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【戦線都市ワダツミ・カプリッチオ】  作者: 幾多野 数多
【序ノ章】
11/22

第11話「虎狩りリザルト」

 



「いい加減、ぶっ倒れてくんね?」



 鵺咫路の土手っ腹に、パイプレンチの一撃を叩き込む。耐えられる。

 ならば、今度は脇腹だ。モンキーレンチの一発が、鵺咫路に直撃。

 耐えられた。



「……バカか」



 理不尽な一言だとしても、虎太郎は云わずにはいられない。



「いや、どーなってんだよお前。お前だよお前」



 肩にパイプレンチを担ぎ、モンキーレンチで鵺咫路を差しながら、虎太郎は顔を不愉快そうに歪め。



「一体、どんな育ち方すりゃ、そんなガンジョー素敵ボディになんだよ。お前、生物として間違ってんぞ」



 一方で。

 一方的に。一方通行な物言いをされてしまった鵺咫路は、何度も虎太郎の虎落笛を食らっていた。

 端から見れば、虎太郎のワンサイドゲーム。しかし、虎太郎の虎落笛を何発も食らっているのに未だに倒れもしない鵺咫路が明らかにおかしい。

 そりゃあ、まあ、苦情の1つも……みたいな。そんな、話。



「いや、あんたこそ、どうなってんだよその超反応。しかも、一発一発がちゃんと(いっ)てぇ」



 鵺咫路は、自分の攻撃が全く当たらない事、そして、ガードしても、そのガードの隙間を衝いて一発入れてくる虎太郎の動きにドン引きしていた。



「ざっけんな。なんで、てめぇみてえな化物に化物扱いされなきゃなんねえんだよ。失礼だろ」


「……さすがにお互い様では?」



 鵺咫路は、納得いかない様子。


 まあ。


 実際、どちらも正しい。

 どちらもどうかしている。

 どちらもおかしい。

 どちらも化物だ。


 超スピードで突っ込んできて。

 それをギリ回避出来たとして。

 急停止からの急発進で。

 隙を生じぬ二段構え。

 結果、避けたと思ったら食らってしまう。

 或いは。

 超スピードで突っ込んできて。

 ガードで強引に受け止めようと思ったら。

 直前で攻撃の軌道を無理矢理変えてくる。


 超反応後出しジャンケン。


 それが、鵺咫路がされ続けてきた事。やられ続けてきた事。


 片や。

 虎太郎の虎落笛。

 この超スピード突進攻撃は、からくりあってのもの。ただし、スタミナ、腕力、握力を酷使する。

 だが、振り抜く一撃は、スピードと体重を武器に乗せたものだ。まず、ガードしたとしても、そのまま吹っ飛ばされ。

 そして、立てやしない。それだけの威力がある。

 まして、直撃を食らおうものなら、骨が無事なわけがない。生身の人間に使っていい技じゃねえだろ。

 そんな技なのだ。そんな威力なのだ。

 虎落笛というのは。お前、いくら創作物の世界だからって調子乗んなよ。

 そんな技で、そんな威力なのだと云うのに。それを、現在、8発目を耐えている化物。

 それが、鵺咫路。お前、いくら創作物の主人公だからって調子乗ってんじゃねえぞ。



「スピード勝負は分が悪いってか、まず勝ち目なし」



 鵺咫路が呟く目の前で。虎太郎が次なる虎落笛に入る(・・)

