第94話 そっか、綾人はついに自分に打ち勝ったんだ
涼乃の隣に立っている強面の中年男性に対して俺は面識がなく、それは兄貴も同じだと思うが、問題はそこではない。涼乃の表情は明らかに恐怖で強張っており、とても仲良さそうに話している様子ではなかった。
涼乃が何かしらのトラブルに巻き込まれていることは火を見るより明らかだ。そんな状況に兄貴も気付いたようだが、完全に萎縮してしまっていた。
兄貴の昔からある悪い癖がここでも完全に出てしまっている。やはり俺が助けにいくしないかと思っていたが、兄貴は相変わらず萎縮はしていたものの、頑張って足を踏み出そうとしていた。
きっと兄貴は必死に自分自身と戦っているはずだ。だが当然こちらの事情など一切知らない向こうは兄貴の決意が固まるのを待ってなんてくれない。中年男性は涼乃に手を伸ばす。
「きゃっ!?」
涼乃が悲鳴を口にした瞬間、それまで動けなかった兄貴は何かが弾けたようでついに一歩を踏み出した。そしてそのまま涼乃と中年男性の間に割って入る。
「おい、辞めろ。嫌がってるだろ」
「あっ、誰だよ?」
「俺はこの子の友達だ」
威圧してくる相手に対して兄貴はそう口にしていた。俺の目から見た兄貴は恐怖を押し殺しているようにこそ見えたが、それでも逃げ出さずに食らいつこうとしている。
相手は兄貴と同じくらい身長が高い上にがっしりとした体格をしていたため、対峙するだけで凄まじいプレッシャーを感じるはずだ。
そんな兄貴の姿を見て自分が小学四年生の時に六年生のクラスに乗り込んだときのことを思い出した。今の兄貴は夏乃さんを助けるために行動をしたあの時の俺とそっくりだ。突然の乱入者に一瞬怯んだ様子の中年男性だったが、再び話し始める。
「こいつがぶつかってきたせいでスマホが地面に落ちて画面にヒビが入ったから弁償させようとしてるだけだ、部外者が口を挟んでくるな」
「涼乃、本当なのか?」
「違うよ、その人からぶつかってきたんだよ」
「いやいや、お前からぶつかってきたんだろうが」
両者の主張は完全に食い違っており、俺も兄貴も実際の場面は見ていないため、どちらが正しいのかは正直分からない状況だ。だが、もし仮に本当に涼乃からぶつかっていたのであればそんな嘘をつくとは思えない。そのため、俺は涼乃の主張が正しいのではないかと思っている。
実際に街中の路上で女性や子供など自分より弱そうな相手にわざとぶつかって因縁をつける、ぶつかりおじさんなどと呼ばれる存在がいることは、夏休みに入る前の学年集会でも触れられていた。だがどうやってそれを証明すれば良いのかが分からない。本人がそれを認めるなんて絶対に思えないためかなり厄介だ。
俺がそんなことを考えている間も口論は続いており、明らかに重々しい雰囲気になっていた。当然周りもその様子に気付いてはいたが触らぬ神に祟りなしのようで、誰も首を突っ込もうとはしていない。俺に何かできることはないかと考えていると後ろから肩を叩かれる。
「結人、これはどういう状況なの?」
「あっ、夏乃さん。涼乃は見つかったんですけどトラブルに巻き込まれてるみたいで、兄貴が間に入ったんですけど……」
なぜ反対方向を探していたはずの夏乃さんがここへピンポイントで現れたのかなど気になることも色々とあったが、ひとまず俺は自分の知っている今の状況を話す。黙って話を聞いていた夏乃さんだったが、一通り聞き終わったタイミングで口を開く。
「そっか、綾人はついに自分に打ち勝ったんだ。でも相手がかなり厄介みたいだね」
「はい、あんまり理屈とかが通じなさそうな相手なので」
「そういう相手にはうってつけの解決方法があるからここは私に任せて」
夏乃さんには何か考えがあるらしく、そんな言葉を話した。
綾人君の覚醒回でした。
原作版はカクヨムやなろうの感想、コミカライズ版ではニコニコ漫画のコメントなどで色々と書かれてきた綾人君ですが、第1話を書いていた時からこの展開は考えていたので、嫌われ過ぎないように第68話などを書いていたりしました。




