりあえず。問題の一つは、それで片付く。

 後は。

 情報。

 今のままでいいのか。行動の仕様がないのが、現状であるのならば。

 情報を得る事で、新たな行動の選択肢も増えていく。情報を得るとは、そういう事だ。

 母について。

 そして。

 斎藤について。

 そうでなければ。

 何も分からないまま。

 何も知らないまま。

 何も片付かないまま。

 トラブルだけが、押し寄せてくるのだから。

 情報を得るとは、戦うにしろ、戦いを避けるにしろ。

 方法の材料であり。指針にもなり得る。


 すでに。


 鵺咫路が、とんでもない宿業を背負っていたとしても。


 意図も。

 絵図も。


 きっと。

 ()()()までは、見えぬまま。

 だとしても。



「どいつもこいつも、なんかよくわかんねえから、ぶっ飛ばしちまおう」



 色々と考えるのが面倒になってきた鵺咫路が、懐の煙草をまさぐる。



「ここは禁煙だよクソガキ」



 目の前で鵺咫路に禁煙を告げたダウナーが、口に咥えた煙草に火を着けていた。



「……大人のそういうとこ、むかつくんだよなぁ」



 

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