 いつも、あの構え(・・)から始まる技だ。いい加減、覚えた。

 だからといって、対応出来るとは云えないが。虎太郎が片腕を振り上げ静止する。

 パイプレンチは握ったまま。あそこから。

 あそこから、だ。目にも止まらぬ早業が繰り出されてしまうのは。



「そろそろ、対処出来なきゃまずいんじゃない?」



 偽名臭い斎籐が、ヤジをとばしてくるのを、「分かってるよ」と云わんばかりに、鵺咫路は溜め息で反応を返す。



「自力で何とかしてみせると云ったのは、君自身だよ。だったら、君自身の地力で何とかすべきじゃないかな」


「うるさいなぁ。黙って見てろよ」



 2人の会話に、アイビスは、茶々を入れる様子はない。

 ただ、助けるつもりのない斎籐と、ここから巻き返すつもりでいる鵺咫路。2人の関係性を、測りかねている。



「そうは云うけどね。君は、さっきからずっと殴られてばかりじゃないか」


「いちいちケチばかりつけてきてんじゃねえよ。べつに、あんたが殴られたわけじゃないんだからさ」


「おいおいおい、君は私のボディーガードだろうに。君が頼りない姿ばかり見せていると、依頼主としては、気を揉むわけでね」


「あー、はいはい、分かった。分かったよ」



 鵺咫路が、虎太郎に苦笑いを浮かべた。



「ケリを着けようぜ」


「……ま、いいけどよ」



 虎太郎は、鵺咫路と斎籐がやり取りをしている間、片手でモンキーレンチを玩んで暇を潰していた。



「ずいぶんと自信満々じゃねえの。未だ虎落笛を攻略出来てもねえ奴がよ」


「6回くらいでタイミングを覚えるつもりだったんだけどな。こっちとしては」



 鵺咫路の想定以上のスピードだったし。鵺咫路の想定以上に応用の利く技だった。



「たしかに、そう何発も耐えられる威力じゃねえからさ。そろそろ、形勢逆転しとかねぇと」


「そもそも、そう何発も耐えられてたまるかって話なんだが」



 ふ、と。虎太郎が、短く息を吐いた。



「────……虎落笛」



 聖杯の如く掲げたパイプレンチを振り下ろす。同時に、地を蹴る。

 武器の重量の落下速度に指向性を持たせ。それを、スピードに変えて。

 加えて、自身の体重を乗せた重心移動。


 突風が、吼えた。


 鵺咫路には真似出来ない速度。鵺咫路には追い付けない世界。

 最初にパイプレンチを振ったのは、スタートダッシュの為。故に、鵺咫路との距離を詰めるまでに虎太郎は、モンキーレンチを振りかぶり。

 叩き込む。

 ────だが。

 これまで、8度の虎落笛を見てきた鵺咫路は、身を捻りながら、辛うじて虎太郎の一閃から逃れる。反応出来ただけでも、大したものである。

 大半の人類は、あの一撃で沈む。ただ、虎太郎に勝利するには、至らないというだけ。

 虎太郎は、空振りをした勢いを以て方向転換を行う。初撃を外してしまったとしても、虎太郎にはこれがある。

 だから。鵺咫路はこれまで、逃げそびれてきた。



「虎落笛・鎌鼬」



 初撃程のスピードや移動距離・攻撃範囲・射程距離はないが、二段構えの虎落笛が、鵺咫路に牙を剥く。理想は、初撃で相手を転倒させて、鎌鼬で確実に止めを差す。

 必殺技である。必ず殺す技だ。



「────最初の直線移動は、左右どっちに山勘を張ったところで逃げられちまってきたが、1発目を凌いだ後の2発目なら、よ」


「ッぐぎ!?」



 モンキーレンチをそのまま振り抜こうとした虎太郎。この、2発目を躱されたところで、すでに3発目を繰り出す仕込みは済ませている。

 則ち、パイプレンチを振りかぶっている状態だった。しかし。

 格ゲーで云うところの乱舞技に入る(・・)のを止められてしまった(・・・・・・・・・)



