一家の団欒
「ねえおじさん!これって何なの?」
「えぇっと……これはね……」
時は流れ、生まれた男の子は健やかに成長していた。
齢六歳。彼はこの村の数少ない子供として、存分に幼少期を過ごしていた。
物心ついた時から、知識欲が大きく、何に対しても自分が知らないものを知ろうとした。
椅子を指しては「これは何」。木だと答えては「木って何」。
ありとあらゆるものに対して質問されていく。
その様子を眺めていたはずの村人たちは、気が付けば質問される側になっていた。
初めの頃は質問をするだけだったが、今では質問した後に自分の考えを纏めていき、そのまま結論を自分なりに出していった。
大人たちは、質問の頻度が減りホッと一息。ネディス君は知識欲が満たされてにっこり。
なんとも平和な村に落ち着いていた。
「ネディス~!そろそろご飯よ~!」
「あっ、はーい!」
今日も一日、何事もなく終わっていく。
自宅に戻り、夕食を食べていると
「ネディスももう六歳ね。次の適性の儀はいつだったかしらね。」
「もうじきだったはずだ。今度行商人に聞いて、お願いしておこう。」
母クトゥスと父ラエフェがそう切り出した。
話は変わるが、ネディスの家は母と父の三人家族。
母はこの村の農家の生まれであり、くすんだ赤い髪の毛が特徴の美人。目鼻立ちがしっかりとしており、気が強い女性のような印象を受ける容姿だ。その容姿とは裏腹にふんわりとした声色で初見でのギャップを受ける人は数多い。
父ラエフェはそんな母に堕とされた旅人だった。旅の途中で寄ったこの村で一目ぼれした彼は、その容姿からは想像もつかないような甘い言葉で彼女を堕としたらしい。彼の容姿は、荒々しくたなびく茶色の髪にシャープな顔立ち。一本の剣のような佇まいだ。そんな彼が囁くアプローチの言葉に、彼女はイチコロだったようだ。
ネディス君も両親の特徴をしっかりと受け継いでいる。
少し癖のある赤茶の髪の毛に、きりりとした顔立ち。父譲りの凛々しい顔立ちとは裏腹に、溌剌とした声に村の女性陣はにっこりしているらしい。
閑話休題
ネディスは、両親の会話を聞いていて気になったことを聞いた。
「ねえ母さん。適性の儀って何?」
「あぁ、そういえばネディスにはまだ言ってなかったわね。」
そういうとクトゥスは席を立ち、奥の物置から一冊の本を持ってきた。
本の表紙には、『適性の儀』と書かれている。
「この本は新しく子供が生まれた家に対して、教会から支給される本なのよ。」
私も細かいことを覚えているじゃないからね、と言いながら本を開いていく。
「それじゃネディスの知りたい適性の儀について簡単に話すわね。」
そうして言葉を紡いでいく。
「適性の儀っていうのは、簡単に言うと『自分の得意なことを教えてくれる』儀式よ。」
「得意なことを教えてくれる?」
「そう。例えば、今まで畑仕事の手伝いをしていた子だけど、適性の儀を受けたら、商売の適性があったりした子もいたわ。」
「その子は結局家の畑を継いだけど、収穫物の勘定で商人と競り合ったって話もあるの。」
そこまで聞いてふと思うことがあり、母に質問をした。
「じゃあ適性の儀ってあんまり意味ないんじゃないの?」
それは正しい疑問だろう。適性の通りにしないならわざわざ受ける必要はない。むしろ考えが乱れてしまうだろう。
「そうでもないのよ。もちろん、自分のなりたいものに対しての適性がないことが多いけど、適性はあくまで適性でしかないのよ。」
「本当になりたいものがあるなら努力すればなれるもの。適性があるから優れているってわけではないわ。」
そう。適性はあくまでそのものに対しての適性であり、『向いている』レベルなのだ。
そこには当人の意志や感情は介在していない。
剣士の適性があったとしても、対峙する敵に対しての適性があるかどうかは別問題なのだ。
逆に、剣士の適性がなかったとしても、真になりたいという思いがあり、努力したならば適正者を超えることもあるのだ。
「適性の儀は、将来を決めるんじゃなくて、可能性を示す儀式なの。」
「別の地域とかだと、『導きの儀』っていう言い方をするところもあるくらいだもの。」
「ネディスもこの適性の儀で、何かやりたいことができるといいわね。」
クトゥスがにっこりと笑みを浮かべ、そう語りかける。
「なんとなくだけど、分かった気がする!」
「適性の儀がちょっと楽しみになってきた!」
ネディスの適性の儀が行われる日は近づいてきている。