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第92話 とりあえず私も凉乃ちゃんに電話をしてみるよ

「じゃあ、夏乃さんも無事に目覚めたので俺は帰りますね」


「えー、せっかく私の部屋に来たんだからもう少しゆっくりしようよ」


「遠慮しておきます、家に帰って一刻も早く課題テストの勉強をしたいので」


「勉強ならここでも出来るじゃん」


「いやいや、家に帰って勉強した方が集中できるんですって」


「今ならお姉ちゃんが手取り足取り教えてあげるチャンスだよ?」


 当初は勉強の息抜きで本屋に行って適当に昼ごはんを食べてから帰るつもりだったが、うっかり夏乃さんとエンカウントしてしまったせいで予定が大きく狂っていた。

 しかも、夏乃さんが間違ってコークハイを飲んで酔っ払ってしまったせいでその相手をするというおまけ付きだ。だから俺的にはそろそろ家に帰りたかったのだが夏乃さんは俺の腕を掴んで引き留めようとしてくる。

 しかも結構強い力で引っ張ってきているため前に進めない。しばらくそんなやり取りを続ける俺達だったが、突然インターホンが鳴り響く。


「誰か来たみたいですね」


「一体誰だろ? 私は友達とかは別に呼んでないし、宅急便か何かかな?」


 夏乃さんも特に心当たりがない様子だ。ひとまずこれで不毛な引っ張り合いから解放されるなと思っていると再度インターホンが鳴らされ、さらに玄関のドアを叩くような音と誰かの声が聞こえてくる。


「えっ、何……?」


「……なんか普通の感じじゃないですよね」


 流石の夏乃さんも少し表情がこわばっていた。夏乃さんと顔を見合わせた後、俺は音を立てないように窓を開けて玄関の方を覗き込む。

 するとそこに立っていたのは兄貴だった。普段はクールな兄貴だったが、そんな面影はなくめちゃくちゃ取り乱している様子だ。兄貴はとにかく普通の様子ではなかった。


「凉乃、俺だ。中にいたら返事をしてくれ」


「えっ、綾人!?」


 俺と同じように窓から覗き込んでいた夏乃さんはそう声をあげた。すると兄貴も俺達の存在に気付いたらしい。


「夏乃さんと結人!?」


 兄貴は驚いたような表情を浮かべてそう声をあげた。だが、すぐに切羽詰まったような表情に戻って俺達に話しかけてくる。


「凉乃は家にいますか?」


「ううん、私と結人しかいないよ」


「くそっ、凉乃はどこへ行ったんだ……」


「待って、凉乃ちゃんに何があったの?」


 俺達の言葉を聞いてそのまま立ち去ろうとする兄貴を夏乃さんが呼び止めた。何があったのかは分からないが、よくない内容である事は間違いないだろう。


「実は通話中に凉乃と喧嘩して泣かせてしまったので謝ろうと思ったんですが、電話も全然繋がらないしメッセージも既読にならなくて」


 相変わらず兄貴は切羽詰まった表情のまま早口で喋った。凉乃を泣かせてしまった兄貴は謝ろうとしたが、完全に音信不通になってしまったらしい。


「ちなみに凉乃ちゃんの友達には聞いてみた?」


「はい、凉乃と仲が良い子には片っ端から連絡しました。でも誰も一緒にいないみたいで」


「とりあえず私も凉乃ちゃんに電話をしてみるよ」


 夏乃さんはカバンからスマホを取り出すと電話をかけ始める。だが何コール経っても凉乃が出てくれる気配はなかった。


「気付いてないのか無視してるのかは分からないけど、私の電話にも出てくれない」


「俺、凉乃を探しに行きます」


「それなら俺と夏乃さんも協力する」


「……すまん、本当に助かる」


 普段の兄貴ならプライドが高く絶対俺に対して感謝するような言葉を口にしない。そんな言葉を素直に口にしたという事は相当追い込まれているのだろう。ひとまず俺と夏乃さんは家の外に出て兄貴と合流する。


「手分けをして探そう、結人は綾人と一緒に行って」


「それなら俺と兄貴も別れて三人で探した方が効率は良くないですか?」


「綾人一人だけより結人も一緒にいた方が凉乃ちゃんも話を聞いてくれそうでしょ?」


 確かに凉乃を泣かせた兄貴一人だと状況をさらに悪化させてしまう可能性も残念ながら否定出来ない。なるほど、どうやら夏乃さんは俺に緩衝材のような役割を期待しているのだろう。


「凉乃ちゃんを見つけたら電話をお願いね、私はあっち方面を探すから」


 夏乃さんはそう言い残すと足早に移動を始めた。多分夏乃さんは凉乃が行きそうな場所中心に探すに違いない。

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