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【戦線都市ワダツミ・カプリッチオ】  作者: 幾多野 数多
【鳥籠ノ章】
17/22

第5話「都市伝説」

 


 鵺咫路がモザイクスラムタウンにやって来た翌日。彼は、前日に一敗したものの、次の日のうちに、ショヴスリ・ダンジョン行きのチケットを手にした。



「でけぇな」



 海の上に聳え立つ5つの塔。約500メートルのそれを見上げ、鵺咫路はぽつりと呟く。

 遊覧船の乗り心地は、悪くない。ショヴスリ・ダンジョンの観光ではなく、参加選手専用の遊覧船である。

 渡し賃は、缶バッヂ。10連勝した者だけが手にする、10とペイントされた缶バッヂだ。

 素材自体は、別にありふれた物であり、大した価値はない。だが、それを手に入れる手段に、ハードルを高く設定されているが故に。

 それを、手に出来る者は、限られている。


 一握り。


 誰かから、奪い取ればいいという話ではない。誰かから、盗み取ればいいという話でもない。

 きっちりと、チェックをしているというわけだ。しっかりと、10連勝した者なのかどうかを。

 記録されている。……記録されているという事は、見られているという事。

 監視をされているのだ。

 ムルシエラゴの眼から。



「────時に」



 細かな波に、変化していく水面を眺めていた狐山に、鵺咫路が話し掛ける。



「その、なんだ。あんたは、いつまで俺に付いて回るつもりだ?」



 モザイクスラムタウンまで案内してもらった。

 ショヴスリ・ダンジョンへの参加条件も教えてもらった。

 こうして、当初の目的地である、ショヴスリ・ダンジョンに行けたところだ。


 ……ムルシエラゴの狐山 秋は、未だ、鵺咫路の隣に立つ。



「あーしは、十月様のマネージャーでございますわね」


「そうなの?」



 初耳だった。

 鵺咫路の素の反応に、狐山が微笑む。



「……まあ……いいんだけどさ……べつに」



 マネージャーという名目の、監視役といったところか。

 鵺咫路としては、行動を不当に制限してくるわけでなし。見たいなら、見てろ。

 そんなところ。


 そんな事より。



「付いて来るんなら、ちょうどいい。ショヴスリ・ダンジョンについて、詳しく聞かせてくれ」



 目下、鵺咫路の関心は、目の前に浮かぶ、巨大な建造物だ。



「では、僭越ながら」



 ショヴスリ・ダンジョン。

 それについて、狐山が語り出す。


 ワダツミの最大勢力ムルシエラゴの持つ、所謂、ワダツミの腕自慢達が集まる闘技場(コロシアム)。そこには、一般市民からお忍びで富裕層が訪れる事も。

 熱気だ。熱気が渦巻く。

 熱気とは、刺激である。闘技場にやって来る客層は、刺激に飢えているのだ。

 ショヴスリ・ダンジョン行きの遊覧船に乗る鵺咫路達は、云わば、スター候補生である。観客を惹き付け、ファンを獲得していき、やがては闘技場の花形選手へ。

 ワダツミの腕自慢達もまた、夢を見ている。闘技場を、舞台に。

 誰よりも、強く。誰よりも、夢見て。

 誰よりも、焦がれて。誰よりも、飢えて。