「てッめ……」


「そう睨むなよ。今まで十分、俺の事を殴ったろ?」



 虎太郎の肩に、鵺咫路の脚が。

 肩を踏みつけ。押さえ付ける。

 攻撃の際に、ここを止めてしまえば。相手には、これまで乗りに乗った勢いの反動が返ってきてしまうわけで。



「ッッかっ」



 その痛みに、虎太郎の動きがとうとう止まる。鵺咫路の間合いの中で。



「リーダー!」


「カシラぁ!」



 アイビスが、虎太郎を呼ぶ。



「悪いね。ここまできて、引き分けにしてお茶を濁すとか、したくねえんだ俺は」



 そ、と。


 虎太郎の頭に、鵺咫路の掌が乗る。



「【兜割り】」



 鵺咫路としては、投げ技扱いである兜割り。

 肩を踏む脚と共に、真下へと力を込める。逃げ場もなく、頭を地面へと叩き付けられた虎太郎に、再度、アイビスから悲鳴めいた声があがった。



「マジで強かったぜ、あんた」



 うつ伏せに倒れた虎太郎を見下ろし、鵺咫路は声を掛ける。



「次は一緒に飯でも食いに行きてぇな……あんたとは」








           ●









「見てるこっちは冷や冷やしたよ」



 文字通り、虎太郎を叩き伏した鵺咫路は、観戦していた斎籐に向かって歩く。斎籐からは、やや不満そうな声。



「そうは見えなかったけどな」



 鵺咫路の返しに、「おや」と。まるで、楽しみにしていたシリーズ物の新作でも見付けたかの様な声色を弾ませた。



「あんた、本当に護衛が必要だったか?」



 虎太郎に勝利した鵺咫路。しかし、その胸中は、決して晴れやかなものばかりではない。



「おやおや、鵺……それは、どういう意味かなあ?」


「べつに、大した意味はねえよ」



 突っ掛かる様な物言いはしたものの、鵺咫路はそれ以上、何かを言及しようとはしなかった。ただ、試された(・・・・)という気持ちが大きい。

 戦わされた(・・・・・)とでもいうのか。成り行きではあった。

 その筈だ。アイビスの虎太郎と戦ったのは。

 5大列強の一角とやり合ったのは。だが、斎籐の様子を見ていると、どうにも。

 鵺咫路は、斎籐の目の前で戦わされた気がしてならないのだ。そして、強さを測る為に。

 どの程度やれるのか(・・・・・・・・)。そんな、テスト。

 鵺咫路は、虎太郎との喧嘩に、水を差された気持ちになる。一瞬でも、刺激的で楽しかったあの刹那が。

 あの時間に、ケチをつけられたかの様な。そんな、気分。



「お前等……」



 そんな2人に、佐助が立ちはだかった。リーダーである虎太郎が倒れた今、この場でのアイビス最高責任者は、彼という事になる。

 虎太郎が、アイビスメンバーにより、慎重にベンチへと運ばれている中で、彼は、鵺咫路と斎籐に接触してきた。



「あ? なに?

 なんか文句あんの? タイマンは、あんた等が要求してきた事だろうがよ。

 こっちは、それに応じてやっただけだろうがよ。この期に及んで、それにケチをつけるつもりなら────」



 機嫌を悪くした鵺咫路が、今度はお前が相手かと、佐助へと牙を剥く。

 それを、苦笑いを浮かべた斎籐が止めた。



「まあまあ、待ちたまえよ、鵺。まずは、相手の話を聞いてから、それからでもいいだろう?

 拳を握るのは」



 鵺咫路は、鼻を鳴らす。



「知らねえよ。俺は。

 あんたが、そう判断してぇのなら、そうすりゃいいんじゃねえの。勝手にしろよ」


「はっはっはー。済まないねー、うちの鵺が。

 彼は今、機嫌が悪いんだ」


「あ、ああ……たぶん、それはあんたのせいだとは思うが」



 引きつった顔の佐助の言葉に、斎籐は「はっはっはー」と、笑う。なに(わろ)てんねん。

 鵺咫路は、ガードレールに腰掛けると、ベンチに寝かされた虎太郎の方を見る。佐助はそれを、少し複雑そうな表情で見た後、斎籐へと顔を向けた。

 窓口は彼女の方だと判断したのだろう。



「うちのリーダーが負けた。その事自体には、何の文句はねえ。

 名目上は、あんた等が、うちに喧嘩を売ったのが発端だとしてもな。けじめの話はそこで終わりさ」



 鵺咫路は、思うところがあり、一瞬、顔を佐助へと向けたが、溜め息混じりに再び視線を虎太郎へと戻す。

 言い方がまずかったのは理解しているが、アイビスの認識としては、そうだ。そこを曲げるわけにはいかない。

 最初にタイマンを仕掛けたのは、そのけじめをつける為で。しかし、大将が負けてしまった今、「次は俺だ」とはならない。

 それは、スタイリッシュではないから。だから、やらないのである。

 カッコ悪く。そして、ダセェ事は。

 しない。

 だから、佐助は鵺咫路達を咎めるつもりで呼んだのではなく。



「情報の擦り合わせをしよう。必要だろう?

