第04話 coffee and tea
樹のバイト先へは電車を利用する必要がある。
樹は大学を出て駅に向かい、家と大学を行き来するのと同じ電車に乗り込む。
電車に揺られて1時間弱、樹が降りたのは家の最寄り駅の1つ手前、つまり、いつも葵が乗車してくる駅だ。
樹は駅を出て最初にある交差点を左に曲がって5分と少し歩いた場所にある脇道に入る。
そこに見える4階建てのビルの1階にある[coffee and tea]という看板がでている喫茶店の扉を開ける。
「いっらっしゃいませーって樹ちゃんか。今日もバイト来てくれてありがとね。」
「こんにちは、涼子さん。こちらこそ働かせてもらえてありがたいです。修司さんは奥ですか?」
「えぇ、そうよ。声かけたら上で着替えてきちゃってちょうだい。」
「わかりました。」
樹はそう言ってカウンターに入り、その中にある扉をくぐる。するとそこは厨房になっており、1人の男性が掃除をしていた。
「こんにちは、修司さん。」
「あっ、樹君来てたんだね、こんにちは。」
そう言いながら男性はポケットから鍵を取り出す。
「鍵渡すから上で着替えてきてね。」
「わかりました。」
「わざわざ鍵取りに来なくても、樹君なら合鍵渡すのに。」
「それは、なんか申し訳ないですよ。」
「遠慮なんかしなくていいっていつも言ってるのに。」
「じゃあ、俺は着替えて来ますね。」
「ちょっと、樹君?」
呼び止める声に聞こえないふりをして樹は厨房を出た。そこでまた話しかけられる。
「こっちまで聞こえてきてたわよ。これ以上はわたしも言わないけど、本当に遠慮しないでいいんだからいつでも言ってね。」
「ありがとうございます、上で着替えて来ます。」
樹はそう言って一旦喫茶店を出る。
鍵を樹に渡した男性は樹の母親の実の弟である及川修司、最初に樹に話しかけてきた女性は修司の妻である及川涼子といい、樹の叔父、叔母にあたる。
修司は黒髪に黒縁メガネがよく似合う爽やか系イケメンであり、涼子はおっとりとした美人だ。
樹が大学入学当初からバイトをしている[coffee and tea]という名前の店は、修司が開業した喫茶店だ。
修司は学生時代からコーヒーや紅茶に凝っていたらしく、それが高じてコーヒーと紅茶に関する資格を片っ端から取得していき、喫茶店を開業するまでに至ったのだ。
妻である涼子はもともとOLだったらしいが、修司との結婚を機に退職、そしてこの喫茶店で働き始め、今では涼子もコーヒーと紅茶に関する資格をいくつも取得している。
樹は喫茶店の横にある階段を使い、2階に上がってそこにあるドアを開ける。
このビルは修司の持ちビルであり、1階を喫茶店に、歳をとった時に階段が少ない方がいいという理由で2階を自分たちの住居に、そして3階と4階を貸し出している。
このビルは1階につき2部屋であるが、2階はその2部屋を繋げており、かなり広く部屋数も多い構造になっている。
玄関のすぐ側にある部屋に入ると、その部屋にあるクローゼットから服を取り出し、黒いズボンと白いシャツに着替えて緑のネクタイを締め、最後に黒いエプロンを腰に巻く。
これがこの店の制服である。
ちなみにこの制服は涼子が決めたらしい。
しかし、店主である修司とその妻である涼子は別の制服をしているので、この制服を着るのはこの店唯一のバイトである樹と、長期休暇の時や休日に手伝うことがある修司と涼子の一人娘の及川京香だけだ。
ちなみに、ほとんど2人しかいないのに店が回るのかと思うかもしれないが、この店の主な客は散歩の休憩に立ち寄るお年寄りであり、それ以外にも出勤前の会社員が朝食を食べに来たり、昼食を食べに来たりするが、メニューをサンドイッチ数種類、パンケーキ数種類、パスタ数種類に限定することによって作る手間を省いている。
大学入学当初、この制服が浸透していたならともかく当時は京香も中学生で手伝いをしていないくてバイトの制服自体が存在しなく、樹のために用意されたものだったので、ネクタイにまだ慣れていなかった樹はネクタイを付けなくていいかと問うたことがあるが、涼子に「わたしの趣味だからダメよ。」と言われ断られたことがある。
そんな制服に着替えた樹は玄関を出て鍵を閉めて 階段を降り喫茶店に入ると、修司も厨房の掃除を終え、カウンターにいた。
「修司さん、鍵返しときますね。」
「うん、ありがとう、今日もよろしくね。」
「はい、よろしくお願いします。」
「じゃあ、今はお客さんもいないから店の前の掃除からしてもらってもいい?」
「わかりました、掃除行ってきますね。」
「よろしくー」
樹はほうきとちりとりを持ち出して、店の前の掃除を始めた。
こうして樹は店が閉まる18時までバイトに励むのだった。
次回の投稿は明後日、30日の19時です。