 ワダツミというスポットの、凝縮された場所。それが、ムルシエラゴの運営する、ショヴスリ・ダンジョン。


 蝙蝠の揺り篭……或いは、渇望の牢獄。


 472メートルという、アホ程高い建造物を、海上に築き。……それ自体は、当初、石油掘削設備施設であった。

 今は、掘削設備が稼働する事はない。石油か、天然ガスを探査する筈ではあったのだが。

 ムルシエラゴが、何故、この施設を占有出来ているのか。ムルシエラゴのトップが、余程の金持ちなのだろうかと、まことしやかな噂が飛び交うも、事実は分かっていない。

 そもそも、ムルシエラゴ最強は、死神とされてはいるものの、運営の全てを握っているのは、別人物とされているのだ。()()()()()部分が多い。

 それが、現在の他勢力から見たムルシエラゴへの認識である。

 ヴィーペラですら、ムルシエラゴとの争いは避ける。それ程、ムルシエラゴの規模は大きく。

 そして、得体が知れない。

 巨額の金を、日夜巡らせて。

 やっているのが、ムルシエラゴなのは、分かっている。だが、()()やっているのかは分からない。

 大衆の欲望を、意のままに。一度、気を緩めてしまえば、呑まれかねないマネーモンスター。

 いる筈なのだ。運営の中枢に。

 金を力だと体現出来る程の、金持ちであり、そして、金の運用を間違えない怪物が。勿論、それを、狐山が語る事はない。

 まして、ここは遊覧船。ショヴスリ・ダンジョンへと渡る乗客は、鵺咫路達だけではないのだから。

 それに、詳しい階層の説明は、現地に着いてから案内された方が、頭に入りやすいだろう。


 狐山が、ショヴスリ・ダンジョンという施設について、今一度、軽く説明を行っていると、ふと、鵺咫路の視界に、黒髪にして前髪パッツンな男子が、ふらりと甲板に現れる。



「…………」



 目が合い、ペコリとお辞儀をする男子に、鵺咫路も頷く程度の会釈を返す。



「…………」


「…………」



 お互いに、会話はない。そもそも、初対面だ。

 甲板で、外の空気を吸いに来たら、先客が居た。幸い、鵺咫路達の反対側は空いている。

 そそくさと、男子はそちらへ移動した。



「高天ヶ原学園の生徒でしたね」



 黒髪の男子の服装に、狐山が小声で言及する。

 云われてみれば、見覚えのある制服ではないか。同じバイト先の蕪戯が、同じ制服だったように思う。



「…………何か」



 あまり、じろじろと見る様なものではない。とはいえ、そこに至るには、遅すぎた。

 鵺咫路の無遠慮な視線に、高天ヶ原学園の男子が、刺す様な視線を返す。



「ああ、悪いな。()()が気になっちまって」



 鵺咫路が指差すのは、男子の背にある、布にくるまれた棒状の物。

 「ああ」と。男子の方も、それに納得した様に、鵺咫路への視線を納めた。



「武器か、それ。武器だよな。

 使っても、おっけーなもんだったのか?」


「試合では使わなかったってだけっすよ」



 この遊覧船に乗っているという事は、鵺咫路と同じく、彼もまた、モザイクスラムタウンで10連勝をやり遂げたのであろう。だが、当たり前の様に、対戦相手は全員素手だったものだから、武器を普通に持ち歩いている男子に、鵺咫路としては、引っ掛かりを覚えたわけで。

