第12話「序ノ章の終わりに」
「先輩、聞いてない。マジ、こういうの、なんも聞いてない」
先輩に連れて来られた後輩が、困惑半分、「いつものやつか」という呆れ半分といった様子で不満を漏らす。
「よくない。こういうの、ほんっとーに、よくないよ」
嘆く様に呟く後輩は、天井を仰ぐ。
視界に映る天井で、空調のファンがくるくると回っていた。後輩は、先輩に騙された形で付き合わされている。
騙部探偵社の、アルバイト面接に。
なんで、どうして、こんな事になってしまったのか。前世がよほど罪深いのだろうか。
おお、神よ。嗚呼、神よ。
いあいあ、はすたー。
…………邪神じゃねえか。
「ああ、その、ええと」
困惑した様子で、面接官である騙部が、まいってしまっている様子の後輩から、先輩と呼ばれた人物へと視線を移す。
「電話だと、今日、面接に来るのは君1人で、もう1人来るなんて、聞いていないのだけど?」
「急遽、予定変更というやつです。仕方ないね」
「先輩、『仕方ないね』は、先輩が云っていい台詞ではないんですよ。少なくとも」
天井を仰いだまま、先輩の受け答えに対して突っ込みを入れる後輩。2人の関係性が少し見え始めてきたところだが、さて、どうしたものか。
騙部は、動揺から抜け出せない。抜け出せないが、抜け出せないままに、手元の履歴書に目を通す。
履歴書は、1枚だけ。先輩の分だけで、後輩の分はない。
付き合わされているだけというか、ただの付き添いなのか、はたまた、振り回されているだけなのか。なんかやべえ奴が来たな。
騙部の頬を汗が伝う。
「君達は……高天ヶ原学園かな? 2人とも?」
先輩とやらの履歴書の学歴と、本日、着てきた学生服から、騙部は推測する。
「高天ヶ原学園2年、夜奈國 揚羽という。よろしく頼むよ、探偵の先生」
女、だった。女、である。
身長178センチの、スーパーモデル体型の女が、そこにいた。他の何色をも受け付けない、拒絶の黒。
彼女の髪は長く、腰まで届くストレート。その名の如く、目の色も、髪の色も黒い。
アゲハ蝶だ。
「……なるほど。美人さんだね。
……君も、こんな美人さんと毎日いると、緊張しちゃって大変だろう」
夜奈國を美人だと評価する騙部は、次に、彼女の後輩である男子へと意識を向ける。
ある意味、彼が一番、興味深い存在だ。本来、いる筈のないイレギュラーなのだから。
「……高天ヶ原学園1年、蕪戯 薫です。先輩とは、ミステリー同好会に学園の図書館で勧誘されたのが出会いです。
毎日、振り回されているという意味では、そりゃあもう大変ですよ。振り回されているというかぶん回されてますが」
「死ね」
「すっげえカジュアルに死ねって云うじゃん」
蕪戯と名乗る少年は、やはり、巻き込まれた立場にあるらしい。正直に関係性を述べると、隣の美人から毒を吐かれる始末。
美人と、特徴の薄い中肉中背の男の子という組み合わせ。
なんにせよ、だ。なんにせよ、である。
「電話で一度聞いたのだけど、もう一度、志望動機を聞かせてくれる?」
騙部は、雇用する側として、これだけは聞いておかねば。そんな質問をぶつける。
「電話の時は、詳しくは聞けなかったわけだしね」
「すっげえカジュアルに死ねって云うじゃん」
「……今のは違うだろ」
ネタなのか、マジなのか。だとしても、相当、肝が据わっている。
蕪戯のリアクションを、隣で笑いつつ、夜奈國が口を開く。
「高天ヶ原学園に、ミステリー倶楽部という部活動はない。部員候補も、私と彼だけだ。
部として認める為の、定員というものがあってね……故に、我々は倶楽部未満の愛好会。ミステリー同好会というわけだよ」
「僕はただ、図書館で数学の勉強していただけなのに、急に知らない先輩から話し掛けられて、気付けば同好会入りですよ」
蕪戯の境遇には、同情しかない。騙部は、複雑そうな顔で、慰めの言葉を呑み込んだ。
ここで下手に同情して見せても、夜奈國の方が、それを利用して、採用する様に誘導してきそうだ。そんな気がする。
彼女は、そういうタイプだ。
「…………と、まあ我々は、ミステリー好きなのだが、それが高じて、物書きの真似事なんかもしている」
「それは先輩だけですけどね」
「うるさいよ、後輩。静かにしたまえ。殺すぞ」
「こっわ。すっげえカジュアルに殺意剥き出しにするじゃん」
なんだ、これ。コントか。
いつも、こんな感じなのだろう。この2人は。
「だが、創作と片想いというものには、ガソリンが必要でね。早い話が、スランプだよ。
