第3話「モザイクスラムタウン」
────モザイクスラムタウン。
ワダツミ5大列強の最大勢力ムルシエラゴのホーム。それは、ワダツミの北東に位置する、長さ1km、幅250mの、人工島と人工島の間に浮かぶ小規模な人工島。
主な建材に、貨物コンテナが使用されており、そのコンテナのカラーリングから、モザイクの様に見えてしまうのが、名前の由来だ。
中央は所謂、『お客様エリア』となっている。この、モザイクスラムタウン経済の収入の多くは、観光客であり、観戦客。
ムルシエラゴの興行の目玉であるショヴスリ・ダンジョン目当てに、国内だけに留まらず、国外からも金を落としに、人が集まる。
────ショヴスリ・ダンジョン。
────別名、西モザイクスラムタウン。
石油プラットフォームをモデルにした、5本の柱で『街』や『舞台』を支えている。
中央の柱は、4基のエレベーターが行き来しており、四方の柱を2つのゴンドラが廻る。時計回りと、逆時計回り。
東西南北を、海上472mで、ぐるぐると。ショヴスリ・ダンジョン内部の通路は狭く、基本、人々は、乗り物での移動はしない。
例外は、ゴンドラである。或いは、トラム。
下層・中層・上層の3階層に大別された、1つの『国』がそこにあるのだ。ワダツミの中でも、異質にして歪な存在である。
主なアクセスは、モザイクスラムタウンからの渡船やロープウェイ。登竜門として、モザイクスラムタウンでの新人戦を勝ち抜いたファイターが、ショヴスリ・ダンジョンへと挑む。
新人戦すら突破出来なければ、ショヴスリ・ダンジョンへと渡ったところで、洗礼を受けて養分にされるだけ。ある程度の実力があっても、養分にされてしまうファイターは後を絶たない。
狡猾さも、実力も兼ね備えてこそ。
「────と、大まかなご案内は、以上でした」
独特な過去形を語尾に、狐山は1杯1200円の屋台ラーメンを啜りながら締め括る。
「屋台で出てくるこの量で、1200円は取り過ぎじゃない?」
鵺咫路の呟きに、孤山は首を横に振る。
「そこは、観光地価格というやつですよ、ほら」
彼女が手で指し示す。見えるのは、川沿いに並ぶ街路樹とレンガ調の通路。
そして、なかなかのテンションで客を呼び込む屋台の数々。モザイクスラムタウンに来たら、とりあえずビルの飲食店よりは、屋台のラーメンの方が気分が出るとかで。
そんな程度の理由で、屋台で食べていく客足は絶えない。
「夏祭りなんかで食べる焼き鳥も、強気価格が過ぎると思うんだよ俺は。だって、3本で1500円だぜ?
それで、腹一杯になるかと聞かれたら、微妙だしよ」
「まず、お祭りの屋台で満腹になろうって考えが間違っているという可能性についてはお気付きで?」
鵺咫路が、「こいつ正気か?」という目で見るが、それこそ、孤山からしたら、鵺咫路の正気を疑ってしまう。
「食事は、食欲の解消の為の行為だろうが」
「食欲とは、常に満腹でのみ解消されるものではないでしょう?」
「バカな……じゃあ、満腹で解消出来ない欲求を、それ以外でどうやって解消しろと?」
「生き様がフードファイター過ぎる」
孤山は溜め息を溢す。
「こういった所での食事に、コスパを求めるべきではありません。こういった所での食事とは、気分を味わう為の価格でしたね」
「気分を……味わう?」
生まれて初めて理解出来ない概念に出会ってしまったかの様な。
そんなリアクションだった。孤山の鵺咫路を見る目は、気の毒な人を見ているかの様。
「なあ、食い終わったんなら、余所行ってくれ」
屋台の店主から云われ。2人は屋台を後にする。
こういった屋台は、回転率こそ命。席を回してナンボだ。
観光地価格の料金を支払った鵺咫路は、少し歩き────そして、ふと頭に浮かんだ言葉を吐き出す。
「飯もゆっくり味わえねえのに、気分を味わえるもんなのか?」
「うぐっ」
それはそう。
孤山は両手を少し挙げて、首を横に振った。
「十月様ともっと親しい間柄でしたら、2人の思い出の1つとして、気分を味わえました」
「そっかー……」
「そりゃまた残念だな」と、返すわけにもいかず、鵺咫路は曖昧に会話を終わらせる。
現在、5大列強のムルシエラゴの孤山が、彼女達のホームであるモザイクスラムタウンの、案内をしているところだ。学生地区から、島内の電車を利用し、最寄り駅から歩いて20分程。
夜はライトアップされるのであろう街路樹や歩道橋を横目に、飲食店や証券会社や不動産のビルが規則正しく建ち、栄えた街並みを通り抜け。雰囲気が変わる。
幾つかの橋が、川を跨ぐ。貨物用コンテナを、島として。
そして、建物として利用した島。
モザイクスラムタウン。
土地勘のない鵺咫路は、勝手知ったる孤山の水先案内によって、異様なモザイクスラムタウンを歩く。無料案内所の数々。
今はまだ営業時間ではないホストクラブやキャバクラ。……そして、コスプレショップ。
