バプテスマ会
「バプテスマ会にはご家族や友達を呼んでください」
何回目かのレッスンで、F長老が言った。
……バプテスマ、会?
バプテスマは宣教師と私だけでするのではないのか?
その疑問をぶつける前に、バプテスマという儀式について説明しよう。バプテスマとは、このキリスト教会に入るために必要な儀式で、真っ白い服を着て、水に沈められる儀式である。
これはイエス・キリストもされたことであり、入会するためには避けられない。罪を洗い流すという意味があるそうだ。
「バプテスマは他の人呼ばないといけないんですか……?」私は聞いた。
「呼ばないといけないことはないですけど……大抵教会のみなさんは来ますね」F長老は言う。「主役になれるんですよ。いいじゃないですか」
「…………」
私は目立ちたくないので黙った。根本的に違う人種なのだと感じる。
とにかく私と宣教師だけ、ということはできないようだったので諦めた。家族は、母に来てもらうことにした。
そしてバプテスマ当日。
バプテスマ会は午後6時からの予定だったが「早めに来ていいですよ」とF長老が言うため午後4時には教会に来た。
「私たちは昼過ぎから来て準備してるんですけどね、まだ水が溜まらなくて」
F長老は言い、台所に設置したバプテスマを受ける水槽を見せた。
水槽というか、灰色の、巨大なビニールプールのようなものが、8畳くらいある台所いっぱいに広がっていた。
台所の流しからホースでそのビニールプールに水とお湯を流している。
「今は冬で寒いのでお湯も出してるんですけど、お湯が途中で止まってしまうんです」
季節は12月だった。
こんな寒いのに水に入れられるのは嫌だ、と思った。こんなことなら、バプテスマを受けるのを夏にすればよかった。
しかし、後の祭りである。準備は着々と進められていく。
白い服を着て、いつもは支部会長などしか座らない、一番前の席に座る。みなさんはちらほら集まってきて、椅子に座っていた。
何人かの人に「バプテスマおめでとうございます」と声をかけられた。「ありがとうございます」と答えたが、本当におめでたいことなのかは疑問が残った。
いよいよバプテスマ会が始まった。最初に聖餐会と同じように讃美歌を歌い、お祈りをする。そして私の紹介をW長老がして、みなこさんがバプテスマとはこういう儀式、というお話をした。
そして、メインとなる水に沈めるバプテスマになる。私たちは礼拝堂からキッチンに移動した。
まずF長老がビニールプールに入り、次に私が入る。…冷たい。お湯も入れたはずなのに、ほぼ水である。
ビニールプールの周りをたくさんのギャラリーが囲んでいる。緊張する。
そして全身を水に浸す。全身を水に沈めて髪の毛一本も出してはいけないため、あらかじめ服を濡らしておくのだ。
服が濡れたらいよいよ本番。F長老が私の腕を掴み儀式の言葉を言う。「アーメン」と言うと、周りのみなさんも「アーメン」と言った。
私は水が鼻に入らないように手で鼻をつまんだ。そしてF長老から水に沈められた。
……長い。いつまで水に入っていなければいけないのだろうか。
そう思った瞬間、水から引き上げられた。
これが髪の毛や身体の一部が出てしまうと失敗で、成功するまで何回もやり直しをさせられるらしいのだが、私は一回で成功したのでほっとした。
後で聞いた話しによると、私の足が水から出ていたそうで、水から出さないでいたら足を伸ばして沈んでくれるかなと思い、F長老はしばらく粘って私を沈め続けていたそうだ。長いと思ってた理由はそれだった。
濡れた服をトイレで着替え、また礼拝堂へ行く。またしても一番前の席に座る。
そして支部会長から歓迎の言葉を聞き、私もマイクの前に立ってお話をした。宣教師たちへの感謝の言葉と、バプテスマを受けた経緯をお話しした。
最後にまた讃美歌とお祈りがあり、バプテスマ会は終わった。
終わったあとに教会員のみなさんがプレゼントをくれたり、準備してくれたお菓子を食べたりした。
バプテスマには「再び生まれる」という意味もあるそうで、ちょっとした誕生日パーティーのようだった。
「まことさん。おめでとうございます。もうまこと姉妹と呼ばないとですね」F長老が来て言った。「これは私たちからのプレゼントです」
そう言って差し出されたのは聖書と、教会で使うもう一つの聖典。私は本が好きだったので嬉しかった。
もう、宣教師のレッスンも終わりバプテスマも終わって私は教会員になった。宣教師たちとは週2ペースで会っていたが、これからは日曜日だけになるだろう。少し寂しく思っていたら。
「まこと姉妹、バプテスマを受けたので、これから私たちはあなたにAB[アフターバプテスマ]レッスンをするのです。また頑張りましょうね」
……ABレッスン?
聞いてないし。
こうして私はまた、彼らと教会でレッスンを受けることになった。