第68話 俺と結人が逆だったら良かったのに
要望があったので4章に入る前に綾人視点を入れました。
俺は昔から他人よりも優秀な人間だった。どうやら俺には生まれつきの才能があったらしくスポーツでも勉強でも明らかに周りの人間よりも優れていたのだ。
そのため弟である結人がどれだけ頑張ったとしても俺には勝てなかった。結人が努力しても俺の才能の前には歯が立たなかったのだ。
だから俺はいつの頃からか結人を見下すようになっていた。俺は結人よりも優秀な自分に優越感を覚え酔っていた事は言うまでもない。
だがそんな九条綾人という人間にも絶対に勝てない相手が一人だけ存在していた。それは歳上幼馴染である結城夏乃だ。夏乃さんは俺以上にハイスペックな人間だった。それに対して夏乃さんの妹である凉乃は割と平凡的だったが。
子供の頃は年長者で口うるさかった夏乃さんに対して度々突っかかっていた俺だがどんなジャンルで勝負をしても全く勝てず悔しかった事は今でもはっきり覚えている。
最初は夏乃さんの事を何としても倒すべき敵という認識をしていた俺だったが次第に気になる存在へと変化していった。
何とかして勝つために四六時中夏乃さんの事を考えていた結果、好きになってしまったという恋愛の始まり方としてはよくあるパターンだ。
「……でも夏乃さんが選んだのは俺じゃなくて結人だった」
結人が好きなのかという俺の質問に対して夏乃さんは肯定の言葉を口にしたが、その時の顔は真剣そのものでありとても嘘や冗談などには見えなかった。
夏乃さんが結人を好きな事は絶対に認めたくなかったが先程の場面を見た以上は受け入れざるを得ない。あの後どうやって早穂田大学から家まで帰ったのか思い出せないほどには激しいショックを受けている。
「何で結人なんだよ……」
そんな言葉を漏らす俺だったが原因は分かりきっている。それは結人とは違い俺が臆病で全くと言って良いほど勇気が無い人間だからだろう。
自分の対処できるレベルを超えた事態に直面すると途端に体が全く動かなくなって何も出来なくなってしまうのだ。
「……だから俺はあの時も夏乃さんを助けられなかった」
小学生の頃虐められていた夏乃さんに対して俺は助けたいという気持ちを持っていながら結局何もする事が出来なかった。
俺よりも劣っているはずの結人が勇気を出して動いたというのにだ。結局結人はボコボコにされたがそれがきっかけで夏乃さんへの虐めは無くなった。
きっと夏乃さんからは結人が救世主に見えたに違いない。その時からだろう。俺が結人に劣等感を覚え始めたのは。
周りから見ればどう考えても俺の方が優秀に見える事は疑いようがない。だが俺は自分の事を結人の足元にも及ばない無能としか思えなくなってしまった。
結人に対して辛くあたるようになったのもその頃だ。そうする事で自分の自尊心を何とか保っていた。まあ、映画館で身動き一つ取れなかった時にそんな自尊心など一瞬にして粉々に吹き飛んでしまったが。
「俺と結人が逆だったら良かったのに」
勉強やスポーツの才能なんて全部要らないから結人の持っている心の強さの方がよっぽど欲しい。どうして神様は俺と結人を逆にしてくれなかったのだろうか。
特に最近結人は俺への劣等感を拗らせてサッカーを辞めて暗くなっていた時よりも明らかに輝いていて本当に羨ましい。今の俺には結人の存在が眩し過ぎるくらいだ。
「夏乃さんが俺みたいな臆病者なんかじゃなくて勇敢な結人を好きになるのも当然か……」
多分俺が夏乃さんの立場だったとしても結人を好きになるに違いない。夏乃さんは俺の本性を完全に見抜いていたからこそ何度告白しても相手にしてくれないのだと思う。
「……凉乃も本当の俺を知ったら幻滅するだろうな」
凉乃が俺に好意を寄せているのはハイスペックな九条綾人という部分しか見えていないからに他ならない。凉乃も含め周りは俺の事を過大評価していて盲目的に見ている節がある。
俺の化けの皮が剥がれたら皆んなは一体どんな反応をするのだろうか。それを想像しただけで言葉に言い表す事が出来ないくらい怖かった。
「これから一体俺はどうすれば良いんだよ」
完全に心が折れてしまった状態の俺がどれだけ考えたとしても多分結論なんて出ないだろう。俺の思考は完全に負の無限ループに陥っていた。
【読者の皆様へ】
実は綾人も結人君に対して凄まじい劣等感を抱いていました。
あまり書くとネタバレになるため書きませんが本作はざまぁがメインの物語ではないとだけは言っておきます。
次話からは4章に入ります。




