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【戦線都市ワダツミ・カプリッチオ】  作者: 幾多野 数多
【鳥籠ノ章】
14/22

第2話「ムルシエラゴ」

 


 4月11日。

 羅生門男子高校校門前で、ギガントマキアの使いを、鵺咫路が全員叩き伏せて2日後。


 喫茶パズルに、招かざる客が来ていた。


 ワダツミ四天王こと、ギガントマキアにして、羅生門男子高校番長────牛雄 動乱。


 鵺咫路は、彼とテーブルを挟んで座っていた。対面の彼を見ると、意外と小柄。

 いや、別に小柄というわけではない。

 身長175cm。

 小柄なんかじゃない。だが、ワダツミには、彼より大柄な人間なんて、幾らでもいる。

 顔は、それこそ、爽やかな印象だ。涼し気で、好青年の様な。

 金髪のオールバックで、好青年の顔立ち。ホストみたいだな、というのが、鵺咫路の第一印象だ。

 …………ガッチガチに固めたのであろう金髪の2本角がなければ、だが。なんでそこで、角を出してしまったのか。

 それさえなければ。なのに。


 牛雄の隣には、哀嶋が座り、何故か鵺咫路ではなく、牛雄を警戒している。

 鵺咫路は、ちらりと、隣の騙部を見ると、目で「まだ何も喋るな」と釘を刺された。



「さて」



 仕切り屋が、視線を集める。


 仕切り屋。或いは、コンシェルジュ。

 騙部探偵社と、羅生門男子高校の哀嶋と接触し、今日という場を設けた役者。


 ヴァルハラ女学院の制服に身を包む女子高生。前髪パッツンポニーテール。

 狐山(コヤマ) (アキ)

 狐目の彼女は、そう名乗った。

 5大列強ムルシエラゴ所属の狐山です、と。この度、鵺咫路をムルシエラゴに招待したいのだとも。


 ムルシエラゴ。


 それは、ある意味、9つの勢力で最もメジャーな存在。

 所属している人数だけなら、おそらく最大。何せ、ムルシエラゴは、組織に入るのは自由。

 出向いて、組織の窓口にその旨を伝えるだけ。その緩さからか、ムルシエラゴは、他の5大列強や四天王傘下の者が掛け持ちで所属していたり。

 しかし。自由に所属して良いからと。

 だからといって、それは。別のチームに入る理由にはならないだろうに。

 何か、旨味でもなければ。


 …………あるというのか。

 旨味が。



「本日は、お集まりいただきまして、どうもありがとうございましたね」



 本日の司会進行役なのだろう。

 狐山が、仕切る。



「ではでは、アゲインリプレイでもう一度ワンモア、名乗らせていただきましたね。あーし、狐山 秋は、ヴァルハラ女学院2年生のお嬢様でございましたの。

 とはいえ、ヴァルハラの四天王が1人、【鉄血の女帝】は、今回の件とは無関係でございました。あくまで、あーしは、ムルシエラゴの使いとして、お二方に声を掛けさせていただいた次第でしたわ」



 彼女は、実に、癖のある言い回しが目立つ。

 なんと云うか。過去形。

 語尾が過去形だ。

 そして、彼女の通う女子高にも、ワダツミ四天王がいるらしい。

 今回の件には、絡まない様ではあるが。


 そして、彼女が声を掛けたという2人。

 騙部と、哀嶋。ムルシエラゴは、2人に同時期に接触して、話を持ち掛けた。



「現在、十月様と、ギガントマキア様の両名は、諸事情により、バチバチでございましたね。そこで、あーし及びに我々、ムルシエラゴの出番というわけでございましたでしょうか」