こんな所を、ヴァルハラ女学院のお嬢様に歩かせてしまってよいのだろうかと、鵺咫路は思わないわけではなかったが、当の本人にとってはモザイクスラムタウンは自分の庭同然。必然として、付き従うしかない。
一通り、鵺咫路が活動するであろうエリアを、孤山が案内していく。川沿いの屋台通りもそう。
孤山は、観光客用のパンフレットを、鵺咫路へと手渡す。
「……十月様も殿方ですので、まぁ、そういったお店をご利用なさりたいご気分の時もおありでしたね。ですが、十月様ご自身が、未成年という事もありましたし、おすすめはいたしませんでした」
「しかしながら」と。
孤山は、開かれたパンフレットの、モザイクスラムタウンのマップの一部を指差す。
「先に知っておく事で、避けられるトラブルもありましょう。例えば、高速道路のトラフィックジャムの様に」
「高速道路の渋滞は、避けようがあんまりなくないか」
孤山が、直接的な表現を避けた言い回しをしている。
「こちらに、殿方が欲望を解放させる店舗が多数存在しておりました。有り体に云えば、風俗街ですわね。
興味本位で近付く事を推奨していませんが、十月様ご自身の意思による行動を縛るつもりは、ムルシエラゴにはございませんでした」
いちいち台詞の終わりが、過去形である為、脳内翻訳が必須ではあるが、あくまで個人的な良心から来る忠告だと、鵺咫路は解釈した。……あくまで個人的な良心から来る忠告を云うのなら、聞き手や読み手にも優しく喋ってくれよ。
あと、書き手にも。自業自得なんだけどさ。
「『手』や『口』専門店もございます。中でも、『手』の専門店は非常にリーズナブルな価格となっており────」
「おいやめろよせよせ具体的なラインナップを紹介すんな」
生々しい。
女子高生のお嬢様が吐いていい台詞ではなかろう。
「……と、ああ、そういや」
鵺咫路が脳内で記憶をまさぐる。
「そういう場所に、近付くなって、前にも云ってたな」
「思い出していただけて、何よりでございました」
にこり、と。孤山が笑う。
喫茶店パズルにて、確かに彼女自身から、一度注意を受けていたのを思い出す。改めて釘を刺す……というのは、孤山にとって、自己責任で片付けたくない事柄なのだろうか。
「今からご案内しますのは、通称、冥府通り。ただ、通り抜けるだけなら、何の問題もない筈でございました。
風俗店エリアに隣接した場所でございます故、ふらりと何も知らずに迷い込んでしまうには、都合がよろしくありませんでしたわ」
でも、きっと、そうはならない。確信の様に、孤山は云える。
云わないだけで。云えないわけではないのだ。
問題なんて、得てして発生するし、連続するもの。
しかし。だ。
しかし。である。
彼女、孤山は、ムルシエラゴの何かしらの地位にあると見受けられる女だ。
そんな彼女が付いている状況で、何かが起きたところで、対処出来る筈。それが、彼女の考えなのだろう。
だから、あえて、治安の悪い道をわざわざ通ってみせようというのだ。実際に。
「現状、ムルシエラゴの方針としては、十月様の扱いは、ゲストに近いものでした」
要は、あなたを特別扱いしていますよ。……と。
孤山は鵺咫路に云う。
「バチバチにヤバい街の、バチバチだったパワーバランスをぶち壊した、期待の超新星でしたから」
本人が意図せず。
そして、望んでもいなかった結果ではあるが。
新たな新勢力の誕生か。
はたまた、彼を取り込んだ一番乗りの勢力こそが、ワダツミの頂点に立てるのか。
激震である。
「我々、ムルシエラゴは、5大列強の一角に数えられてはいますが、我々のベクトルは他の列強や四天王の様に、縄張り拡大や、ワダツミ統一を目指すものではありませんでしたよ」
では、ムルシエラゴのベクトルとは何なのか。
勢力として。
組織として。
その動機とは。
「我々は、無限の受け皿なのでした」
鵺咫路が、意味を理解しかねている表情であるのを、孤山が読み取る。
「そもそもが、ワダツミという土地────人工島を含む、人口256万人の学園都市は、欲望を継ぎ足し、綯交ぜに、ごちゃ混ぜにして、それでも尚、新たに欲望を注がれていく欲望の受け皿でした。しかし、欲望だけでは、社会が成り立たない。
社会には、規律は必要でした。欲望を満たす為には、金銭が必須でした。
金銭を呼び込む為には、人間をここへ投入しなければ。人間が増えると、規律も増えました。
……そうして、規律の中で息苦しくなった者達が、ここを訪れる様になりだすのですね。賭け試合のファイターとして。
そして、その観客として」
厳密には、海上の学園都市ワダツミと云えば、人工島が挙げられがちではあるのだが、本土側の港町もそこに含まれる。
漁港があり、貿易会社があり、ビオトープがあり、造船所があり、製鉄所がある。そういったエリアから、マンモス団地があり、そこには病院や学校もあるが、学園都市の目玉はなんと云っても人工島。
