第03話 わかっていること
「ありがとう、樹が話しを聞いてくれたおかげで、ちょっと気持ちが楽になったよ。自分から告白したわけじゃないとはいえ、ふられたのは辛くて、この気持ちを誰かに話したかったから。」
「それならよかった。また何かあったら溜め込まずに言ってよ、話し聞くから。」
「わかった。まぁ、俺がふられた話はこれくらいにして、今度は樹のこと教えてくれよ。前にこのこと話してから1ヶ月以上経ったけど、そろそろ水野と進展あった?」
昼食を食べ終わった頃、琉は樹のことに話題を変えた。
「わかってて聞いてるだろ、何もないよ。」
「朝の電車で一緒になってないわけじゃないんだろ?まだ声もかけてないのか?」
「かけてないよ。」
「好きならちょっとは努力しろよ。」
「ずっと会釈だけだったのに今更声かけたら変だろ。」
「そうなるのはわかってたから最初に相談された時から言ってただろ、なるべく早く声をかけるべきだって。」
「それはそうだけど…その時にはもうかなり会釈だけの関係が続いてたんだって。琉に相談したのは、確か2週間後だったから、もう2ヶ月だぞ?俺には無理だったよ。」
「好きになってすぐに話しかけようと思わなかったのか?その時はまだ1ヶ月ちょいしか経ってなかったわけだし、最初に話しかけたのは水野だったから変じゃないだろ。」
「いいか琉、男子校出身、そして琉と違って陰キャの俺には女子に対する免疫がない。その上、水野さんは滅多にお目にかかれない程の美人。授業で話すだけで緊張してたのに好きな人になった。」
「お、おう。」
「さすがに今は落ち着いたけど、当時の俺は水野さんと目が合っただけで頭が真っ白になってたのに話しかけるなんて無理だ。わかったか?」
「なんか…ごめん。」
「わかったならいいけど。」
樹は、葵を好きになったことを、親友である琉にだけは話していた。
それから定期的に進展があったか聞かれるが、今までに1度もいい報告をできたことはない。
「えっと、じゃあ水野が誰かと付き合ったらどうするつもりなんだ?最近は減ってきたとはいえ告白はよくされてるらしいし、今まで全部断ってきたとはいえ、これからもそうとは限らないだろ。」
「それなら仕方ないよ、何もしてない俺が悪いんだし。」
「諦めるってことか?」
「諦めるっていうか…応援はするよ。ずっと好きなままだろうけど。あぁ、想像するだけでへこむ。」
「そんなに落ち込むなって、俺もそうだけど、水野に限って知らない人からの告白をOKすることはないだろうし、仲良い男友達もいないらしいから。」
樹が葵について知っていることは女子校出身であることと5歳上の姉がいること、そして今まで彼氏がいたことがないということくらいだ。
当然のことだが、これは葵に話しかけられない樹が聞き出した情報ではなく、葵が女友達に話したことが回り回ってきたものだ。
というのも、葵は話しかけると普通に対応してくれるが、モテることを鼻にかけない葵は女子からの人気も高いため、常に誰かしらの女子と喋っており、男は話しかけずらい状況でいることが多く、 男が連絡先を聞いても全て断り、女子ですらかなり親しくならないと教えてもらえないらしく、知ってる人はかなり少ない。
その上、夕食は家で食べるらしく、一緒に夕食を食べたという話しは男女問わず聞いたことがないし、もちろん一緒にお酒を飲んだという話しも聞いたことがない。
しかし、これには例外がいる。それが中島栞だ。
栞は学部は違うが、葵と一緒にいることが1番多い人物であり、大学入学前からの友人であるらしい。それに方向性は違うが、葵と並ぶ程の美人だ。
上品な服装を好んで着ていて1週間前からはメガネをかけ始めた葵はいいとこのお嬢様のような印象なのに対して、栞はヒラヒラしているのが嫌らしく、いつもパンツスタイルであり、綺麗な長い黒髪を高めのポニーテールにし、ヘアリングで纏めているのも相まってクールビューティーという印象が強い。
葵と栞が一緒にいる光景は、男子だけではなく女子までも話しかけるのを躊躇してしまい、告白を絶対にOKしないことが広まったのか、最近ではこの光景を見ているだけでいいと告白が減った程だ。
そんな栞は葵と一緒に夕食を食べたりお酒を飲んだことがあるらしいが例外はこの1人だけだ。
しかし、その容姿故か、葵と話したことがない者も含めて告白する人は2,3ヶ月に1回は現れる。
今まで1度も告白をOKしたとは聞かないことが樹にとっては救いだが、それは同時にほとんど話したことがない樹がふられるのが決定したのと同義である。
「まぁ、仲良くならないと可能性がないとはいえ、樹はそのチャンスがあるんだし頑張れよ。とりあえず次に水野に会ったときに声を出して挨拶すること、わかったか?」
「わかったよ、頑張ってみる。」
「そんな樹にいいことを教えてやろう。1週間前から水野がメガネをかけ始めたのは知ってるだろ?」
「そりゃあね。メガネをかけ始めた日は朝の電車で会ったし、それだけが俺のアドバンテージだからな。」
「あれ、度が入ってるらしいぜ。それに今までもコンタクトつけてて、UVカットとオシャレのためにメガネにしたらしいよ。樹は俺以外に教えてくれるやついないだろ、ジュース1本でいいぜ。」
「奢らないよ。別に琉が直接水野さんから聞き出したわけじゃないだろ。それより、サークルいかなくて大丈夫なのか?そろそろ時間だろ。」
「やべぇ、急がないと間に合わないかも。樹、次に水野に会ったら話しかけるって約束忘れるなよ、あとバイト頑張れ、またな!」
そう言って走り去っていく琉を樹は呆れたように見送り、荷物を纏めてバイトに行くのだった。
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