浜辺でサンオイルを塗るドッキリが母親だった
見れば『ああ、あの番組かな?』と思うようなシチュエーションがそこにはあった。
真夏のビーチ。ビキニのサングラスをかけた女性がサンオイルを片手に寝そべって、今か今かと獲物を狙っている。カメラはきっと後ろにある小屋の中だろう。絶対そうに違いない。
「あの、オイルを塗ってもらえませんか?」
さりげなく近付くと、ビキニの女性が俺に声をかけてきた。別にそういった事に興味が無い訳では無いが、全国放送は頂けない。
「良いですよ」
後で放送NGと言えばいいかと、俺はサンオイルを受け取り寝そべる女性の背中にオイルを垂らした。
「上手ですね」
「そうですか? 昔、お袋の背中を摩ってたので」
意味ありげな笑いを浮かべ、女性が声をかけてきた。
懐かしい気分だ。お袋の背中は力仕事で筋肉がガチガチで、夜遅くに帰ってきては「体が痛い」と、よく口癖のように言っていたもんだ。
俺はそんなお袋の背中を摩り、マッサージをしてやった。今ではすっかりいい思い出だ。
父親とそりが合わなくて半ば逃げるように家を出て行った俺だが、今では真面目に働いて彼女も居る。お袋には感謝してもしきれない恩がある。
「あの……肩の方も」
「ええ」
うつ伏せのまま、女性がビキニの肩紐を下ろした。別に前は見えてない。見たくないと言えば嘘にはなるが、別に見たいと言うほどの物でもない。
俺は肩にオイルを垂らし、入念にマッサージをした。
「どうですか?」
何も言わずただマッサージを受ける女性に問いかけた。女性はしばらく無言だったが、俺が手を止めると肩紐を戻し、こっちを向いた。
「……秀道かい?」
「……お、おふくろ?」
意外だった。
サングラスを外した女性は紛う事なき母親だったのだ。
「どうしてお袋が!?」
「……秀道が家を出て行ってから、お父さんが急死して……私も仕事を変えたんだよ」
お袋は申し訳なさそうに俯いた。
俺が連絡の一つもしなかったから……。お袋一人では辛かったろうに……。
「すまないお袋」
「良いんだ。秀道が元気なのが知れて、母さん嬉しいよ」
と言って、涙を拭きながらお袋は傍にあったクーラーボックスの中から唐揚げが盛られた小皿を取り出した。
「後で食べようと思って作っておいたんだ。どうか食べておくれ」
「ああ。お袋の唐揚げ、久々だな」
爪楊枝が楽々刺さる程に柔らかい、お袋の唐揚げ。
見ているだけで懐かしさが込み上げ、俺はすぐに口の中へ勢い良く放り込んだ。
「どうだい?」
「……フフ」
思わず声が漏れてしまった。
「お袋……これは彼女の味だよ」
「えっ?」
俺が後ろの小屋へ目をやると、扉から彼女が現れた。
「秀道さん……」
「サチ、これはお前が作ってくれた唐揚げだな。美味しかったよ」
「嬉しい……!!」
サチが俺に向かって勢い良く抱きついてきた。思わずサンオイルのボトルを握りしめてしまい、中身が少し飛び出した。
「おっと。ハハ……ハ」
小屋からカメラを持ったスタッフらしき人物が現れた。
「すみません……テープ入れ忘れたのでもう一回最初から良いですか?」
「仕方ないねぇ。秀道、最初からやるよ!」
パッドの位置を調整して寝そべるお袋。目に氷を当てながら小屋へ戻るサチ。
スーパーでよく見る冷凍食品のビニール袋から補充される唐揚げ。
「……」
俺はもう何も信じられなくなった。