建てられた学校施設に、然程、ブランドはない。鵺咫路が高校1年生まで育ったのも、ここだった。
そこで、喧嘩に明け暮れては、母からの豪拳制裁を受け。やがて、喧嘩相手も居なくなった頃、母が失踪し、鵺咫路も人工島にやって来たのである。
成長を続ける、終わらない事業の受け皿。それが、ワダツミだ。
鵺咫路が、本土では遭えなくなった『敵』。アイビスの虎太郎と対峙した時、鵺咫路の胸の内で、獣が嗤ったのを確かに感じた。
「…………なるほどねえ」
受け皿とは、そういう事か。鵺咫路は納得したのだ。
自分の様な人種には、確かにこの様な『場所』が必要なのだと。
そうこう話しているうちに、2人が歩く通りの雰囲気がガラリと変わる。
「冥府通りへようこそ」
狐山が静かに云う。通りの雰囲気は、暗い雰囲気だ。
街灯といった照明が、ないわけではない。それに、まだ昼間なのに。
それなのに、剣呑な雰囲気が香る。通りの幅は狭く、人通りも少なく、店らしい店は見当たらない。
なるほどな、と。ここもまた、受け皿なのだと。
鵺咫路は理解する。
道の横で、立ち話をしている2人組。
話し声が、よく聞き取れないが、注意をはっきりと向けるのも憚れる。また、別の組は数人が座り込み、壁に背を預けていた。
鵺咫路は、向かって来るのなら、迎え撃つ気概はあるが、如何せん相手がどんな手段を取って来るのか分からない。力だけでは、解決しない問題もあるのだと、彼は既に学んでいるのだから。
しかし、そんな彼の警戒を見透かしてか、狐山が軽快にスキップをしながら、鵺咫路へと振り返る。
「ご心配なさらずとも、あーしがいる限り、この場で襲われるなんて事態には、なりませんでしたよ」
そうだろうか。
果たして。そうなのだろうか。
鵺咫路は少しだけ考え。少しだけ迷い。
「ふーん」
力を抜く。それだけの立場というものが、あるのだろう。
狐山 秋という少女には。立場があるから、狙われる。
そのリスクの足し算と引き算をした上で。襲撃するには、割に合わないと。
そういった人物なのだろう。ムルシエラゴとして、顔が売れているというのは。
気付けば、目の前には橋が見えてきた。冥府通りの終わりだ。
そして、モザイクスラムタウンの。
狐山が、鵺咫路の顔を見上げる。
「十月様、実際にこうしてモザイクスラムタウンを通り抜け、幾つかリングがありましたのをお気付きでしたか?」
「ああ」
貨物用コンテナをリングに。或いは、遊覧船を。
街中で試合中のリングも目にした。
「ここは、モザイクスラムタウン。そして、ムルシエラゴが運営するショヴスリ・ダンジョンの登竜門でもありましたよ」
最初に見た時は、「なんだ、こっちでもやってんじゃん」と思ったものだが。
しかし、ショヴスリ・ダンジョンに挑むには、それに相応しい資格があると、証明しなければならない。この、モザイクスラムタウンで。
狐山が、鵺咫路へと、両手の掌を見せ付ける。
「?」
首を傾げる鵺咫路に、狐山はニヤニヤと笑みを浮かべ。
「十連勝。求められる資格は、それだけでした。
通算でも累計でもありませんでした。連勝です」
それこそが。モザイクスラムタウンで求められている、ショヴスリ・ダンジョンへの挑戦権。
見せ付けていたのは、掌ではなく、立てられた10本の指。
「あちらを」
狐山が指し示す方を見れば。
そこにあるのは、小さな特設リングだ。川に浮かぶドラム缶を繋ぎ合わせ。
そこに、橋が架けられている。縦横2~3メートル程度の舞台。
橋の手前に、小男が1人。リングには、上半身裸の眉なしスキンヘッドの男が1人。
彼は、登竜門とやらの参加者の1人なのだろう。
「彼に勝てば、十月様には、黄色の下地に赤字で1と書かれた缶バッヂが受付の男から渡されました」
分かりにくい言い回しだが。
渡されますよ。と。
鵺咫路は、脳内で翻訳する。鵺咫路がスキンヘッドの男を確認すると、4と書かれた缶バッヂを手で玩んでいた。
現在、4連勝の男。そういう事だ。
鵺咫路が彼に挑み、勝利したならば、彼は、4の缶バッヂを没収され、鵺咫路は1の缶バッヂを獲得する。
「……不正への対応は出来てんのか?」
鵺咫路が狐山に訊ねてみれば、やはり、彼女は喉を鳴らして嗤う。
「試合以外の襲撃で、相手の缶バッヂを奪った場合はどうなるのか? そんな質問でしたか?」
鵺咫路は無言で頷く。
「…………ムルシエラゴの目を誤魔化せると思っているのなら、どうぞ、お試しくださいました」
「やれるものなら、やってみろ」と。
それが、彼女の返答だった。
●
「まさか、半日でリーチにしてしまうとは思いませんでしたよね」
狐山の視線の先では、鵺咫路が喝采を浴びていた。
「なんとルーキーが9連勝だ! これで、ショヴスリ・ダンジョンへの挑戦に、リーチが掛かった!