 お互いに、ね」



 佐助の云わんとしていた事を先読みして意図を汲む斎籐。「まだ何も云ってねえだろ」と。

 彼の表情が物語る。たしかに、鵺咫路は化物だった。

 アイビスの誇る化物である虎太郎を降した鵺咫路は、間違いなく化物である。

 しかし、こうして対峙して。

 こうして、同じ空気を吸って。

 こうして、目を合わせ。

 こうして、顔を合わせ。

 こうして、言葉を交わして。

 肌で感じる。本能で理解する。

 こいつも、化物じゃないか。……と。



「君達、アイビスは、被害者だと云う。

 私達を、加害者だとも」



 アイビス視点では、そうなる。問答無用で、囲んでタイマンを強制するくらいには。



「ただ、私としては、どうにも不審な輩に()け回されるものだから、こうして彼にボディーガードをお願いしていたわけでね」



 鵺咫路側視点からしたら、いきなりアイビスの方から、喧嘩を売られた。だから、買った。

 そして、勝った。依頼人である、斎籐の言葉に、佐助は思案する。



「あんた等の言葉を信じるのなら、アイビスを襲ったのは、あんた等じゃないって事になるな」



 佐助の言葉に、斎籐は「そうだね」と返す。



「だが、まあ」



 一度は解けた囲いが、再び。

 佐助が何か指示を飛ばした様子は見られない、が。アイビスのメンバーは、鵺咫路達を囲む。



「それだけじゃあ、さすがにお前達の事を信じられねえよ」



 と、佐助が云ったところで。



「知るかよ。知らねえよ。

 なんだ、それ。なんだ、お前等。

 なんなんだ」



 ゆらり、と。

 鵺咫路が立ち上がる。



「ッ」



 佐助の顔に、緊張が走る。

 意識から逸らした覚えはない。警戒していた。

 ずっと。最初から。

 なのに。鵺咫路が動き出す素振りすら気取られずに、気が付けば、立ち上がっている。



「結局なんだ? 疑いは晴れねえから、囲って云うことを聞かせるか?

