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【戦線都市ワダツミ・カプリッチオ】  作者: 幾多野 数多
【序ノ章】
10/22

第10話「デザイア・パラディーゾ」

 


 海上の人工島にして学園都市【ワダツミ】は、欲望と暴力の街だ。そして、時に楽園とも呼ばれている。


 欲望を満たす為に行使するものが、金であり、そして暴力。特に、この島の成り立ちからして、それは絡む。

 戦後の経済がある程度の水準に達し、この国はバブルというものを迎えたわけだが。当時の治安は、かなり悪かった。

 犯罪が多かったのだ。戦後、そういった生き方しか出来ない者達が、バブルに順応する者、順応出来ない者に分かれ。

 そして、順応出来ない者は、決して少なくはない。少なくとも、当時の刑務所の数が追い付かなくなる程度には。

 何か。何か、有効活用出来ないものか。

 これだけの人手を、労働力に出来ないものだろうかと。そうして、施行されたのが、刑務所を片田舎の港町に新たに建設するという荒業。

 そして、刑務作業の民営化である。

 埋め立て・建設・建築。

 【ワダツミ】を作り出す為に、受刑者を使ったのだ。その時代は、まだ、事故に対する意識が低かった。

 事故が発生した際に、情報の拡散と共有がされていなかったのである。故に、事故を起こさない為の、社員への安全講習というものも、まともに行われていなかった有り様。

 主な被災者が、受刑者というのもあったのだろう。

 ただ、余りにも死にすぎた。

 足場からの落下。

 機材の下敷き。

 機械に挟まれ。

 挙げればキリがない。

 やがて、見かねたのか、やっと重い腰を上げたというべきか。

 法改正というものが出来た。要するに、会社は労働者を守る為にこのようなルールを守り、また、労働者はこういったルールを守りましょうね。

 といった話だ。


 とにかく。


 この【ワダツミ】という人工島を作るにあたって、気苦労は多い。

 看守の監視のもと労働力として、主な歯車になったのは、受刑者。それと、刑期を終えて、晴れて出所した元受刑者だ。

 死の危険と隣り合わせの刑務作業故に、それに見合った刑期短縮という恩赦。そして、【ワダツミ】は簡単に完成する規模の人工島ではない。

 つまりは、『仕事』がそこにあるわけだ。刑期を終えて、社会に戻ったところで、世間の元犯罪者に対する眼は冷たい。

 住む家は簡単には見付からず、銀行に口座も作れない。一般の仕事に就く事だって難しい。

 だが、【ワダツミ】は違う。元犯罪者だろうが、働き手は大歓迎だ。

 港町の住民達も、元受刑者達に対して、そこまで忌避感はない。もちろん、港町に住み着く元受刑者の中には、再犯を繰り返してしまう者もいた。

 そういった者は、再び現場送りだ。元受刑者でいるうちは、作業指揮者の立場でいられても、受刑者になってしまえば最底辺の下っ端。

 元受刑者も、それが分かってやるのかどうか…………という天秤に掛けるわけで。何せ、ただの刑務作業ではない。

 命を落とす可能性のある作業だ。命が助かっても、一生、何かしらの障害を抱える可能性も。

 警察組織というものも、よく仕込まれているもので、騒ぎを聞き付ければ、直行制圧。軽犯罪であったとしても、初犯と再犯では、罪と罰のレベルが違う。

 未だ、経済も技術も発展し始めたばかりの時代だ。人員補充は、何度も繰り返された。

 だが、問題を起こさなければ、住みよい港町ではある事も、間違いない。店に客として来れば、店は客として扱う。


 それだけで。


 犯罪者にならなくても、生活できる町が、そこにあった。

 それは、有り難きもの。人工島の工事に企業は幾らでも人手を欲した。

 通常の作業人員。そして、何かトラブルが起きてしまった時の為の、予備人員も。

 工場を作り、鉄を作り、橋を作り、船を作る。

 需要と供給は、無限に生まれた。何せ、乗り遅れるわけにはいかぬと。

 こぞって金持ちがレースに参加していくわけで。

 事業を新たに展開したい。

 事業を拡大したい。

 人工島【ワダツミ】は、暖めていた計画の土壌に、うってつけの土台となっていた。云うなれば、欲望の受け皿だ。

 建設段階では、さして観光の名所とはならなかったが。港町には、一定の受け皿となっていた。

 云わば、こちらは行き場のなかった者達の。


 あらゆる要素が噛み合っていた。


 受け入れてもらえば、元受刑者と云えど、人並みの人生を送れるものだ。

 たとえば、正社員。

 たとえば、自分の店を持つ。

 たとえば、結婚。

 安全意識の低い時代にて、死の危険性が高い仕事に就く。しでかした事は大きなものであったが、それでも、住み分けがしっかりされている限りは、社会復帰は可能な世の中であった。