 しかし、実際に訊いてみると、試合自体は素手で挑んだものらしい。



「武器を使ったら強い奴が、武器が無ければ弱いとは限らないっしょ」


「それもそうかもな」



 彼の言葉に、鵺咫路は頷く。



「高天ヶ原学園1年、葛桐(クズキリ) (シヅル)ていいます。よろしく」



 どうせ、向かう先は同じ。今、事を構える必要もない。

 向こうでは、試合で顔を合わせたりもするのだろうが。



「十月 鵺咫路。羅生門高校の2年」


「ああ、あの男子校の」



 私服であった事から、葛桐は鵺咫路が羅生門の生徒とは分かっていなかった。



「おう、お前、今、共学だからって男子校の俺を下に見たな? 共学マウントか」


「考え過ぎだよ先輩さん」



 お約束とも云える、男子校と共学のやり取りを経て。葛桐は、ふと、鵺咫路をまじまじと見る。



「そういや、十月 鵺咫路って」



 その名前は、学園都市に広く認知されている。学生達には特に。



「虎落笛を降した鵺ッ」


「俺って、鵺って呼ばれてんの?」



 鵺咫路だから鵺。ストレートである。

 捻りも何もない。



「……まあ、うちの雇い主もそう呼んでっから、馴染みはあるけどさ」



 ともあれ、鵺咫路はそれを受け入れる。9人の王の一角、虎落笛とぶつかり。

 そして、負かした。それは、事実。



「いきなりワダツミに現れた正体不明の超新星、知られざる怪物とかなんとか」



 鵺咫路の口が、渋い物を口に含んだ時の形へと変わる。

 鵺。

 狸の胴体に、虎の手足、猿の頭に、蛇の尾を持つ。

 黒雲と共に現れ、人面獣心とも揶揄される妖怪。黒雲とセットである事から、雷獣と同一視される事も。



「顔も正体もよく分からないから、実は、都市伝説の殺し屋・(ムジナ)なんじゃないかって噂もあったけど」


「なんだそりゃ」



 インターネットの伝承。都市伝説。



「あーしから、ご説明を」



 得意気に、ずずいと。

 狐山が前に、躍り出る。鵺咫路と話ていた葛桐は、話に割って入る彼女に疑問符を表情に浮かべた。



「彼女さんすか?」


「いや」


「申し遅れました。あーしは、ムルシエラゴ所属、ショヴスリ・ダンジョンにおいて、十月様のマッチメイクからマネージャーまでを務めさせて戴いております、狐山 秋と申しました」



 葛桐の質問に、鵺咫路は短く答え、狐山が紡ぐ。まだ、スター選手になったわけでもなし。

 すでに、ムルシエラゴからマネージャーを付けられているのかと、葛桐は思ったが、鵺咫路の境遇を考えると、納得してしまう。



「十月様は、どうやら、ネット界隈の噂話には疎いご様子」


「否定はしねえよ」



 鵺咫路の幼少時代。彼は、一応は、学園都市の本土湾岸エリアにて育った。

 決して、人里離れた辺境の僻地で生まれ育ったわけではない。彼の環境にも、ネットに触れる機会は、幾らでもあった。

 それでも、彼はそういったものに関心を抱かない幼少期を過ごしている。これは、まあ。

 彼の交友関係に、問題があった。社交性がないわけではないが、友人が出来ない。

 作れない。


 彼は、孤独だったから。


 強過ぎたのだ。彼は。

 生まれながらにして。

 母親が、言葉より先に、手加減を教えなければ、ならなかった程に。

 当然、傍に誰も近寄らせるわけにもいかず。孤独を強いる。

 それは、自分以外、弱者に向けてのもの。

 弱さを罪とする場合があるとして。ならば、逆もまた然り。


 強さは罪。


 なんとも、不条理な話ではあるが。



「で、それで……狢ってのは?」



 不意に出た、狢という都市伝説。ネット社会の片隅で眠る噂話。



「今から…………そうですね。20年程、昔に生まれた怪談……ではありませんが、そういったものに紛れて語られたエピソードです」



 あくまで、噂話を集めるだけの、某サイトのネット掲示板。人面犬、八尺様、口裂け女やら、アクロバティックサラサラ。

 そんな、都市伝説怪異の中に紛れ込んだ、1人の殺し屋と殺人鬼のフォークロアである。



「殺人鬼? ……なんかよく分からんが、狢ってのは、殺し屋の話なんだろう?