 下調べは済んでいるらしい。話の早い事だ。



「バチバチとか、どーでもいーよ」



 だが、話が早い話に、口を挟む者がいた。牛雄 動乱……彼は、クリームソーダを一気飲みにすると、鵺咫路に目を向ける。



「そもそも俺は」


「ああ、よせよせ、ギカマキやめろ」



 喋り出した牛雄を、哀嶋が慌てて止めようとする。



「そのニット帽が何してようが、どうでもいいんだ」



 牛雄が、鵺咫路を指差す。



「聞いた話じゃ、アイビスの頭とやり合ったんだって? やるじゃねえか。

 ……とは思うけどよ」



 哀嶋が、「あちゃー」といった表情になっていた。騙部は、そんな彼に、少し同情をする。



「別にそんなの勝手にやってろよって話でな」


「ギガマキ、そうもいかねえんだ」



 どうやら、羅生門トップのギガントマキアと、No.2の哀嶋では、考えが違うらしく。



「俺の名前出して、勝手な事してるならまだしも、ただのタイマンだろ」


「そういうレベルじゃねえんだって。うちの学校の奴が、どこぞの馬鹿と、どつきあったっつー話じゃねーっつってんでしょうが。

 こいつが」



 哀嶋が、鵺咫路を見る。



「よりによって、アイビスの頭とのタイマンに、勝っちまった事が問題なんだ」


「いやあ、成り行きでそうなっちゃって」



 咎める様な哀嶋の視線に、鵺咫路は唇で苦笑いを描く。



「お前、ギガマキの傘下に入れ」


「え。やだよ。

 なんだよ急に。宗教勧誘か?」


「鵺くん、少し黙りなさい」



 即答する鵺咫路に、この話の流れはよくないと判断したのか、騙部が割って入る。



「あー、私は、彼の保護者……の、様なものなんだが」



 ちら、と。騙部は、鵺咫路の機嫌を窺う。



「なんだよ、社長。俺、嫌だぜ?

 コンビニ行って、ポイントカードの類いとか、作るのだって嫌なんだ。よくわかんねえグループなんて、誰が入るかよ」


「おい、聞き捨てならねえぞ? よくわかんねえも何も、お前、羅生門の生徒だろうが。

 お前がごねずに頭を縦に振れば、それで済む話なんだよ」



 鵺咫路の言葉に苛立った様子の哀嶋。そして、我関せずといった有り様の牛雄。

 騙部としては、頭を抱えたくもなる。



「哀嶋先輩さあ、そりゃあ、そっちからしたら、そういう話だろうよ。でもさあ、それって、こっちの意思を無視してるって話でさ」


「ああ、もうっ! 鵺くん、ストップストップステイステイ」



 狐山は、にこにこと笑っていた。

 納得してしまう。なるほど、これは、たしかにムルシエラゴ案件だな、と。

 鵺という看板が、売れてしまうが、それはもう止められない。止められないのであれば、次は、どう売るかだ。

 膠着状態だったこの街の、新たな()となるかも知れない男の。売り方。

 5大列強に届き得る。四天王をも喰らうやも知れぬ。

 その見立ては間違っていなかった。騙部の意図せぬ形で、鵺咫路はそれを証明してみせた。

 これからは、彼を組み込もうとする者。彼を踏み台にしようとする者が、どんどん現れてくるだろう。

 鵺咫路は、それから逃げる事は出来ない。それは、許されない。


 騙部は、狐山を見た。彼女は笑っている。


 もう、ムルシエラゴの提案に乗るしかないのだろう。


 騙部は、溜め息を溢すと苦笑い。



「鵺くん、君は、5大列強ムルシエラゴに入りなさい」


「嫌だよ。勢力縄張り争いなんざ、俺の預かり知らぬところで、いつまでもやり合ってればいいんだよ。

 俺を巻き込むな」



 それでもなお、拒絶の色を強くする鵺咫路に、騙部は、笑顔を向けた。不自然で、作り物の様な笑顔。

 どんな情緒から、そんな笑みになるのか。映画なんかで、『あの人の演技が怖かった』と云われるタイプの。

 そんな笑顔。



「君さ、君自身は悪くないとは思うよ? 悪くないと思いはするのだけど、バイト先であるここに、君目当てのお客さんは、店に金を落とさず、君を呼べ、君を出せと、そればかり。

