ボンビとマッドサイエンティスト
かつて日本に存在していた「お盆」という風習が廃れて500年程経った頃、彼らは一人のマッドサイエンティストの手によって生み出されました。実際は、常に我々と共に存在していたので可視化されたというべきかもしれません。その科学者は霊魂否定論者でした。これだけ文明が発展しているにもかかわらず、未だに死後の世界を信じている人間がいることに業を煮やした彼は、ある装置を作り出したのです。
不規則位相安定化特殊元素発生放射機。詳しい原理は私も理解できていないのですが、目に見えない存在が持っているエネルギーを特殊な元素を放つことで活性化させ、可視化する装置だと言われています。もし本当に幽霊が実在するならば、これを使うことで目の前に現れるはず。そう考えた科学者は、装置の出力を最大限に設定し、スイッチを入れました。
後の供述によれば、もし狭い地域で実験した場合、偶然そこに霊がいなかっただけだと言い逃れされるのが気に食わなかったと述べています。動機はともかく、結果的に彼の行動により日本全域において彼らが観測されることとなりました。最初に名付けた人物は明らかになっていないものの、今では誰もが彼らのことを『ボンビ』と呼んでいます。
全国に蠢くボンビ達が最初に取った行動は、ドカ食いでした。対象は人間ではなく、ありとあらゆる料理の味気を食べつくし始めたのです。
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ボンビ本人達によれば、そもそも「お盆」という習慣が廃止されたことによって、彼らは産まれたそうです。本来13日にあの世から帰って来た先祖は、15日に再び帰っていきます。精霊馬に乗って。
そう、乗り物が作られなくなったことにより、幽霊たちは往復徒歩での移動を強いられたのです。可哀想なのはそれだけでなく、たとえ疲れ果てて到着してすぐに帰路についたとしても15日という期限には間に合わず、冥界の門は閉ざされて彼らは、あの世に戻ることもできなくなってしまいました。結果、そのまま地上であてどなく彷徨う浮遊霊となったのです。
その現状があの世にも伝わったのか、数年で現世への帰還は行われなくなったようです。しかし、悲劇はまだ続きます。遠い昔、日本では「お供え物」として先祖へ菓子や果物、料理が用意されていました。霊はそれを直接食べることはできないのですが、どうやら味気のようなものを吸い取っていたらしいのです。
物質的な移動は観測されないものの、彼らが味わった後の食べ物を人間が口にすると非常に味気なく感じます。しかしながら、あくまでも「誰かに自分のために供えてもらったものしか食べられない」というルールに縛られている彼らは、実質数百年もの間、断食を強いられることになりました。
生きている人間と異なり、食べないからといって餓死するわけではありませんが空腹感は覚えるらしく、その苦しみは計り知れません。その地獄の苦痛から解放されるきっかけが、あの実験だったのです。幽霊達は可視化されるとともに、自分達を縛り付けていた枷が無くなっていることに気付きました。
そしてようやくボンビの暴食騒動に繋がります。最初は突然現れた亡霊たちに全国民が怯えていましたが、次第に自分達の食事の楽しみを根こそぎ奪う彼らに対し、怒りを露わにし始めました。悔しいことに塩を撒いたり、お札を貼ったりしても、一向に効き目はありません。どうやら彼らの本来持っている霊的な性質も実験によって変化したようなのです。
政府は事態を収拾するために、元凶である科学者に頼るしかありませんでした。実験と同時に出力に耐えきれなかったのか、元の装置は爆発したのですが、再び装置を作成し、ボンビを無力化するよう投獄されていた科学者に命令しました。
彼は、しばらく頑として言うことを聞きませんでした。これだけ大規模なボンビ騒動を前にしても、霊の存在を認めたくなかったのです。彼はこの期に及んで集団幻覚説を声高に主張していました。なお、ボンビ達にとっては科学者こそ救世主そのものですから、毎日熱心な参拝の列が絶えないのですが、当の本人は完全に無視していました。
しかし、最終的には科学者としての血が騒いだのでしょう。再び装置の作成に着手しました。そして、今日、ついに完成した装置でボンビの無力化実験を行うことになったのです。
「よいか、助手よ。くれぐれもこの世紀の実験の一部始終を録画しておくのじゃ!」
「何度も言っているでしょう。私は、あくまでもあなたの監視役に過ぎません。誰がマッドサイエンティストのもとで好きこのんで手伝いなんか……」
「静かにせんか! 邪魔な助手の声が動画に入ってしまうじゃろうが!」
「はあ……」
相変わらず人の話を全く効かないジジ……科学者の元で、上司から押し付けられた監視の任務を続けています。でも、そんな辛い日々もこの実験さえ成功せれば晴れておさらばです。
「さあ、いくぞ……ついに、歴史的瞬間が訪れるのじゃ!!!」
出力を最大限にしてスイッチを押した科学者。早速各地の様子を調べようとしたところ、物凄い地響きが聞こえ始めました。
「えっ……な、何が起こったんですか?」
「ふっふっふ……実験は成功したようじゃな」
ニヤリと笑う科学者、もといクソジジイ! 今度は一体何をしでかしたんだ!!
地響きの正体は大量のボンビ達の足音でした。彼らはジジイと私がいる研究室の鋼鉄の扉をいとも容易くぶち破り、彼を胴上げするやいなや、嵐のように去っていきました。
「はっはっは!! これで世の中に幽霊なんておらんくなったわい!! どうじゃ、わしの言うことが正しいと思い知ったか!!!」
遠ざかりゆく勝ち誇った高笑いを聞きながら、私はこの先書かされるであろう山のような始末書に想いを馳せ、声が枯れるまでジジイの悪口を叫んだのでした。