 ……この時代に、殺し屋なんてファンタジーが過ぎるとは思うけど」



 話の途中で、鵺咫路が口を挟む。



「いやいや、先輩さん」



 と、そこに、さらに葛桐が、割って入る。



「殺し屋・狢を語るとなると、外せないのよ。殺人鬼・狂ヒ鬼はマストなの」


「増えちゃったよ登場人物」



 殺し屋だけでもファンタジーしていたというのに。追加で、殺人鬼まで、出てきてしまったら、ファンタジーが致死量を超えてくる。

 ファンタジーの過剰摂取は、死に至る。

 古事記にも、そう書かれているのだ。用量用法守ってバランスよく。

 ファンタジーは20歳を過ぎてから。



「話を続けましてよ」



 1人称があーしのくせに、お嬢様言葉な狐山が続きを話す。



「20年以上昔、 ■■県■■■市■■町にて……連続殺人事件が発生しましたわ」



 通常、殺人事件というものは、事件が発覚すれば、連続する事はない。余程、大きな組織力でも働かない限りは。

 それ程、人1人を殺害して、逃げおおせるのは、ハードルが高い。それが、発生した。

 もしかしたら、発覚していない殺人もあったのかも知れない。無関係の事件も混ざっていたのかも知れない。

 それでも、事件は起きていたのだ。



「最初の事件とされているのは、4月に起きた【桜の雨事件】……■■町を走るモノレールの車輌内にて、乗客全員が、大量の挽肉に加工されましたの」


「云い方よ」



 鵺咫路は、ドン引き。



「桜の季節なのも相俟って、モノレールの車輌から垂れる血液が風に舞って、それはもう見事な桜の雨に見えたそうですわ」


「表現よ」



 どんな、野生動物だ。大型の肉食動物でも、迷い込んだのか。

 そう思わせてしまう程に、犠牲者の状態は、あまりにも酷い有り様だった。冷静になると、大型の肉食動物がモノレールに乗り込むなんてシチュエーションは起こり得ないというのに。

 しかし、同時に。大型の肉食動物でもなければ、人間をあそこまで無惨な状態に出来ないだろう。



「それが、殺人鬼・狂ヒ鬼の最初の事件と、云われてますの」


「化物なんよ」



 なんだか、洒落にも冗談にも出来ない話だ。



「同じ規模、或いは、それ以下にしろ、狂ヒ鬼の起こした事件では、一様に被害者が肉片、もしくは、肉塊にされました……そんな状況ですので、事件が発覚しても、正確な犠牲者の数が不明とされた事件も、珍しくはありませんの。……■■■市を震撼させる殺人鬼の登場に、当時の■■■市の住民の皆様はさぞ、震え上がった事でございましょう」



 しかし、まあ。

 なんとも。というか。


 とんでもない。

 とんでもない話だ。

 人体を、挽肉レベルの有り様にしてしまうなんて。一体、どんな機材を使ったというのか。

 どのような武器を使用したのか。



「近隣に、動物園があるわけでなし。近隣で、大型の肉食動物が目撃されたわけでもなし」



 葛桐が、肩を竦めて呟く。

 潮風に、前髪がたなびく。

 ゆらり、ぐらりと。

 波に乗る、船が踊る。



「人間……人間の犯行と、云われてますの」



 あの町で起きた、連続猟奇殺人事件は。



「証拠でも?」



 鵺咫路の短い問いに、狐山は浅く頷く。


 曰く、幾つかの現場にて、人間のものと思わしき痕跡があったのだと。

 信じ難い話ではあるが。事実として、それは、過去に足跡として残る。

 極めつけは、犠牲者の肉塊に残された爪や拳の跡。信じられない事に、人間の手足によって、どうやら犠牲者達は、ジグソーパズルにされていたのだ。



「それこそ、不可解な事に、()()()()()()()()()()()()()()()()