 リーダーが身体張ったタイマンは、なかった事にして。ふっかけてきた方が、それをやるわけか?」



 まずった。佐助は、判断を誤ったのだと悟る。

 鵺咫路に、こういった手法は通用しない。どころか、火に油を注ぐ。



「はっはっはー。よくないねえ」



 ちょこん、と。斎籐が、2人の間に割り込む。



「本気で手を出すつもりがなくても、暴力を匂わせる遣り口が、逆効果になる手合いが、世の中にはいるものだよ」



 身体は佐助へ向けたまま、斎籐は、後ろの鵺咫路を見上げ。



「私に任せたまえよ」


「そのつもりだったが、さっきと状況が変わってきてるだろ」


「『交渉』だよ。これは」



 そうなのだろうか。

 鵺咫路には、分からない。



「君は、揉め事担当なのだろう? だったら、君の出番は、交渉が破綻した時だ」



 そう云われてしまうと、口をつぐむしかない。

 鵺咫路は腕を組むと、電信柱に背中を預ける。



「君達アイビスを襲った相手が、私達だという証拠はあるのかな? 動画があると、こちらも確認がしやすくて助かるのだけど」



 佐助は少し考えた。

 迷ったとも云える。斎籐達に、どれだけ情報を明かすべきなのか。

 或いは、何一つ、明かさぬべきなのかを。



「目撃情報はあっても、動画まではちょっとな」


「ほう、目撃情報があるのかい?」



 反応が早い。

 ……というか、食い付きがすごい。動画を求められたが、それは提示出来ないという旨の受け答えだったのだが。



「目撃情報から、私達を割り出したという事だね?」



 斎籐が、ちらりと鵺咫路に目をやる。大柄、ニット帽、学生服…………こんなところか。

 斎籐の服装も、薄いピンクのパーカーだ。目撃情報として、挙げられる点は断片的だろうが、「こいつかな? こいつっぽいな」となる程度には、鵺咫路が襲撃者だと断定可能。



「しかしだね、私達には、君達を攻撃する理由がない。利益がない」


「それは、そちらの云い分であって、俺達の敵ではないという証明にはならねえ。俺達は、5大列強のアイビスだ。

 敵対勢力なら、心当たりが腐るほどある」


「ふむ? ……では、どうするね?

 何を望む? 何を提示して欲しい?

 何を以て、私達が君達の敵対勢力の人間ではないのだと証明出来る?」



 それが難しいから、佐助は人数で囲むという『脅し』の手段に出た。少々、煮詰まってきたところである。


 ────……そんな時だった。



「ああ、くそっ。やっぱり間に合わなかったか」



 騙部が現れたのは。

 息を切らし、鵺咫路と斎籐。そして、ベンチで寝ている虎太郎を見る。

 どう見ても、バチクソに殴り合った後だ。5大列強のボスを倒してしまっている。

 「なんてこった」と、思わず呟かずにはいられない。鵺咫路を見て、「やりやがったな」とも。



「……あんたは?」


「その、ニット帽の彼の保護者だよ。騙部探偵社の者だ」



 遅れて来た偽話が、有無を云わせぬ迫力でアイビスメンバーを押し退け、虎太郎の容態を手際よく確認していく。



「ああ、喫茶店の……あそこ、行ったことあるよ。うまいよな、カツカレー」


「ありがとう。今後もご贔屓に願いたいね。

 ……そして、あそこは探偵社でもある。カツカレーメインで覚えられるのは、その、なんだ……複雑だよ」



 佐助は、騙部が学生地区の喫茶店の店主だと気付く。

 同時に、騙部は、苦言を呈するのだが、学生の認識なんて、『うまい飯が食える所』が精々といったところ。



「彼────鵺くんは、最近うちで雇ったアルバイトでね」



 得体の知れない大男でしかなった鵺咫路の素性が見えてきた。



「どうやら、君達とは、不幸な行き違いがあったみたいだね」



 騙部が偽話の方を見れば、彼女は「大丈夫、問題ない。寝てるだけ」と、表情で返事をする。妹とアイコンタクトをしながら、騙部は、斎籐が依頼人である事。

 そして、吊り目の男から探偵社が襲撃を受けた事を伝える。



「…………その吊り目ってのは?」


「パトカーのサイレンの音を聴いて、撤退していったよ」


「………………」



 佐助は、考える。



「嵌められた、か? 潰し合うよう仕向けられた?

 弱った俺達を叩いて、学生地区の乗っ取りを目論んでいたとか、か……ふーん」



 遠くから、サイレンの音が聴こえてくる。いい加減、ここで騒ぐのも限界か。

 佐助は、斎籐────そして、騙部を見た。一瞬だけ、鵺咫路の事も。



「他所の5大列強の介入があったのかもな。今回の件は。

 …………そういう事なら、分かった。

 これ以上、この件で俺達は、あんた達を追及しない。約束するよ」



 一先ず、疑いは晴れたらしい。





            ●









「……くそが」



 海上の学園都市ワダツミのゴーストタウンを根城とした5大列強【ヴィーペラ】。

 その空き物件の1つ1つを、不法占拠しているわけだが、その豪邸に住んでいるのは、『吊り目』ただ1人。彼は、富豪でも住んでいるのかという様な物件を、幹部権限によって独占している。