 迷惑なんだよねえ。シンプルに」



 そう。

 2日程前から、喫茶パズルには、鵺咫路目当てに羅生門の生徒が押し掛ける様になったのだ。お尋ね者というか、なんと云うか。

 ギガントマキアからの召集を断った。しかも、島に来たばかりの新参者が。

 哀嶋の対応は、早かった。鵺咫路をギガントマキアの前に連れてきた者を、ギガントマキアのグループ内での発言権を持たせるというもの。

 要は、不良グループの中で、でかい顔が出来るよ。…………というもの。

 しかも、バイト先まで調べはついている。この辺りは、ムルシエラゴの介入があったのだろう。

 鵺咫路は、尾行なんて気にしないタイプだ。尾行(つけ)られていても、不思議じゃない。

 そこもまた、騙部の怒りポイントに加算されたわけで。いい迷惑だった。

 一般客は寄り付かず。羅生門の生徒は、何も注文しない。

 注文したとして。損害の方が、遥かに大きかったりもするのだから。



「……なんとかしてくれよ」


「お前がギガマキの前に来て、頭を下げて()に付けば、そんな事もなくなるだろうよ」



 鵺咫路が哀嶋に云えば、哀嶋は鵺咫路に条件を提示する。



「うぎぎぎぎぐぬぬ」



 だが、鵺咫路はそれを飲み込めない。

 何で、入りたくもないグループに、頭を下げてまで入らなければならないのか。納得いかない。

 やりたくもない事に、頭を下げたくはない。絶対に。

 嫌だ。



「…………そこで、我々ムルシエラゴは、十月様をショヴスリ・ダンジョンにご招待したく」


「しょぶ……え? なに?」



 機と見たのか。

 狐山が鵺咫路へと話掛けた。



「……ま、うちの学校でやってもいいんだけどよ」


「何云ってんだ哀嶋。後輩相手に、大勢で囲む様な真似、俺は認めねえぞ。

 そして、本人が望みもしねえタイマンもな」


「……これだよ」



 どうやら。

 鵺咫路と牛雄のスタンスが、似たようなものであるらしく。鵺咫路は、牛雄を倒してしまえば事態が収束するのだと、頭では理解をしていても、そういった理由で喧嘩をするのは、それは()()()()()扱いになるのだ。

 彼は、自分の都合で能動的な喧嘩をするべきではないという考え。そして、それは、牛雄もまた、然り。

 火の粉ならば払う。それ以外は、好きにしろ。

 哀嶋も、頭の痛い話である。トップがこれでは、自分が指揮をするにも、限界がある。

 自分の力では、鵺咫路を降せない事実が、何よりもどかしい。


 そんな折。


 ムルシエラゴから、話を持ち掛けられたのであった。



「現在、牛雄様は、ショヴスリ・ダンジョンのステゴロタイマンにおいて、3年間無敗の絶対王者でございましたが」



 海上の人工島にして、学園都市ワダツミ。

 5大列強ムルシエラゴ。


 彼等の根城は、坐間串造船所近くにあるモザイクスラムタウン。コンテナ街とも呼ばれている。

 ワダツミと、幾つかの橋でアクセス可能な、長さ1㎞、横幅250m程度の小規模な人工島。小さな人工島の中に、コンテナが敷き詰められ、積み上げられ、建造物の如く乱立している。

 そこでは、日夜、ファイトクラブ……ショヴスリダンジョンが開催されているというわけだ。



「十月様が、我々ムルシエラゴの運営している、ショヴスリ・ダンジョンのファイターになっていただければ、同じくファイターであり、チャンピオンの牛雄様とマッチングする事も、有り得る事ではございましたね。