 おがくずに似た、バラ肉に刻まれた。

 足跡。手形。

 あれが、人間のものでなければ、大型の霊長類が野生で発生していた事に。幾らか、ファンタジーではなくなるだろう。

 犯人が人間ならば。



「なんつーか」



 鵺咫路は、ぼんやりとした様子で空を仰ぐ。



「ジャック・ザ・リッパーめいてるっつーか、ジェヴォーダンの獣めいてるっつーのか」



 人間離れした犯行を可能とした、アンノウン。



「────同時期でしたのよ。

 ……殺し屋・狢の登場は」



 殺し屋。

 そんなものが、どうやらこの■■■市にいるようだと。そんな噂が。

 あったのだ。



「あくまで、これも噂なのですが」



 殺し屋・狢の利用客は、■■高校の生徒達だったのではと。

 噂されている。



「犠牲者が多かったのが、■■高校の生徒だったからとか……そんな理由の噂ですのよ」



 ■■高校の生徒のみが、閲覧と書き込みを許されたネット掲示板。どうやら、利用者の中に、殺し屋・狢からコンタクトを取ってきた生徒が、何人かいたらしい。

 本人はおろか、管理人まで殺されてしまっているが。


 ■■高校の生徒の誰か。

 それが、殺し屋・狢の正体なのではないかと。

 そんな噂が、掲示板を賑わせていた。今や、廃校になってしまった■■高校。

 あまりにも、人が死に過ぎた舞台。曰くもつくというもの。

 憑き物の如く。


 誰が、殺し屋・狢に依頼し、誰が、殺人鬼・狂ヒ鬼に行き逢って殺されてしまったのか。

 分からず終いだ。

 何もかも。

 何もかもが。

 分からない。

 殺人鬼・狂ヒ鬼が、誰だったのか。

 殺し屋・狢が、誰だったのか。

 それすらも、分からず終い。

 気付けば、事件は収束し。


 殺人鬼・狂ヒ鬼と、殺し屋・狢の事件は、犯人不明のまま、未解決のデッドストック案件となった。


 ただ、ただ一つ。


 明らかな事は、殺人鬼・狂ヒ鬼の殺しの依頼を、ある生徒がしていた。その生徒も、行方知らずではあるのだが。

 とにかく、噂では。


 1匹の獣と。

 1匹の鬼が。

 喰らい逢い、殺し逢い。

 そして、2匹とも、舞台から姿を完全に消したのだ。

 果たして。

 得てして。

 喰われたのは。

 殺されたのは。

 どちらだったのか。

 はたまた。

 どちらも、死んでしまったのか。

 そうなると、2匹の死体は、誰が処理したのか。

 死体は残らず。

 残るのは、謎ばかり。



「────…………と、いうのが大まかな事件全体のあらましですわね」



 犯人の痕跡はあれど、故人の個人を特定するのは難しいくらいにバラバラにされて、他人同士、他の犠牲者の死体と、ごちゃごちゃのごちゃ混ぜにされて、そこに年齢も体格も異なる手形や足跡が残っていたという話。

