初めての野営
「じゃあ母さんの適性は何だったの?」
父の適性についてなんとなく理解したところで、今度は母の適性について質問する。
「ふふ、私の適性はね……剣士よ!」
今度は母の渾身のどや顔。父は苦笑いだ。
「えええええーっ!剣士だったの!?」
驚きも驚き。危うくギャグマンガになるところだった。
「そうよー。もっとも剣士にはならなかったけどね。」
「なんでならなかったの?」
父が適性通りの仕事をしていたためか、なおさら気になってしまい、質問する。
「簡単よ。だって戦うなんて怖くてできないもの。」
「剣士の適性があるといっても、それは剣を振る才能があるってだけだもの。怖いかどうかなんて別問題よ。」
「まあ、剣を使うことはできるわよ。」
「えっ、剣士にならなかったのに剣を使えるの?」
怖くて戦わない道を選んだのに剣を使えるのはどういうことだろうか。
「私だって若い頃は適性の通りにしようと思ったのだもの。一応訓練はしていたわ。」
「実戦ができなかったから、やめただけよ。」
なるほど。実戦で向いていないと実感したのか。であるならば使えるのは不思議ではない。
「ふぇー。すごいなぁ。」
ネディスの目がきらりと光る。
「そうだ!帰ったら僕に剣を教えて!やってみたい!」
「そうねぇ。簡単なものならいいわよ。」
母の目が真剣なものに変わっていく。そしてネディスに問いかける。
「でもね、剣を持つということは魔物を、人を殺すということに近づくの。だから、本当にその覚悟が持てるかどうかを、いつか聞くことになるわ。」
「もし、その覚悟がないと思ったら、私はそれ以降剣を教えることはないわ。もちろん父さんもね。」
真剣な言葉にネディスは気圧される。
「わ、わかった。教えてもらうまえにもっと考えてみるよ。」
「自分を守るために戦うこともあるから、覚えておいて損はないけどね。でも、心構えは大切よ。」
そんな会話が続き、やがて夕方になっていく。
開けた場所に辿り着くと、馬車が停止した。どうやらここで一泊するつもりのようだ。
「おうい、旦那さん。今日はここで野営しようと思う。そっちも寝床の準備をしておいておくれ。」
商人からの声が届く。ネディス初めての野営の時間がやってくる。
「さて、ネディス。野営の準備だ。まずは寝床を用意するぞ。」
そういいながら父はテントを取り出す。
「これは俺が冒険者だった頃に使っていたテントだ。だいぶ古いがまだ使えるのは確認しているぞ。」
そういいながら、ネディスに組み立て方を教えつつ、テントを設営していった。
「よし、これで今日の寝床は完成だ。」
完成したのは、成人男性二人が寝ることができる程度の大きさの簡易テント。
出入口が二か所あることから、快適性よりも利便性に舵を取ったものらしい。
「それじゃあ、俺は商人さんのところに行って、不寝番をどうするか確認してくる。二人は飯の用意でもしててくれ。」
そういいながら父は商人たちのテントに向かっていった。
「私たちはご飯の支度をしましょうか。持ってきたパンと干し肉、それと固形のスープを溶かして飲みましょう。」
「ネディスは近くの枝を探してとってきてくれる?くれぐれも奥に入らないようにね。」
「わかった!」
母は食材の用意、ネディスは周りに落ちている枝を集めていく。
そうしてネディスの両手にいっぱいの枝が集まり、母のもとに帰っていく。
「母さん、とってきたよ。」
「あら、一杯取れたわね。じゃあ早速火を起こしましょうか。」
そういいながら石を円形に置き、その中に枝を組んでいく。
そして、母は組まれた枝に手をかざし、『火よ』とつぶやいた。
ネディスは一瞬疑問が浮かぶが、それは瞬時に解決した。
母の手をかざしたところから、炎が沸き上がってきたのだ。
「えっ!?なにそれ!」
驚き母に詰め寄っていく。
「ネディスに言ってなかったかしら。これは魔法というものよ。」
「魔法?」
「そう。魔法。詳しいことは適性の儀でもお話しされるから、その時まで楽しみは取っておきましょう。」
そう微笑みながら鍋の用意をしている。
ネディスは説明されなかったことに頬を膨らませつつ、先ほどのは何だったのだろうかと考えていく。
「戻ったぞ。俺の不寝番は朝方のようだから、ゆっくりしていよう。」
父が戻ってくると、夕食の時間だ。
ネディスの初めての野営は、環境のドキドキよりも、摩訶不思議な魔法というものの興味にかき消されて、過ぎていった。