 彼は今、怪我の治療をしている最中。左大腿部の一部が腫れ上がり、黒ずんだ色に肌が変色していた。



「騙部 曲言……次は殺す」



 嘗ては豪華な内装だったであろう食堂。今は、燭台は倒れ、テーブルクロスは薄汚れ乱れている。

 そこに、手負いの獣が1匹。

 騙部に負わされたこの傷がなければ、無様に撤退する事もなかった。

 今頃、悠々と弱りきったアイビスを潰して回っていた筈だ。計画の失敗を報告した時、ヴィーペラのリーダーは気にした様子ではなかった。

 それがまた、彼を苛立たせる。不利益を出したというのに、興味を示さないその態度に。

 否は吊り目にあるのだが。


 今回、何も上手く行かなかった。

 鵺咫路に邪魔され、騙部にも邪魔され。とんだ伏兵達だ。

 何故、今までノーマークだったのか。吊り目は、まだまだこの街には、無名の猛者が潜んでいるなと思う。



「…………」



 それはそれとして。

 今回、ヴィーペラに下った命令についても、気になっていた。

 斎籐を拐ってこいという、『上』の組織からの命令。それの失敗についてのペナルティも、頭の痛くなる話だが。

 なんなのだろうか。あの、斎籐という人物は。

 興味本位で踏み込めば、簡単に消されてしまうだろう。ヴィーペラの『上』の組織とは、そういったものだから。

 だが、思考放棄して無関心でいるのも、命を縮めかねないのではないだろうか。怠惰は時に死に至る。

 吊り目の視線の先にある、斎籐の写真は、離れた位置から撮られたものなのだろう。街中を歩いている斎籐を撮った1枚だ。

 これが、『上』から回された。この()を拐ってこいと。

 写真を見れば、本人に気付かれるのを避ける為に、遠くから撮ったのだと、察する事が出来る。だが、吊り目はそこから、さらに察していた。

 斎籐は、隠し撮りに気付いている。これは(・・・)撮らされた(・・・・・)1枚なのだと。

 吊り目は、いい様にこき使われて、使い捨てにされるなんて、真っ平御免だった。だが、このままでは、近い将来、そうなるのだろう。

 動かなくては。今を変えるには、選択し、行動あるのみ。


 窓から入り込んだ夜風が、吊り目の前髪を揺らした。







           ●










「いてっ……いてて……染みる。偽話の姐さん、染みます」


「そうなんだ。へー」


「全く、君って奴は」



 日が沈み、喫茶パズルが、バーに切り替わる時刻。店の出入口には、『CLOSE 』の札が掛けられている。


 鵺咫路は、騙部からのお説教を受けながら、偽話の手当てを受けていた。依頼人である斎籐は、今回は依頼を果たされたと見なして、少なくない金額を騙部へと支払い、満足した様子で帰っていった。

 場所は鵺咫路が、あまり足を踏み入れた事がない、物置きを兼ねた探偵社と飲食店両用の事務所。奥では、事務員左面枝(サモエダ) 鎖鳥(サトリ)が、パソコンで作業していた。

 ぬばまたの中で光輝くキューティクルが、彼女の存在感を際立たせている。七三分けの三つ編みのお下げをマフラーの如く首に巻いている。

 赤縁の眼鏡は似合っているのか、評価が分かれるところ。

 もう1人の事務員である彼女の祖母は、パソコンの前でお茶を啜っている。その膝には、ちょこんとサモエドが座っていた。

 左面枝さんとサモエド生活。そんな感じの。

 2人は、我関せずといった様子。鵺咫路も、彼女達に助けを求めたいところではあるが、こういった空気の中で、助け舟を出してくれる様なタイプではないと学習済み。



「たしかに、私は君に、探偵社の表立った武力のアイコンとしての役割を期待しているよ。だけどね……一気に君の名前が売れてしまうのは、こちらの望むところではないのだよ」