 足跡を追っても、川で途切れ。

 そうでなくとも。時に、マンホールを抉じ開け、地下に逃げられた事も。

 その年の、■■■市■■町では、多くの行方不明者が出た。

 おそらくは、発見された肉片の数々が、()()なのだろう。当時の掲示板は閉鎖され、その時のやり取りは、()()()()見れなくなった。

 それでも、ネットの大海は、広大だ。探せば見付かる情報もある。

 断片的であろうが。



「なんなんだろうな」


「なんなんでしょうねえ」



 鵺咫路の呟きに、葛桐が続く。


 鵺咫路は少し考え。そして、口を開く。



「…………」



 …………が、すぐに言葉と疑問を嚥下した。

 どうせ、未解決のまま、倉庫行きになった様な事件だ。

 今ここで、考え付く様な事なんて、とっくに出尽くした疑問だろうに。何せ、20年以上、昔の事件なのだから。



「…………」



 ともあれ。気になる事もある。



「狂ヒ鬼の特徴は分かった。……狢の方はどうなんだ?」



 語られた情報の多くは、都市伝説の殺人鬼・狂ヒ鬼の犯行ばかり。もう1人の登場人物──────肝心の狢とやらが、ほとんど語られていない。



「狢は、まあ」



 葛桐が、「こっちが話ても大丈夫?」といった表情で、狐山を窺う。とはいえ。

 狐山の方も、特別、語れる様な知識はない。彼女に促され、葛桐は都市伝説の殺し屋を語る。



「■■町に、殺人鬼の噂が出回り始め、それから約1ヶ月後……掲示板に匿名の書き込みがありましたわ。書き込んだのは、■■高校■年■■■ ■■。

 書き込んだ3日後に、事故死が確認されてますの」



 書き込みの内容は、いきなり自分のパソコンに、メールが届いた。■■日■■時に、■■町の■■■■へ、来て欲しいというもの。

 行けば、顔を隠した何者かが、そこで待っており、自分が殺したい相手を始末してやるとのこと。半信半疑ではあったが、■■■は、クラスメイトの名前を、幾つか挙げた。

 そして、挙げられた名前の人物は、全員、変死体となって発見されのである。



「それをやったのが狢?」


「おそらく」


「……なんで、狢は■■■という生徒に接触を?」



 まるで、殺し屋として、■■■という生徒が、自分の顧客になると分かっていたかの様な。



「■■■は、いじめ被害者でしたの」



 ■■■が、狢に名前を告げたとされるクラスメイトは、その加害者達である。狢は、その関係性を、知っていたのではないか。



「────っ」



 鵺咫路が、息を飲む。



「いや、待て」



 考えが、浮かぶ。



「そんな、馬鹿な」



 あり得ない。



「たぶん、今、先輩さんが、考えた通りすよ」



 鵺咫路の様子の変化に、葛桐が苦笑いを見せる。



「その考えは、考察スレッドでよく挙がります」



 狢は、■■高校生徒達の相関図を、熟知している。あまりにも。

 関係者なのではないかと、疑ってしまう程に。つまりは、まあ、世間をも震わせた、都市伝説の殺人鬼に並ぶ、都市伝説の殺し屋…………それが、■■高校の生徒であった可能性。

 そこに、遅ればせながら、鵺咫路もまた、行着く。



「いや、まさか……な」



 鵺咫路は、考えを振り払う。



「だいたい、都市伝説なんて……馬鹿馬鹿しい」


「おやおや、十月様」



 考えを否定する鵺咫路を、狐山が笑う。



「存在が疑わしいものであろうとも、確かに事件は起きたのでございますわ」



 そこは、否定のしようもない。

 確定された事実。



「素手による犯行とされていた殺し屋・狢の手口は、狂ヒ鬼とは異なり、刃物や銃器によるものばかり。その少し前に、■■町の暴力組織の事務所や倉庫が襲撃される事件が多発してたそっすよ、先輩さん」



 それが、狢の下準備だったのではないかと、云われている。十分な物資、銃火器、弾薬を掻き集め。

 準備が整ったので、狢として、活動するようになった。



「それを……ただの学生が?」



 だとするならば、あまりにも。



「化物かよ」



 生きていれば、50代手前、初老と壮年の間といったところか。



「そんな化物と、噂されてたのか」



 鵺咫路の素性が、分かっていなかったが故の。



「まあ、それを差し引いても、先輩さんはまぁまぁな化物ではあるっすよ」



 葛桐が、鵺咫路に、周囲の評価を伝える。



「あの、死神ともやり合ったんでしょ?」


「負けたけどな」



 鵺咫路は、あっさりと認めた。



「3日は寝込む程度のダメージを負うもんすよ。死神とやり合ったのなら」



 打撃、投げ、極め、これに加えて、武器の扱いまで一流。それが、地下闘技場の死神である。

 高い水準のバランス型は数いるが、死神は、その全てが飛び抜けている。

 得意分野の打撃戦や、関節・寝技に持ち込んだ選手が、秒で戦闘不能にされるなんて、地下闘技場では珍しくもないシーンだ。口では負けたと云いながら、ピンピンしている鵺咫路の異常性。

 事実、負けてしまったのだろうが、試合と路上の喧嘩は違う。

 ルールの上で、お互いに行儀よくやり合ったに過ぎないというわけで。果たして、路上だったら、結果はどうなっていた事か。



「相手は、ムルシエラゴ最強にして、ショヴスリ・ダンジョン最強であり、5大列強最強格とまで云われてる」


「そうなん?」



 鵺咫路のそれは、「それは知らなかった。聞いてない」といった反応だ。

 ムルシエラゴ最強くらいは、なんとなく聞き覚えはあったが。……いや、ムルシエラゴ最強という事は、全ての勢力が所属しているであろう組織なのだから、5大列強・四天王を含めて最強という理論になるのか。



