お披露目
西宮寺ゴルフ倶楽部。
日本女子プロゴルフ七大ツアー、別名『七福神カップ』の今年最初のツアー『エビスンエレクトロニクスカップ』の会場である。
そのクラブハウスの絨毯を踏みしめながら早足で歩く、白地に黒と茶色の紋をあしらったゴルフシャツにゴルフスカートを纏った女性プロゴルファー、
《猫又美華》
は、後をついてくる男……の姿をした”モノ”へのいらだちが隠せなかった。
『ちょっとポンコツ! いつまで鏡を見ているのよ! ウォーミングアップする時間がなくなるじゃない! あと変なモノ食べてないでしょうね!? この前の『ホップステップツアー』の時みたいに、インパクトの瞬間におならをしたら、叩き折って不燃ゴミに出すからね!」
人間の男性……の姿に、黒の執事服に赤い蝶ネクタイを召した“モノ”。
猫又美華から“ポンコツ”と呼ばれ、一般人からは《擬人ゴルフクラブ》と呼ばれる彼の名は、
2番ウッドの《武羅》
彼はハエのように、主人である美華の周りをぐるぐる回りながら、歌劇の男優のようにオーバーポーズで休みなくまくし立てる。
「わたくしにとってひさしぶりのツアー、そして何より美華様のツアー初挑戦の晴れ舞台をぞんざいな服装で皆の前に現れては、今は亡き『絵都孔球製作所』より生まれし2番ウッド、そして代々お仕えいたしております猫又家の名折れ! ご覧ください美華様! この私の赤い蝶ネクタイ! これは美華様がホップステップツアーに勝利した時に付けていた蝶ネクタイでございます。縁起を担ぐ為、それ以来洗わず、勝利の香りもより熟成しております!」
武羅の前の主人であり美華の祖母、《猫又珠代》も同じく女子プロゴルファーであり、そのプレイスタイルはおっとりとした風貌から想像もつかない荒々しさで、一部ゴルファーから《化け猫》とも呼ばれていた。
そこへ、通路の奥から聞こえてくる二人の男の声。
「赤木! 早くしろ! ったくいつまでク○してるんだよ!」
「そんなこと言ったって、昨日変なラーメン屋連れて行ったのは尾関さんですよ」
「美華様危ない!」
「きゃ!」
通路の角で美華と尾関がぶつかりそうになるのを、武羅は抱きしめながら護る。
「こ、これは申し訳ありません。おけがはありませんか?」
「クラブハウス内で走るとは、いささかマナーがなっていませんね」
頭を下げる尾関に、武羅は美華を抱きしめながら厳しい目線を投げつける。
「私、『擬人ゴルフタイムズ』の尾関と申し」
「失礼! 先を急ぎますので。ち、ちょっと武羅! いつまで抱きし……いくわよ!」
遠ざかる美華の後ろを眺める尾関と赤木。
「へっへ! 振られましたね尾関さん」
「馬鹿野郎、そんなんじゃねぇって、あのゴルフクラブどこかで……ぶら? ……ぶらってあの
『《幻影》! 2番ウッドの武羅』か!
ってことはあの女子プロは、《化け猫》猫又珠代の孫娘、猫又美華!」
「へぇ~あれがちょっと前に噂になった……でも全然ピンと来ませんね~」
「赤木! 予定変更だ! このEEカップ。猫又美華を追っかけるぜ!」
「いいんですか? ”ま~た斜め上の取材しやがって!”ってデスクに怒られますよ」
― ※ ―
「すごい! 女子プロから”擬人ゴルフクラブ”、マスコミから観客まで……これが七福神ツアーの世界!」
美華の目に映るのは、テレビやCMでおなじみの女子プロと、それに仕える名のある職人やメーカーが造り出した”擬人ゴルフクラブ”。
その衣服は仕える女子プロの好みが現れており、さながら屋外ファッションショーともいえた。
それに向けて数多くのテレビカメラや数多のゴルフ雑誌やニュースサイトの記者の視線が注がれ、さらに圧倒的な観客の熱気が美華の体を包み込む。
「大丈夫ですか美華様。心持ち自律神経に乱れが見受けられますが?」
斜め後ろに控える武羅は、心配そうに美華の耳元へ声をかける。
「フ、フンッ! 武者震いって奴よ! 見てなさい! 全員蹴散らしてやるから!」
そんな美華の背中に届けられる、聞き慣れた女性の声とゴルフクラブの礼。
「あらあら怖い怖い。《雷刃》や。今年のツアーは予選から“ちょこっと”本気を出さなくてはねぇ。準備は出来て?」
「御意。奥様」
「お、叔母様! い、いえ、犬神プロ! お、お久しぶりです!」
慌てて振り向き、礼の終わった美華の目に映る、髪を結い、鶯色の着物姿の女性。
永久シード権を得た、とても四十過ぎとは思えない若さと艶を醸し出す女子プロゴルファー、
