第54話 あっ、もしかして結人は本当に私と結婚したいの?
「別にたこ焼きを食べてから来るのは全然良いんだけどさ、待たせるくらい遅くなるならちゃんと私達に連絡しないと駄目でしょ。あまりにも2人が遅いから結構心配してたんだよ?」
「夏乃さんの言う通りです、本当にすみませんでした」
「お姉ちゃん、綾人君待たせてごめんね」
大会本部のテント前に着いた俺と凉乃は仁王立ちして待ち構えていた夏乃さんから遅くなった件についてお説教されていた。
夏乃さんは子供の頃から年長者として何か悪い事をしでかした俺や凉乃、兄貴を叱っていたがそれは今も変わらないらしい。
ちなみに今の夏乃さんはギャル姿という事もあって昔とは比べものにならないくらい迫力があった。もし子供の頃の俺達が今の夏乃さんに怒られたとしたらギャン泣きするかもしれない。
「そうだぞ、お前ら反省しろよ」
「調子の良い事を言ってるけど結人と凉乃ちゃんだけじゃなくて私と綾人もしっかり反省しないと駄目だから」
まさか自分まで注意されるとは全く思っていなかったらしい兄貴はかなり驚いたような表情を浮かべる。
「えっ、どうしてですか?」
「だってそもそも私達が二人を置いていかなかったらこんな事にはならなかったじゃん。だから確認を怠った私と綾人にも責任はあるし反省する必要があるの」
「でも急に立ち止まって勝手に置いていかれた二人の方が明らかに悪いと思うんですけど」
「どっちの方が悪いとかそういう話じゃないって、前々から綾人には何度も言ってるとは思うけど何もかもを他責にする癖は本当に早く直した方がいいよ」
さっきまでは威勢が良かった兄貴だが夏乃さんにはっきりとそう言われてしゅんとしてしまった。何とも言えない空気が俺達の間に漂い始めたタイミングで夏乃さんは思いっきり手を叩く。
「じゃあお説教はこのくらいにして今からは花火大会を楽しもう」
夏乃さんはさっきまでのお説教モードから一転していつも通りの雰囲気に戻った。相変わらず夏乃さんはその辺りの切り替えが本当に上手だ。
「そうですね、花火の打ち上げが始まる時間も近いのでそうしましょうか」
「あっ、もうそんな時間なんだ」
「……だな」
俺と凉乃は明るいトーンでそう声をあげたが兄貴はテンションが低いままだった。さっき夏乃さんから言われた事をかなり引きずっているらしい。兄貴のケアは凉乃の得意分野だからひとまず任せよう。
それから俺達は観覧エリアまで移動する。四人で固まれそうにはなかったため俺と夏乃さん、凉乃と兄貴の二手に別れて芝生に座った。
二人で夜空を見上げて待っていると花火大会の開始時間になった瞬間、一発の花火が打ち上げられる。それを皮切りに花火が夜空に次々と打ち上げられ、色とりどりの光とともに破裂するような短い音が辺りに鳴り響く。
「やっぱり花火はいつ見ても綺麗ですね」
「うん、これぞ日本の夏って感じだよね」
俺と夏乃さんは二人で寄り添って夜空で咲き誇る花火を見つめている。色鮮やかな閃光を夜空へ撒き散らして消えていく花火は本当に美しい。
「今日の花火って何発打ち上がるんだろ?」
「確か二万発だったはずだよ」
俺の何気ないつぶやきを聞いた夏乃さんはすぐさまそう答えてくれた。
「へー、隅田川花火大会ってそんなに打ち上がるんだ」
「うん、せっかく二万発も打ち上がるんだから最後までしっかり楽しまないと勿体ないよね」
俺も夏乃さんも二人してまるで子供のようにはしゃいでいる。やっぱり花火は何歳になってもワクワクするものだ。
しばらく夜空に打ち上がり続ける花火を眺めていると隣に座っていた夏乃さんが突然Tシャツの袖を引っ張ってくる。
「ねえ、結人は何か私に言わなきゃいけない事があるんじゃないの?」
「今度は一体何を聞きたいんですか?」
浴衣の感想は一応さっき言ったわけだし夏乃さんが何を求めているのかが全く分からない。俺が黙り込んでいると夏乃さんはニヤニヤしながら口を開く。
「花火より夏乃さんの方が何百倍もずっと綺麗ですよとか、絶対幸せにするので俺と結婚してくださいとか色々アピールするチャンスだよ?」
「俺がそんな事言うわけないでしょ」
てか、後半は完全にプロポーズの台詞じゃん。まだ付き合ってすらいないのにそれはいくら何でも気が早過ぎるのではないだろうか。
「……もし俺がそのセリフを言ってたらどうなってたんですか?」
「そしたら花火大会が終わった後その足でそのまま役所に寄って婚姻届を貰うつもりだけど?」
「いやいや、俺が十七歳で未成年なんだからまだ結婚はできないでしょ……」
今の日本の法律では男女ともに成人年齢の十八歳にならなければ例外なく結婚する事は出来ない。
「確かに婚姻届を貰いに行くとは言ったけどさ、記入捺印して提出までするとは一言も言ってないよ。あっ、もしかして結人は本当に私と結婚したいの?」
「……あんまり俺を虐めないでください」
「えー、どうしようかな」
夏乃さんの手のひらで転がされた俺は恥ずかしすぎて死にそうだった。