 指を差される人生ではあっても。家庭は持てるのだ。

 そうして、生まれた子供もまた、指を差される人生になるわけだが。生まれながらのハンディキャップにしては、本人に何も落ち度がないのにでかい。

 親が犯罪者というのは。


 生まれながらの、ある種の被害者。


 そんな、子供達のギャングチームがある。詐欺、恐喝、強盗といった、犯罪が主な活動のチーム。


 5大列強が一角、毒蛇こと【ヴィーペラ】。


 鵺咫路を最初に襲撃していた『吊り目』は、【ヴィーペラ】の副リーダーであった。

 彼は、鵺咫路を調べさせると、すぐに行動に移す。つまりは、喫茶店パズルであり、またの名を騙部探偵事務所の襲撃である。



「さっき、あんたがぶちのめした7人は、俺達のチームの中じゃ、まぁまぁなかなか強い方でさ…………そんで、あんたがたった今、片膝を着かせた3人は、今日、連れてきた中でもさらに選りすぐりでね。合計10人、たった1人のあんたにやられちまったよ」



 吊り目は、乾いた笑い声を喉で鳴らす。



「全く。おじさんにあまり肉体労働をさせないで欲しいもんだ」



 騙部は、息を切らしながら苦笑い。

 店を出て、最寄りの商店街へと向かったところで、囲まれてしまったわけだ。毒蛇の群れに。



「今日は…………今回は、何が悪かったんだろうな。しっかりとお仕事回せる人員は揃えてきたんだぜ、こっちはよ。

 なのに、だ。あんたが飼ってる用心棒のガキ。

 あのガキのせいで、計画が狂いだしたんだ」



 人攫いの仕事を請け、邪魔が幾らか入る事を想定して、戦闘を前提とした人員を用意した。それでも、鵺咫路の存在により、斎藤に手を出せなかったのである。

 そして、ならば飼い主の方を叩こうかと思えば、飼い主まで喧嘩がクソ強いときた。吊り目が、嫌いなタイプだ。



「あんた、なんであのガキ飼ってんだ?」



 それだけ戦えるのなら、鵺咫路を探偵社に置いておく理由なんて、ないのではないだろうか。問われた騙部は、不敵に笑ってみせた。

 彼の後ろには、いつの間にか、妹の偽話が腕を組み様子を窺っている。



「知らないのかい? 兄は、妹を守るものだ」


「…………」



 吊り目は一瞬、言葉を失う。



「答えになってねえぞ。あんたが強いってのは分かったが、こっちはあんたが強い理由を訊いたんじゃねえんだよ」


「はっはっは。話すつもりはないよって意思表示のつもりだったのだけど、伝わらなかったかな?」



 瞬間。

 吊り目は、腰に差していた警棒を抜き。

 抜き終わる頃には、騙部との間合いを詰めて。振り上げる時には、騙部の足の甲を踏みつけ。


 振り下ろす。


 無駄の無い、殺意に満ちた動き。


 吊り目としては、手段ではなく感情で人を殴ろうとしたのは、ずいぶんと久しぶりの事で。


 しかし。


 その、警棒の一撃は、騙部の蹴りによって止められた。



「危ない危ない」


「…………バケモンかよ」



 吊り目は、逃げられぬよう、騙部の片足を踏み、その場に縫い付けた。

 だが、即座に反応されたのである。騙部は、下半身を捻りながら、吊り目から逃れ、その上で蹴りを放つスペースを、騙部と吊り目との間に設け。


 そして、蹴りを間に合わせた。そのまま、回避するより、蹴った方が速いと判断したのだ。

 事実、彼の蹴りは、吊り目の警棒よりも速かった。



「そんな後だしアリかよ」



 身を捻って避けるには、間合いが近過ぎる。

 かすりはしていただろう。腕でガードしたとして、頭は守れても、腕にダメージは刻めた筈だ。

 現実は、何の旨味のない結果に終わった。


 だが、しかし。


 これ程の手練れ。今まで、戦闘力をひた隠してきたのだろうに。

 何故、今になって、その仮面を剥ぐのか。理由はなんだ。

 …………決まっている。騙部が今、動いているのは、鵺咫路に接触する為だろう。

 【ヴィーペラ】としては、それを阻止したい。出来れば、【アイビス】共々疲弊してもらい、斎藤の身柄を確保して、ついでに【アイビス】を潰して、学生地区の縄張りが欲しいのだ。