さあ、さあさあ、次の挑戦者はどこのどいつだ!?」
受付の小男が、声を張る。時刻は、夕暮れ。
だが、治安の悪さで有名なモザイクスラムタウンの冥府通りには、嘗てない活気に満ち溢れていた。
「なんでしょうね。試合を湧かすのが上手い。
本人は、それを意識していないのでしょうが」
スター性。
或いは、アイドル性。
……ともすれば、カリスマなのだろうか。
惹き付けてしまうのだ。
強烈に。
そして、鮮烈に。
華があるというのか。
羅生門高校で、彼が哀嶋達と、喧嘩を繰り広げている場面を観察したが。その時よりも。
より、強く。より、大きく。
鵺咫路が喧嘩する姿は、人々を魅了していく。
試合の見物人。
或いは、次の挑戦者達。
それ等が、冥府通りのリングに集まってしまったのだ。
普段なら、まずあり得ない大盛況。稀にあるのだ。
スターの誕生に立ち会った刹那に生まれる熱気というか。将来、ショヴスリ・ダンジョンの花形選手になるという確信。
そんな選手のデビューに立ち会えたという興奮。
持っている。
というやつ。
鵺咫路は持っているし、今、この瞬間にもこの興奮と感動と多幸感を共有出来ている自分達もまた、持っている。受付の小男も、そう。
すぐに鵺咫路の魅力に目を付け、普段ならやらない呼び込みを、盛大に行ったのだ。勤勉な彼は、自身だけでは手が足りぬと。
その呼び込みに、他の仲間達を使った。モザイクスラムタウン内の、ムルシエラゴメンバー。
その中で、選手ではなく運営に関わる人員…………特設リングの受付や、特定の選手のスカウトやマネジメントを請け負う狐山の様な人間が、連絡を受けて、観光客の誘導を行う。「大当たりを引いたぞ」と。
実際、鵺咫路の試合は盛り上がる。連勝が切れるまで、次の対戦相手は途切れさせぬ様に、と。
ムルシエラゴ側から、選手はどんどん用意されていく。鵺咫路は、そこに居るだけで、対戦相手に事欠かないわけだ。
しかし。
何事にも、イレギュラーは発生してしまうわけで。
ムルシエラゴ運営の思惑通りだったのだ。ここまでなら。
ムルシエラゴの選手個人までは、制御出来ない。いや、木っ端の選手なら幾らでも抑え込めるのだろうが。
だが、そういった鎖では、繋げない怪物が、この島には。この街には居る。
今や、鵺咫路もその1人に数えられようとしている。
「おぉーっと……ここで次の挑戦者の登場……だ……は……え……マジか」
本来、プロ意識の高い小男が、言葉を失いかけていた。
「そんな、バカな」と。「何故ここに?」とも。
そりゃあ、ムルシエラゴの人間なのだから、モザイクスラムタウンを出歩く事もあろう。だが、まさか。
予想外。予定外。
現れたのは、規格外。
『ショヴスリ・ダンジョンの選手だからって、モザイクスラムタウンの試合には参加出来ないルールはない……違うか?』
声は高い様な、低くもある様な。
男とも女ともつかぬ声に問われ、小男は素早く頷く。モザイクスラムタウンの試合は、飛び込み参加は大歓迎なのだから。
鵺咫路は、現れた人物に首を傾げた。
ライダースーツに、厚手のジャケット。頭にはフルフェイスのヘルメット。
「……誰?」
『お前の次の相手だよ』
鵺咫路は、「そうなのか」と、特に気にした様子もなく相手を見た。
『獣噛 屍だ』
「俺、十月ね。十月 鵺咫路」
百獣の王が名乗る。
────この日、鵺咫路の連勝記録は、9までであった。