 お二方共に、やり合いたくはございません。されど、お二方共に、状況はそれを許してはござりません。

 ……でしたら、偶然、そんな機会があれば?」



 戦いの場を設けましょうと。

 そう、提案している。実際、最後のきっかけに過ぎない。

 あまりに、鵺咫路が、羅生門の生徒を返り討ちにする様なら、牛雄も最後には、動かざるを得ないのであろうが。しかし、まあ。

 詭弁も、使い様。騙部も哀嶋も、この話に同意したのであった。

 そもそも、5大列強や四天王同士は、大っぴらにぶつかるわけにはいかない。それをやってしまうと、ワダツミ全体を巻き込む抗争に発展しかねないから。

 それ故の、不戦協定。積極的に仲良くはしないが、積極的に争う事もなしにしようね。

 そんな感じの。暗黙の了解。

 だが、それでも。下っ端同士でいざこざが起きないわけではないのだ。

 理性とは、常に仕事をしてくれるとは、限らないのだから。だがら、時にグループ間の揉め事は発生する。

 それに、トップが出張るわけには、いかないだろう。それをしたら、結局は全面抗争だ。


 そんな時の為のムルシエラゴ。

 そんな時の為のショヴスリ・ダンジョン。

 闘技場である。


 表立って喧嘩するわけにはいかないが、同じ闘技場のファイターとして、試合をする事は、ルールに触れていない。

 さすがに、現四天王や5大列強ボス同士でマッチメイクさせてしまえば、とんでもない大事にしかならない。そのあたりは、運営のムルシエラゴが上手く躱している。



「実際に、十月様と牛雄様が試合でマッチするとしたら、エキシビションか、何かしらのトーナメントか……興行が良い方にしたいものでございました」



 鵺咫路としては、話はまあ、分かった。あまり、納得のいく話でもないが。



「勿論、トーナメントに参加され、優勝した際には、優勝賞品、優勝賞金、優勝特典等、様々な報酬をご用意しておりますが」



 ここで狐山は、ショヴスリダンジョンに参加するメリットを提示した。ちゃんと、これは旨味もある話なのだと。

 興行と口にした通り。運営しているのは、賭け試合。

 どちらが、誰が勝ち上がるのか。優勝するのか。

 そんな楽しみ方をする、娯楽と血に飢えた客。顔を隠した金払いのいい客。

 そんな者が、モザイクスラムタウンに集まるのだ。



「そうそう、十月様」



 狐山は、思い出した様に、鵺咫路へと重要な連絡事項を。



「モザイクスラムタウンには、秩序の保たれた場所があれば、治安が著しくよろしくない通りがございました。冥府通り……なんて、呼ばれてございまして」



 知らないまま足を踏み入れたら厄介な事になりそうだ。



「ですので、風俗街エリアには、近寄らない事をおすすめいたしますわ」


「…………」



 なんて事だ。

 お嬢様の口から、風俗街なんて言葉が出てしまうとは。何か行く用事でもあれば、頭の隅に留めておかねば。



「治安よくないって、例えばどんな?」


「見れば一瞬で分かるでしょう。体格が良い方、小柄な方、すれ違おうものなら、すぐに分かる…………雰囲気がございましてよ」



 鵺咫路は、ワダツミで暮らす様になって、この島が。この街が。

 この都市が。治安のよくない土地というのは感じていた。

 しかし、まだまだ鵺咫路の知らない闇があるらしい。



「ともあれ、十月様が仮にファイトクラブ【ショヴスリ・ダンジョン】のファイターに登録されたところで、すぐに牛雄様とマッチングさせるわけには、ございません。あくまで、十月様はその時点で、新人ファイターであり、牛雄様はチャンピオンでございますから」



 幾ら、虎太郎を破った実績があったところで、いきなり目当ての人物と戦わせるわけにはいかない。

 順序というわけだ。



「まずは、十月様には、ファイターとしての格を上げていただきまして、チャンピオンに挑戦するに足るチャレンジャーになっていただきます。その為に、何度かモザイクスラムタウンに通っていただく事になりますが」



 云っている事は分かる。


 初心者クラスから始まって、上級者クラスに挑める様に頑張れ。そんな話だ。



「いつまでも時間が掛かるのはなぁ」



 鵺咫路はそれに、渋ってしまう。それを見逃す狐山ではなかった。



「それでしたら、最短で牛雄様とのマッチが組めます様、こちらで手配する事も可能でございましたが?」


「鵺くん」



 まずい。そんな気配を感じて、騙部は、鵺咫路に返事を保留にしろと告げようとしたが。



「え。マジ?

 じゃあ、それでお願い」


「…………このガキ」


「…………まあ、こっちが口出す事じゃねえんだけどさ」



 やってくれたな。そんな顔の騙部。

 云っちまったな。そんな顔の哀嶋。


 鵺咫路のこの返事により、彼は異例の速さで、闘技場での階級を上げる事になる。その為に、かなり無茶な試合を組まされたりもするわけだが、鵺咫路がそれを知るのは、ずっと後の話。

 狐山は、満足気に微笑み。



「かしこまりました……十月様のご希望通りに」



 蝙蝠の揺り篭。

 ショヴスリダンジョン。


 ムルシエラゴに所属するという事は、ショヴスリダンジョンに参加する権利を得るという事。

 実際、それを目的に、あらゆる組織の人間が、ムルシエラゴに所属している。5大列強の中でも、最大規模にして異質。

 しかしながら、ムルシエラゴが5大列強なら、ボスはいないのか。ムルシエラゴがボスのいない唯一の5大列強だったりするのか。


 ……そんな事はない。


 いる。

 いるのだ。


 闘技場に君臨する百獣の王が。

 5大列強ムルシエラゴの頭。


 獣噛(シシガミ) (カバネ)


 深夜のみ開催される裏闘技場。或いは、地下闘技場。

 そこでは、()()()()()がルール。それ故、参加者も元傭兵崩れだったり、逃亡犯であったりと。

 そんな危険人物達の檻。そこの王者だ。


 そして、ショヴスリダンジョンの裏闘技場とは、これから鵺咫路が放り込まれる地獄でもあるのだ。


 ようこそ、十月 鵺咫路。

 ようこそ、地獄へ。


 

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