第1話「ようこそ、騙部探偵社へ」
そこは、海上の学園都市。
人工島【ワダツミ】。
人口は約256万人。
海上である故、様々な欲望と国内と海外勢力が、そこに目を付けた。政府、然り、暴力組織まで。
何せ、海上の学園都市というロケーションが、世界の目を引く。一流の教育を受けられる環境。
一流の企業が、こぞって事業を始め出す。こんなビジネスは、どうだろうか?
或いは、このビジネスならば?
夢も野望もない交ぜに。ごちゃ混ぜに。
本土の湾岸都市から見えるのは、海に浮かぶミカエリス修道院と、その下の街並み。そして、その横に長く伸びるマンモス団地……その団地の中央にある産土神社の大鳥居。
周囲に幾つかの小さな人工島があり、その中には、カジノやリゾートホテルも。海上の学園都市というコンセプトが行方不明だ。
ビジネスの匂いを嗅ぎ付けた企業が、こぞって建設に参入してきた結果である。
バブルというものが、半世紀以上続いたこの国で、海に人工島の学園都市を作ろうと、権力者の1人が思い付いたのが始まり。たちが悪いのは、その権力者が、それを実現出来るだけの力があった事。
片田舎の漁港の町は、人工島の計画から、建設関係の大手企業がそこに集まり、形を変えながら発展していく。計画実行、建設開始から、さらに半世紀。
建設開始時期では、未だバブルではあったが、終わる頃には、さすがに弾け終わっていた。
さて。
そんな、海上の学園都市の学生寮が並ぶ地区。
その地区に一件の探偵社がある。
2階建てバスに、2階建て……2段積み貨物用コンテナを横に溶接した、T字型の面白物件。
4月6日のこと。
【騙部探偵事務所】…………主な仕事は、興信所とそう変わらない。企業や個人の信用調査ばかり。
いや、たまに…………変わり種の依頼も。
今日の依頼人も、その変わり種の依頼を持ち込むタイプらしい。
「────ようこそ、騙部探偵社へ。私は社長というか……ま、所長と云っておきましょうか。
所長の騙部。
騙部 曲言と申します」
草臥れた様な。いや、少し、着崩した様なスーツ姿の男が、そう名乗る。
「あの、ここって、喫茶店では?」
依頼人は、戸惑った様子で、そう訊ねる。それもその筈、騙部と名乗る男は、ここを探偵社と云ってはいたが、しかし、外観はあれだが、どう見ても内装は喫茶店の店内にしか見えないのだから。
「ああ、ええ、潰れた喫茶店を買い取って、そのまま事務所として使ってます。喫茶店としてのご利用も可能ですよ。
何か、食べていかれますか?」
騙部が、そう促すが、依頼人は首を横に振る。
「いえ、結構」
「おや、さようで。そりゃ残念。
妹の作るカレーライスは、この地区の学生達に、人気なんですよ」
騙部がそう云うと、カウンターの奥から、女性が顔を出す。妹、と。
騙部が、そう云うからには、彼女は妹なのだろう。
「こちら、助手の偽話。騙部 偽話でございます」
騙部は、彼女をそう云って紹介した。美人の系統に入る顔立ちではあるが、何やら気だるげである。
何故か、ツナギ姿にエプロンだ。長い髪を後ろで束ねており、時代劇の浪人を思わせる。
ツナギ姿でさえなければ。
「もう1人、アルバイトがいるのですがね、あいにくと、彼はまだ、学生の身分でして」
曰く、もう1人、見習いがいるらしいのだが、今はまだ、学生業に勤しんでいるとの事。
「……何故、私が依頼人だと?」
依頼人は、騙部を、露骨に胡散臭いものを見る顔で見ていた。
「私が、喫茶店の方の利用客かも知れないでしょう?」
依頼人の疑問に、騙部は、愉快そうに表情を歪める。尤も、表情は愉快そうでも感情は異なるものかも知れないが。
「おや? こりゃまた……なるほど?」
どうやら、探偵としての腕前を試されての質問なのだと、騙部は解釈した。
騙部探偵事務所は、外観は完全に喫茶店である。一応、看板や窓には『喫茶パズル』兼『騙部探偵事務所』とあるが……初見では、喫茶店と思って店に入る筈だ。
だが、しかし。
騙部は、依頼人がやって来るやいなや、カウンター席で読んでいた競馬雑誌を几帳面に折り畳むと、探偵社の客として応対したのである。
騙部は、小さく呟く。
「まいったぞ。こりゃあ、鵺君案件じゃないか?」