「……それはそれでとんでもねえな」



 地下闘技場の死神。


 そいつがワダツミに現れたのは、およそ1年前。

 素顔を知る者はいない。素顔を見せず、本名も明かさず。

 そいつは、ムルシエラゴに所属するや、ショヴスリ・ダンジョンで無敗を貫く。リングの上では、ギガントマキアすらも破っている。



「…………えっ? それはもうワダツミ最強なのでは?」



 鵺咫路が真顔になっていた。ニット帽のせいで、目元が見えないが。



「つか、ギガントマキアが負けた相手か」



 鵺咫路は、そもそも、彼といつかやり合う為にここに来たのだと、今、思い出す。そう云えば、そういう目的だったなと。



「ヘイ、葛桐」


「なんすか」


「俺は、ギガントマキアについてもよく知らねえんだ。教えてくれよ」



 牛雄 動乱。


 いずれは、決着をつけなければならない相手。

 ここ、ショヴスリ・ダンジョンで。狢や死神も、気にはなるが。

 まずは、ギガントマキアから。



「ギガントマキア……って、おいおい。先輩さんの学校の人でしょうが。

 ワダツミ四天王のギガントマキアと云えば」


「こういう方ですのよ」



 狐山が葛桐に微笑む。

 葛桐は、なんとなく納得してしまう。鵺咫路は、同じ学園都市でも、人工島ではなく、最近までは湾岸都市の方に住んでいた。

 ワダツミ四天王やら5大列強について疎いというのも、然もありなん。とはいえ。

 有名な都市伝説を知らないのは、かなりのレアなのだろうが。



「都市伝説なんて知ってても、学校の授業になんか役立つんか?」


「偏差値高い学校に通ってたら、ごもっともでしたっすけどねー」



 軽口を潤滑油に。

 3人は会話を弾ませた。

 ムルシエラゴの事。

 ショヴスリ・ダンジョンの事。

 5大列強について。

 四天王についても。

 鵺咫路からも、湾岸都市について、覚えている限りを。


 船は、揺れる。水面も、飛沫も。

 風は、踊る。空の曇を、流し。


 十月 鵺咫路が、ショヴスリ・ダンジョンに入り、ワダツミ四天王のギガントマキアとマッチングするまで。この3人組は、モザイクスラムタウンでも、ショヴスリ・ダンジョンでもよく見られるようになる。

 葛桐 静は、ショヴスリ・ダンジョンにおいて、鵺咫路の最良のタッグパートナーとなったのだ。

 縁とは、いつ、どこで生まれるものか。潮目は、いつだって、変わり続ける。

 ゆく川の流れ絶えずして、といった様に。

 互いに、幸運だったのだろう。

 十月 鵺咫路という、パートナーが得られた事も。

 葛桐 静という、パートナーが得られた事も。

 互いに幸運だったのだ。

 偶然の出会いから。


 運命共同体。

 呉越同舟。


 そういった、縁が。


 鵺咫路がギガントマキアと対決するまで、鵺咫路がショヴスリ・ダンジョンのファイターとして、ランキングを駆け上がるまで。1ヶ月で済む様な話ではない。

 4月にショヴスリ・ダンジョンにて、鵺咫路が正式にムルシエラゴに加入してから。鵺咫路がギガントマキアとマッチングしたのは、約2ヶ月。

 6月半ばになってからである。その間に。

 学生地区の喫茶パズルにて。事件が起き。

 蕪戯 薫少年が、海上の学園都市を奔走したり、そこに四天王の昇り龍が少し関わったりもするのだが。


 それはまた、別のお話。


 

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