第91話 それにしても結人ってお持ち帰り派じゃなくて送り狼派だったんだね
夏乃さんが起きるまで待つ事を決めた俺はベッド脇にあった椅子に腰掛けてスマホにインストールしてあった英単語アプリを開く。
教科書やノート、問題集などは何一つ持っていないが今の時代はスマホさえあればどこでだって勉強できる。夏乃さんや兄貴のような天才タイプとは違い、凡人な俺はこんなふうに空き時間までしっかりと有効活用して勉強に励む事で良い成績を取っているのだ。
だからもし高校生になっても中学生の頃と同じようにサッカー部に所属していたら間違いなく今の成績は取れなかったと思う。
「そう考えると夏乃さんとか兄貴ってハイスペック過ぎるよな」
兄貴はサッカー部でガッツリ練習をしているというのに一位を取り続けているし、夏乃さんも高校三年間生徒会に所属して忙しくしていたにも関わらず難関私立大学である早穂田大学に現役合格している。
そのため天は二物を与えずという言葉は嘘としか思えない。世の中には二物どころか三物も与えられているような人だっているわけだし。そんな事を考えながらしばらく英単語アプリで勉強をしていると机の上に置かれていたものが目に入ってくる。
「あれっ、これって……」
そこにあったのは色褪せてぼろぼろになったお守り袋だった。見覚えしかなかったそれを見た俺はさっきまで部屋の中の物を勝手に触るのは気が引けると考えていたくせに思わず手に取って袋の中身を取り出す。
そこには子供の頃の俺が汚い字で”夏乃さん、元気を出して”と書いた紙が入っていた。
「そっか、まだ持ってたんだ」
これはクラスメイトからいじめを受けて弱り切っていた夏乃さんのために俺が作ってあげた手作りのお守りだ。ちなみにこのお守りを渡した数日後に俺は夏乃さんをいじめていた奴らと喧嘩をして返り討ちにあった。
だから懐かしさを感じると同時に恥ずかしさも蘇ってくる。夏乃さんは助けようと行動してくれて嬉しかったと言っていたが、やはり俺からすると忘れられない黒歴史だ。
「みーたーな?」
「うわっ!?」
お守りを見て思い出に耽っていると突然後ろから声がして俺は思わず声をあげてしまう。振り向くとそこには夏乃さんが立っていた。
「いつの間に目覚めたんですか?」
「ちょうどついさっきかな」
「わざわざ俺を驚かさなくても良かったと思うんですけど」
「結人が私の机の前でごそごそし始めたから、何をしてるのか気になっちゃってさ」
なるほど、それで気配を消して俺の背後までやって来たのか。自分の世界に入っていた事もあってマジで気が付かなかった。
「結人の事だからてっきり私に没収されたエロ漫画を取り返そうとして必死に部屋の中を探してるのかと思ったよ」
「いやいや、流石にそんな事はしませんよ」
「えー、本当かな?」
夏乃さんは寝起きだというのにいつものテンションで俺を揶揄ってくる。ただし、コークハイを飲んだ後ほどハイテンションではなかったためひとまず酔いは覚めたようだ。
「てか、このお守りまだ持ってたんですね」
「うん、私にとっては大切な思い出だから」
そう口にした夏乃さんの表情には懐かしさの感情が浮かんでいた。恐らく夏乃さんもあの頃の事を思い出したのだろう。
「それにこのお守りのおかげで高校受験とか大学受験も成功したからバチが当たりそうで手放せなくてさ」
「絶対そのお守りにそんな効能は無いと思うんですけど」
「私的にはあるからいいの」
子供の俺が適当に作った手作りのお守りに学業成就の効果なんてあるとは思えない。もし本当にそんな効果があるなら将来はお守り作りの職人になった方が良いだろう。つまり全部夏乃さんの実力の結果だ。
「それにしても結人ってお持ち帰り派じゃなくて送り狼派だったんだね」
「人聞きの悪い事を言わないでくださいよ、むしろ酔って一人で帰れなくなった夏乃さんを家まで連れて帰ってあげたんですから感謝して欲しいくらいです」
「そっか、結人はお持ち帰りするより送り狼をした方が興奮するタイプなんだ」
夏乃さんはそう言葉を口にしながらくすくすと笑っていた。うん、夏乃さんは相変わらず今日も絶好調なようだ。