書きたいものが、思い浮かばないんだ」
「困ったものだろう?」と。
彼女は、肩を竦めて見せたが、困っているのは、蕪戯と騙部だろうに。
「刺激と閃きが必要なんだ。我々には」
「先輩、勝手に僕までカウントしないで。先輩だけです。
スランプ沼にはまっているのは」
「うるさい。君も創作沼に沈んでしまえ」
蕪戯の方は、創作活動すらやってないらしい。じゃあ、マジで人数合わせじゃん。
好きでもない同好会に入っているが、そもそも、部活として認められる定員に達していない時点で、人数合わせという体裁すら、意味をなしていないのではないだろうか。
「と、云うわけで……先生」
夜奈國が、騙部を見る。
また一つ、呼び名が増えてしまったなと思いつつ、騙部は「なにかな」と返事をした。
「作品の題材収集・取材の為に、我々を探偵の弟子として雇ってくれ」
無茶苦茶だし、滅茶苦茶だし、はちゃめちゃだ。最後に押し寄せてきそう。
「待て待て、君達……というか、夜奈國君。君は、探偵をなんだと思っているんだ」
全く、こんな平和な街で、ミステリー小説だかなんだか知らないが、そんな物の取材だなんて。
それに、探偵が、そんなにミステリーとエンカウントするものか。
「………………否定出来ねぇ」
やっぱり無理でした。つい最近、わりと物騒な案件がやって来たではないか。
君達が思っている様な仕事じゃないよ探偵なんて。そう、云いたかったのに。
「なに、私を現場に連れていく事で、先生とは異なる視点で物事を見て、思考する。新たな視野を得ると考えたまえよ。
そう、悪くない話だろう?」
「現場とか素人がプロみたいな口振りじゃないか全く」
ずいぶんと、自信たっぷりではないか。なんか、すげえ奴が来たな。
変な2人組が来たな、と。騙部が、そう、思う一方で。
彼は、今、探偵の仕事を手伝ってもらっている少年の事を考える。あまり、同年代の友達がいないイメージだが。
彼にとって、何かしらの影響があるだろう。一緒に、働く事になれば、少なくとも。
いい影響であれば、いいのだが。
「おーっすー」
間延びした声と共に、探偵社の事務所のドアが開かれる。
入ってきたのは、学園都市ワダツミでも不良校として悪名高い羅生門高校の学生服に身を包む男子高校生。男子校であるが故に、それを着ているのが、男子高校生であるのは至極当然であるのだが。
「やあ、鵺くん」
少し疲れた顔で、騙部は、鵺咫路へと応対する。鵺咫路は、ソファーの空いたスペースに鞄を放ると、夜奈國達へと視線を向けた。
2メートル近くの身長を誇る彼だ。自ずと、見下ろす形となるわけだが。
「なんだ君は。無遠慮に見下ろすな。
頭を叩き割るぞ」
夜奈國の、鋭い視線と言葉が突き刺さる。
「いきなりなんだ、この女……蛮族かよ」
冷静な突っ込みに、空気が張りつめていく。今にも、喉笛に喰らいついてきそうな、剣呑な視線を浴びながら、鵺咫路は一度、騙部を見て、そして、最後に蕪戯を見た。
「…………ああ、そういや、今日、面接があるって」
思い出した様に呟く鵺咫路に、夜奈國が目の色を変える。
「────ほう」
それは、行きつけの本屋の棚に、新刊が置かれているのを発見した時の様な。
「察するに、探偵社の従業員かな? 初めまして。
今日からここでお世話になる」
「待てこら。勝手に決めんなや」
鵺咫路に自己紹介を始めようとしている夜奈國に、騙部が止めに入る。
「私は夜奈國。この探偵の弟子入りを果たしたところだ」
「果たしてねえんだよだから。勝手に果てるな」
聞き入れてもらえそうにないが。
「はあ。ヨナグニさん」
「水臭いな。親しみを込めて、私をヨナグニさんと呼びなさい」
「何も変わってないでしょそれ」
後輩である蕪戯も、それが仕事であるかの様に突っ込む。
「ヨナグニ=サン」
「ニンジャかな」
「ハイクを詠め」
「スレイヤーだな」
アイエエエ。
騙部と蕪戯が、テンポよく会話劇に合いの手を入れていく。会話劇って、そんなんだっけ。
そんな疑問を置き去りにして。
こうして。
斎籐の依頼を終えた騙部探偵社に、新たな登場人物が追加されたわけだ。時に、舞台装置にもなる登場人物が。
騙部探偵社所長。騙部 曲言。
騙部探偵社助手。騙部 偽話。
騙部探偵社事務。左面枝 鎖鳥。
同じく。左面枝おばあちゃん。
騙部探偵社探偵見習い。夜奈國 揚羽。
騙部探偵社庶務雑務。蕪戯 薫。
そして、騙り部探偵社用心棒。十月 鵺咫路。
彼等の奏でるカプリッチオがやがては、海上の学園都市を揺るがすのだ。
序ノ章・了