《犬神小香美》。
美華の母親の一番下の妹であり、美華との年の差は二回り近く離れている。
そして彼女に仕える、武羅と同じ絵都孔球製作所製、灰色のタキシードを纏ったロマンスグレーの雰囲気を醸し出す、1番ウッドの雷刃。
「ツアーで会えてうれしいわ。武羅も壮健?」
「お久しぶりでございます小香美様。お心遣い、感謝の極みでございます。真っ先にご挨拶に伺うべきところを、ご足労おかけして申し訳ございません」
「他人行儀はなしよ。雷刃も貴方と戦えるのを楽しみにしていてね。朝から子供のようにはしゃいじゃって、こめかみの調整すら大変だったんだから」
そこへ、美華と犬神の間に割って入るように近づく、金と黒のストライプの髪にゴシックメイド姿のハーフの女性。
美華と同年代でありながら昨年度の賞金女王。さらに男性人気ナンバーワン。
《坂上・ティグリス・美也》。
「み、美也ちゃ、いえ、坂上プロ! 本日はよろしくお願いします!」
慌てて挨拶する美華であったが、坂上の声は冷たく美華を突き放す。
「何をおっしゃるの猫又プロ。予選では貴女とは回りませんわよ。恐れながら、身の程をわきまえるのもプロのたしなみですよ」
そして坂上は犬神に向き直ると、満面の笑みで右手を差しだした。
「犬神プロ、今年もよろしくお願いします」
「こちらこそ坂上プロ。どうかお手柔らかに」
坂上が差し出した手を柔らかく握る犬神。
とたんに周りから発せられるシャッター音からデジカメ、スマホの電子音。
「これが、超一流プロの世界……」
場違いだと感じた美華は、光り輝く世界から誰も見向きもしない世界へと後ずさりする。
「あれ? 尾関さん、普通握手って目上の人間から目下へ差し出しますよね?」
「ま、《擬人ゴルフ界の女神》に対する、昨年度賞金女王のプライドってヤツだな……」
「佐次。犬神プロと雷刃に……」
主である坂上の言葉を遮って、藍色の着物の袂から出した手をあごに当てた、絵都孔球製作所製3番ウッドの佐次が、ざっくばらんな口調で近づいてくる。
「よお! “女将”久しぶり! 相変わらずお色気ムンムンだね! 旦那がうらやましいぜ! ついでに雷刃、おめぇは相変わらず辛気くせえツラしやがって、体にカビが生えてねぇか? あぁん?」
そんな佐次であったが、武羅の目の前にくると、まぶたに指を当てる。
「あれ? ……っかしいな。武羅の野郎の幽霊が見えてやがる。おい美也よ。昨日塗ったワックス、あれまさか二級品じゃねぇだろうな!?」
「おあいにくさま、“生きて”ますよ佐次さん。相変わらずその口を引き裂いてやろうかと思う慇懃無礼さですね」
「けっ! なんだモノホンかよ。今日はどうしたんだ? 珠ちゃんの荷物持ちか?」
「いつの話です。とうとうヘッドが歪んできたんですか? 今の私は”美華様の”2番ウッドですよ」
武羅は手の平を美華に向ける。
「みか? 美華……。あぁ! あの珠ちゃんの孫娘か! いやぁ大きくなりやがって! 出るとこも出ておじさんうれしいぜ! 少しはその肉を美也に分けてくれや!」
「あ、あの……こ、こんにちわ」
うろたえる美華に坂上が助け船を出す。
「佐次! 盛りのついた”犬”みたいに興奮しないように。猫又プロがお困りだわ」
そこへウィンクをしながら口を挟む犬神。
「アラまぁ”犬”だなんて、佐次君、いっそ”うちの子”になる? 今なら三食昼寝おやつ付きよ」
「え! まじ! いやったぁ!」
「犬神プロも戯れはやめてください!」
そんなやりとりを眺めている尾関が判定を下す。
(……犬神プロと坂上プロの前哨戦は、犬神プロの判定勝ちかな?)
「雷刃さん、佐次さん、武羅さん、三人で写真お願いしま~す」
「「かしこまりました」」
「へっへっ! いい男に撮ってくれよ!」
女性カメラマンの声に、雷刃を中心に左右に並ぶ佐次と武羅。
”きゃ~~!”と黄色い声援がわき起こり、女性ファンが我も我もと押し寄せる。
「尾関さん、絵都製トリプルウッドが並ぶと、文字通り絵になりますね」
カメラマンである赤木も夢中でシャッターを押す。
「ま、女子ツアーでありながら女性ファンが多いのも、ひとえに擬人ゴルフクラブのおかげだわな」
それを離れた場所で眺める美華。
(みんな輝いている……100%まぐれで『ホップステップツアー』優勝しちゃったけど……やっぱり私には場違いなのかな?)
第三話、四話は1/10、12時に掲載します