第02話 親友
そんなことがあった日から2年と4ヶ月が経ち、未だ残暑が厳しい9月下旬。
この間、樹は葵に対して何一つアプローチできず、授業で話し、朝の通学電車でお互いに会釈をし合うだけの関係を変えることが出来ずにいた。
授業が午前中までしかないこの日、最後の授業を終えた樹は荷物をまとめ、席を立つ。
そのまま講義室を出て歩いていると、後ろから勢いよく肩を組まれた。
「樹、一緒に学食行こうぜ。」
「おい、琉はでかいんだからそのいきなり肩組んでくるのやめろっていつも言ってるだろ。」
「わりーわりー、次からは気を付けるよ。で、学食は行くのか?」
「…それは行くけど。」
肩を組んできた男─澤村琉は、好きな漫画が一緒で話しが合い仲良くなった中学時代からの親友だ。
身長が174cmあり決して小さいとは言えない樹よりも10cm以上背が高く185cmもある。
その上、中高とバスケ部に所属し、スタメンで活躍していた琉はガタイがいい。
樹も琉に誘われ同じバスケ部に所属していたが、琉は今もバスケサークルで身体を動かしているのに対して、樹は部活にもサークルにも所属していない。
当然のことだが、自分よりもかなり体格のいい琉にいきなり肩を組まれた樹はバランスを崩す。
そのことに対して樹は注意するが、琉は軽い調子で返し、もう一度質問してくる。
この琉に対する注意は今回が初めてではない。
琉が勢いよく肩を組むのはどうやら癖のようで、中学時代から変わらない。
樹と琉のに身長に差が出てきた高一の頃から、この樹が注意して琉が軽く謝るというやり取りを繰り返しており、これで何度目か分からない。
(この癖は少なくとも大学を卒業するまでは直らないな)
長い付き合いの樹はそう思い、仕方なく了承し、琉に肩を組まれたまま学食に移動した。
そして、それぞれ料理を注文して受け取り、4人席に向かい合って座り、空いている席に荷物を置いて食べ始めた。
「樹の注文したそれ、何?」
「日替わりランチ。今日は回鍋肉定食だったよ。」
「樹は毎回日替わりランチだな。好きなもん食った方がよくないか?俺は見た通りいつもと一緒の唐揚げ定食。」
「毎回同じもの食べると飽きるでしょ。俺は食べられないものはないし、日替わりランチには変わった料理は入らないからちょうどいいんだよね。悩む時間もいらないし。」
「そうか?悩む時間がいらないのは俺も一緒だし、唐揚げに飽きたことなんかないけどな。」
「そんなことより、今日はいきなり飯に誘ってくるなんてどうしたんだ?」
琉はたしかに突然話しかけてくることはあるが、食事を一緒にする場合は、いつも事前に誘ってくる。
そのため、いきなり誘われた今回は何かあったのかと樹は思ったのだ。
「それがさぁ、聞いてくれよ。今朝結衣に呼び出されてふられた。」
「またふられたのか。告白は岡野からだったんだろ?なんて言われてふられたんだ?」
「いつもと似たようなの。私と真剣に付き合うつもりがなかったなら告白したときOKしないで欲しかったです、先輩後輩の関係に戻りましょう、だってさ。」
「告白されたらとりあえず付き合うのやめたら?」
「誰とでも付き合ってるわけじゃないって。知らない人からの告白は断ってるし、結衣のことはよく知ってたから。それに結衣とだけじゃなくて、今までの彼女とも真剣に付き合ってきたつもりだったんだけどな。」
「琉の優先順位は俺、サークル、彼女だからな。お前、また俺と遊ぶからとかサークルがあるからって岡野の誘い断ってたんだろ。」
「うっ、そうだけどさ…バスケするの好きだし…それに、親友と遊ぶ時間だって欲しいだろ!」
「そう言ってくれるのは嬉しいけどさ、岡野は琉のこと好きになって告白したんだし、やっぱりもっと一緒に居たかったんじゃないの?」
「…そう言われるとなんも言えない。」
「まぁ、バイトまででいいならいくらでも話聞くよ。」
「さすが樹、ありがたい。もう俺、樹がいればいいかも。」
「やめろよ気持ち悪い。」
琉は中学時代から学校でイケメンだと評判だった。少なくとも、同じ学年で1番かっこいいのは誰かと問われるとほとんどの人が琉だと答えた。
大学に進学し、短髪の髪を茶色に染め、さらにかっこよくなり、性格も気さくな琉は何人にも告白されていた。
琉は、今回ふられた岡野結衣を含めて今までに5人の女性と付き合ったが、告白は全て相手からで別れを切り出したのも相手からだった。
彼女の優先順位が低い琉は樹やバスケを優先しがちでふられてきた。
琉は、 今回その対策として付き合ってすぐの頃、結衣に樹を1番の親友として紹介したし、そもそも結衣は琉が所属するバスケサークルと一緒に活動することがある女子バスケサークルに所属している後輩なので大丈夫だと思っていたようだが、やっぱりダメだったらしい。
「なぁ、今日このあと結衣がいる女バスと一緒に活動するんだけど、どうすればいいと思う?しかも、どっちのメンバーも俺たちが付き合ってるの知ってるんだよ。」
「それは、まぁ、ドンマイ。」
「おい、樹まで俺を見放さないでくれよ。もう俺には樹しかいないんだから。」
「だから、気持ち悪い言い方するなって言ってるだろ。おい、こっち来るな!離れろ!話しは聞くから!」
「そう言うならちゃんと聞いてくれよ。今日の俺はめんどくさいから覚悟しろよ。」
「自慢げに言うな。」
こうして樹は、昼食を食べながら琉の愚痴を聞き続けたのだった。