いざ適性を
一行は教会の奥へと導かれていく。
通路を抜けると、そこには小さなホールがあった。その中央には入り口にあった絵画と同じ姿の像が鎮座していた。
どこか神聖な空気を纏い、無意識に崇めそうになる肉体を何とか制御し、先導者の言われるままに像の前に歩いていく。
「この前で祈りを捧げていてください。そうすればすぐに声が聞こえるはずです。」
先導していた修道女はネディスにお手本を示すように片膝をつき、両手を顔の前で組み合わせる。
それに倣い、像の前で祈りを行う。
それを確認した修道女は、静かに呪文のような言葉をつぶやいた。
その言葉を耳にしていると、突然ネディスの脳内にどこか無機質な声が聞こえてきた。
「祈りを確認しました。ただいまより適性の儀を開始します。少々おまちください。」
「適性の儀が完了しました。情報窓を現出します。」
その言葉を聞いた途端、目の前に半透明な板のようなものが現れる。
それに驚いたネディスは声を上げるが、横の修道女によって疑問が解決する。
「落ち着いてください。適性の儀が無事に終わった証です。」
「それは『情報窓』と呼ばれる、あなたの適性などを知ることができるものです。今はあなたにしか見えないようになっていますが、その板の右上の辺りに『開示』という文字があると思います。それを押してみてください。」
言われるがまま、文字を指で押す。すると半透明だった板が実体として現れる。
「こうすることで他の人にも自分の情報窓を見せることができます。もう一度同じところを押すと、半透明になりますので覚えておいてくださいね。」
「それでは別の部屋で適性の確認と記録をしておきましょうか。」
そういわれると、そのまま一家は神父に連れられ別室へと誘導されていった。
「ではネディス君の適性を確認しましょうか。もう一度情報窓を開示してくれるかい?」
その言葉にうなづき、窓を開示する。
情報窓には、名前や年齢、そして適性が表示されている。
「ネディス君の適性は……『探究者』か。珍しいね。ここ最近は見なくなった適性だ。」
ネディスの適性は探究者。その名の通り物事を探る、知識欲を満たす事に対しての適性を持っているようだ。
この適性に両親は納得の表情を浮かべる。
「ネディスならあり得そうと思っていたけど、やっぱり探究者なのね……」
どこか嬉しそうな、それでいて悲し気な表情を浮かべる母。
その表情に疑問を持ったネディスは質問をする。
「母さん、なんで悲しそうな顔をしているの?」
「探究者の適性を持った人はね、その多くが歴史に名を遺すようなことをするんだけど、探究するということから、旅に出るのよ。だから母さん、ネディスが離れていくことが悲しくてね……」
ほろりとわざとらしく涙をこぼす。どうやら子離れの未来を悲しんでいるようだ。
「まあ、しょうがないさ。適性が違ってもネディスならいつか飛び出していくんじゃないかと思ってたしな。出ていく可能性が高くなっただけさ。」
父が慰める。そのついでのように、旅についてなら俺も教える事があるしな!と笑う。
「そうね、旅に出るまでにしっかりお世話してあげなくちゃ。それに出ていくなら自衛ができなくちゃいけないから、母さんが剣を教えるわ。」
両親とも既にネディスが出ていくことは確定のようだ。もっともネディスもまた、旅に出る気しかないのだが。
「まあそれは自宅に戻ってからお話しください。それではネディス君の適性を記録しておきますね。」
置いてけぼりを食らった神父はいつものことのようだ。
微笑んだまま記録をしていた。
「記録が終わりましたので、適性の儀は終わりになります。お疲れさまでした。」
一家は教会を後にした。
宿への帰り道、話題はやはりネディスの適性についてだった。
記録上では、探究者の適性を持った人が適性に沿わなかったことはない。そもそも、この適性を持った人物は、適性の儀以前から知識に対して貪欲であったため、逆に適性を得てからさらに激しくなったこともある。
「やっぱりネディスの適性は探究者だったなぁ……これでネディスが村を出ていくのは決まったなぁ。」
「そうかなぁ?出ていかないかもしれないよ……?」
「いやいや、ネディスが村の中の知識だけで満足できるか?すぐに他のことが知りたくなるだろうさ。」
本人が自覚していないようだが、ネディスの知識欲は尋常ではない。きっと数年後には村から出ていきたくなっているだろう。両親はすでに確信を持っていた。だからこそ、それに備えて準備をしようとしている。
「まあ、もし将来旅立ちたいってなった時のために、護身術とかは勉強しておかなくちゃな。」
「とりあえず、ネディス用の剣を買わないといけないわね。」
「それもそうだな。じゃあこのまま鍛冶屋にいくか。」
善は急げとばかりに一行はネディスの剣を求めて、鍛冶屋へと向かっていった。
一行は町の人に鍛冶屋を訪ね、向かっていく。しかし、案内された鍛冶屋はすでに他の家族が大挙として押し寄せていた。どうやら適性が剣士などであった子供が多かったようだ。このままでは目的の品が手に入らないかもしれないと、一家は他の鍛冶屋を捜し歩くことにした。
そして、一軒の寂れた鍛冶屋を見つける。外見は年季が入っているが、中から鉄を鍛える音がするため、営業はしているのだろう。
「すいませーん。」
「いらっしゃい。」
店に入ると特有のむわりとした熱気とともに、芯のある声で返事が返ってきた。
中には所狭しと武具が雑多に置かれている。男のロマンが擽られる。
「ちょっと息子のための剣が欲しいんだが、在庫はあるかい?」
今の年齢で特注の武具は早いので、すでにあるものでいいものがないかと尋ねる。
「息子の剣か……用途は模擬戦と稽古用だな?体格的に……あれくらいがいいか。ちょっと待ってろ。」
そういい、店主は奥に入っていく。わずかな言葉と体格で用途を理解し、ものを用意する。まさにプロの技術だ。
そして店主は二振りの剣を持ってきた。
「待たせたな、この二つのどちらかがいいだろう。」
机の上に剣を置く。ひと振り目の剣は単純な直剣。騎士の剣と言われるような堅実なつくりの剣だ。初心者には扱いやすいものだろう。
もう一方は、直剣というよりはタルワールに近い形状をしている。比較的扱いにくそうだが、熟練した時には強力な武器になりそうだ。
「まぁ今回は初めてだし、直剣でいいだろう。そっちを買おう。」
「そりゃそうだよな。毎度。」
こうしてネディス達は練習用の武器を手に入れた。
宿に戻り、一家は夕食をいただいた。次の日の朝の馬車で村に帰るようだ。
次の日、馬車の中でネディスは本の虫だ。魔法の本を夢中で読んでいる。が、馬車が苦痛を伴うことを忘れており、さらに馬車の中で本を読むという行為により、馬車酔いを起こしていた。
「なにこれぇ……」
かわいそうだが忘れていたことが悪い。それに三半規管が未熟なために酔うことが辛そうだ。これもまたいい経験だろう。