 強欲ではあるが。しかし、それが。

 それこそが、彼等だ。

 強欲な毒蛇。

 強欲な毒蛇は、獲物の欲望に鼻が利く。相手が何を欲しているのか。

 吊り目の口端が吊り上がる。騙部の欲望を、嗅ぎわけたのだ。



「あんた、あのガキのなんだ? そんなに『大事』か?」



 騙部は、鵺咫路と接触したがっている。おそらくは、喧嘩を止めたいのだろう。

 敗けるから、怪我をさせたくないから。そんな理由だろうか。


 きっと、違うのだろうけれど。


 だが、相手の嫌がる事が分かったのは大きい。

 吊り目が、警棒を勢いよく振る。


 彼の体格は、身長177㎝、体重77㎏。

 やや筋肉質といったところだろう。多くの者が、彼に抱くであろう第一印象は、チンピラ。

 彼が警棒を携帯しているのは、大雑把に扱っても壊れず、技術も必要としないから。それなりに筋力があれば、扱える武器。

 素人が扱っても、十分、脅威であるという事だ。


 対する騙部も、引けを取らない。

 同程度の身長と体重だ。では、優劣はどこで決まるのか。

 技術。経験。

 武器の有無。武器の威力。

 そして、武器によるリーチ。



「────…………っ!!」



 吊り目が、珍しく目を見開く。


 弾かれた右手。痺れを帯びた指先。


 警棒を落とさずに済んだのは、幸運でしかない。警棒の振り下ろしに、蹴りが押し負けたのだ。

 そんな顔にもなろうというもの。しかし、吊り目はすぐに理解した。



「今の金属音……そして、手応え」


「お? 気付いたかい?」



 胡散臭い営業マンの営業スマイルで、騙部は表情を塗り潰す。



「……ちっ」



 靴底と、爪先に鉄板が入っているらしい。

 工場で働く肉体労働者が履く安全靴だ。安全靴の靴底に、鉄板は仕込まれてはいないし、そんな物で蹴られたら、骨をへし折る威力だってあるだろう。

 凶悪過ぎて、安全靴ではない。スズメバチが名前のわりに、顔面のデザインが攻撃的過ぎるみたいな話。

 ……いや、そもそも、騙部が履いているのは、見た目革靴であって、安全靴ではないのだが。


 とにかく。


 吊り目は、トップクラスのフィジカルモンスターというわけではない。吊り目が危険なのは、武装しているという点。

 技術が無い素人でも、殴ればダメージが期待出来るのが、武器という強味。武器としてのリーチを捨てた騙部の鉄板靴。

 足技に特化した、ワダツミの探偵は、あまりにも慣れていた。暴力というものに。

 吊り目の警棒を、捌く捌く。

 横へ。

 上下へと。

 警棒を蹴る度に、甲高い音が鳴る。



「……へぇえ」


「……ほぉ」



 しかしながら。

 2人は顔を見合わせ片眉を吊り上げた。

 スピードは互角。いや、わずかに速いのは、吊り目の方であろうか。

 慣れている。暴力というものに。

 騙部のそれを、武とするならば。対する吊り目のそれは暴。

 十手術といった技巧はなくても。吊り目には、暴力の才能があったのだ。



「厄介だなぁ」



 騙部が、愚痴のように溢す。磨いた技が、通用しないわけではない。

 だが、圧倒するだけの次元でもないのである。騙部の蹴りよりも、速く、強烈に、冷徹に。

 人に向けて放つ暴力が上手い。



「嫌になる」



 早く鵺咫路と合流したいというのに。

 吊り目は、それをさせてはくれない。地力が近いのだ。



「嫌だねえ。これだから若手ってのは」



 しみじみと。

 ────騙部は愚痴を溢して。



「ッ!?」



 上下左右に蹴りを撃ち分ける。まるで散弾だ。

 吊り目の反応が遅れ────たのではない。追い付かないのである。

 騙部の蹴りよりも、スピードが上回っていた筈が。



「くそっ……てめぇ」



 吊り目の土手っ腹に、騙部の爪先が突き刺さ──────る、直前に吊り目の警棒が差し込まれた。


 金属が軋む。



「まだ、手抜きしてやがったのか。嘗めやがって」



 後ろへ跳んだ吊り目が、狂暴な顔付きで、騙部を睨んでいた。


 

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