 こんこんと。騙部は、鵺咫路へと云って聞かせる。

 噛んで含めて。滔々と。



「探偵社の名前が売れるのと、君自身が有名になるのは、別の話なのだよ。君自身が有名になってしまった時、君は、まだこの学園都市での身の振り方が分かっていない」



 「そういうところだぞ」と。騙部は云う。

 そういうところなのだろう。鵺咫路は思う。



「だというのに、君ときたら、この学園都市のビッグネームとヒラでぶつかり、食ってしまった。最悪だよ」



 「ああ、最悪だ」と、騙部が項垂れた。そんな、彼の様子を見ていると、彼の妹である偽話から、皮下出血で青黒く変色したところに軟膏薬を塗られた。



「なんにせよ、君がこの程度(・・・・)の手傷で戻ってきてよかった。心配はしてたんだ。

 入院が必要な大怪我じゃなくて、本当によかった」



 暗に、本当に云いたかった部分はこっちだよと。そんな風に、彼女は云う。



「店長ぉ」



 云ったところで、間の抜けた声で、左面枝が騙部へと話掛ける。



「私は店長ではなく、所長なのだが……なんだね?」



 騙部は、鵺咫路に云わんとしていた言葉を呑み込む。

 そして、店長と呼ぶ社員へと、顔を向けた。



「覚えてますかー? 明日の午前10時から、面接の約束入ってますからねー」



 云われて思い出したかの様に、表情を変化させながら、騙部は返事を弾ませる。



「もちろんっ。覚えているとも」



 嘘だ。絶対、嘘。

 忘れてた。絶対に、今の今まで、忘れてた。

 だが、珍しく左面枝からの助け舟だ。乗るしかない。

 それが、泥舟でない事を信じて。



「アルバイト増えるんスか」



 鵺咫路に話を振られて、騙部は、まだ話の途中であったが、仕方なしに答える。



「ああ、まあ、うん。そう、そうだね。

 新しい子が入ってくる……かも」



 煮え切らない返答に、鵺咫路は首を傾げた。



「子って云い方からすると、若いのか?

 もしかして、学生? 俺の同級生とかかな」



 察しは悪くない。

 騙部は舌打ちを呑み込む。溜め息すらも。



「まだ、採用するかどうかも決まってないからね?」


「でも、採用するつもりではいるんでしょ?」



 偽話が、兄の心情を読み取って云ってくる。兄としては、複雑だ。



「喫茶店のスタッフじゃないでしょ? 探偵社の方での採用になるわけ?」


「何、決め付けているんだ。喫茶店やお花屋さんのアルバイト希望かも知れないだろ」


「そうなの?」


「いや、探偵社の方を希望してる」



 「なーんだ。やっぱりそうなんじゃん」と。鵺咫路の処置を終えた偽話は、救急箱を閉じると、デスクの引き出しに適当に押し込む。

 「性格が出てるな」と。そんな事を考えながら、騙部は苦笑い。



「将来、探偵かミステリー作家になりたいらしい」


「駄目だ。期待出来そうにねえから、不採用にしようぜ」



 鵺咫路の判断が早い。



「だいたい、騙部探偵社にまだ足りてない人員なんてあるか? 社長が所長やって、偽話姐さんが助手して、左面枝さんが事務やって、俺が武力担当してるじゃん。

 これ以上、誰か必要か?」



 左面枝の祖母はともかく。

 必要な人員なら揃っているだろうと、鵺咫路は騙部を問い詰めるのだが。だが、彼はやはり、笑みを浮かべ。



「まだ、空いているポジションがあっただろう?」



 はて。そんなものあったか。



「正直、電話越しで話していて、本人からそれ(・・)を希望された時は痺れたね」



 ノリノリじゃん。なんか知らんけど。

 騙部探偵は、それを楽しみにしている。鵺咫路は、なんか面倒くさいテンションになってるなと感じたが、一応、話を続行する事にした。

 何せ、後輩が入ってくるかも知れないのだから。まあ、鵺咫路が探偵社で働く様になって1ヶ月も経っていないのだが。

 まあ、後輩は後輩。



「で、それで?」



 ずい、と。鵺咫路は身を乗り出す。



「何枠で採用するつもりなんだ?」



 鵺咫路の言葉に、騙部は笑みを深めた。



「探偵……つまり、私の弟子さ」

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