三人の狂気
今俺は、とてつもないバブみを感じている。
それもそうだろう。美人にナース服でお世話されれば、誰だってバブみを感じる。逆に感じないやつがおかしい。
ただ、この緊迫した状況下で考えることではないし、何をのんきなことを考えているんだと自分に突っ込みたくなったが、それは正直、今の現状は打開できないわけではないことに起因している。
吸血鬼の力を解放すれば、こんな拘束具など強引に粉砕できるし、その後、結月を押しのけて部屋の扉を破壊してここから脱出することも可能だ。
ただし、それは結月に正体を明かしてしまうのに加えて、吸血鬼化してから結月を襲う可能性がないとは言えない事から、最後の手段と言えるだろう。結月のことを考えてもここは穏便に話し合いで解決したい。
注射器で俺の血を取ろうとしてくる結月に対して俺は拘束中にできる限界の抵抗を試みる。
「もーとし君!そんなに小刻みに動かれたら、お注射ちゃんと刺せないよー!」
「結月!冷静になって考えてみろ!血が吸いたいなんておかしいだろ?」
「なんで?私がとし君のお世話をしてとし君が私に血をくれる。そうやって二人で支えあっていこ?」
なるほど言っていることは無茶苦茶だが、要するに等価交換ということか。いや、それにしてもおかしいな。
「全然、釣り合ってない。俺はこうして監禁されて自由を奪われているんだぞ?」
「え?とし君は私とずっと一緒にいたくないの?」
「結月とはこれからも仲良くしたいけれど、俺には千紘や家族が居る。その人達と会えなくなるのは許容できない」
結月は俯いた。またあの寂しそうな顔だ。俺は幾度となくこの顔に惑わされてきた。だが、今までとは根本的に異なる点がある。あの目だ。虚ろな瞳、千紘と同じ愛憎に踊り狂った者特有の瞳がそこにはあった。
「わ、私はずっと一人だった!でもそんな私の傍にとし君は居てくれた。私にはとし君しか居なかった!!」
「そんなことないだろ。お前にはクラスのみんなも、、、」
「違うよ!みんなは私の外見とか外側の事しか知らない! 一人の私のそばに居てくれたのは同じ一人だった、とし君だけ!とし君は違うの?」
「確かに小学校一年生まではそうだったな。けどその後は千紘たちと出会えた。その時から俺はもう一人じゃない」
俺がそう告げると結月はまるで糸の切れた操り人形の様にその場にへたり込んでしまった。
「そっかーじゃあしょうがないね。せめて最後は、、、、、、とし君の血に溺れて死にたいな?」
そう言って結月は包丁を取り出す。え、これまた千紘と同じパターンか?てかそこまでコスプレしたならメスとかにしろよ!なんでそろいもそろって出刃包丁なんだ?ヤンデレってそこだけは譲れないのか?
「死にたいなんて言うなよ! 諦めないで生きろよ!」
「とし君は残酷なことを言うね。とし君に求められないのに生きてる意味なんてないよ」
「いや、俺なんかよりもいい男はたくさんいるって」
「とし君じゃなきゃ、とし君の血じゃなきゃ、、、、、、、、、、、、、、、、」
どうやら結月は吸血鬼の血に魅せられてしまったことで精神に異常をきたしているようだ。
「だめなんだよ!!!」
「やめろ! ぐぅ!?」
結月は俺の首に包丁で大きな切れ込みを入れた。恐らく大動脈を断ち切りそこから溢れ出す血液を飲むためだろう。もうどっちが吸血鬼かわからないな。
「ドクドク、ピューって、いっぱい出るね!?」
結月は狂気に顔にを歪め、手首など俺の他の動脈のも切れ目を入れていく。
一方、俺の方はというと襲ってくる吸血衝動に必死に耐えていた。こうなってしまった以上、気合いで耐えるしかないが、吸血衝動は人間で言うところの三大欲求に当たる。耐え忍ぶのは至難の業だ。
「とし君、苦しそうだね?」
首の傷から呼吸して取り込んだ空気が漏れ出しており、ヒューヒューと不快な音を立てる。
「でもとし君が悪いんだよ?私を一人にするから・・・・・」
「だぁぁ、めぇだ」
吸血するわけにはいかない。千紘に加えて、結月まで吸血するわけには、、、、、、あれ?何で俺、我慢してんだっけ?
ダメだ。吸血鬼の潜在意識に思考が支配されてゆく。
何故、血を吸ってはいけないんだ?そいつがどうなろうと知ったことじゃないじゃないか。人間ごとき下等種族になぜ気を使っているんだ?
同属の哀れみか?いや、違うそうじゃない。俺はいつから人間のつもりだったんだ。
俺は、、、、、、、
------- 吸血鬼だ -------
俺は体の傷を高速で再生させ、拘束具を強引に引きちぎる。
「え?、と、とし君?」
「千紘にあれだけ刺されたのに、今更この程度の傷で痛がると思ったか?」
結月の手首を掴み、強引にこちらへ引き寄せる。
「俺を吸おうとしたんだ。俺に吸われても仕方ないよね?」
今、俺の顔を鏡で映したらどんな顔をしているだろうか。千紘や結月と同じ瞳をしているのではないか。そう感じる俺だったが、それ以上の理性は本能により押し流されていった。
驚きと戸惑いを隠せない結月をよそに俺は結月の首筋に嚙みつく。もう何もかも、どうでもよくなっていた。
「はぁぇ!? と、とし君!? こ、、れなんか変な感じがするぅ!!、、、、、、、、、んっ」
催淫毒が回って来たのか結月は恍惚とした表情から、震えるような声を打ち漏らす。
「ダメっ、ダメだよ、とし君。私、おかしくなっちゃう!!」
結月が果てようとしていたその時だった。
ドン!! ドンッ! バキバキ!
部屋の扉が破壊される。
その音によって正気を取り戻した俺は、部屋に侵入して来た人物に驚愕する。
「お兄ちゃん!! 大丈夫!? あの女はどこ!?」
そこにいたのは自分の身長と同じくらいの長さのハンマーをもった千紘だった。
「千紘!?お前合宿に行ったんじゃ?」
「だって突然お兄ちゃんの携帯に仕込んでおいたGPSの反応が途絶えたんだもん。体調不良で帰ってきたんだよ!」
お、おい。コイツ今さらっとすごいこと言ったよな。
「お兄ちゃん。無事だったんだ。良かった」
瞳一杯に涙をためるその姿に俺も感動するのだが、俺の状況を凝視した千紘の顔は、次第に怒りに歪んでゆく。
「お兄ちゃん?それ結月ちゃんだよね? なんか女の声が聞こえたからまさかとは思ったけど、、、、もしかして私の忠告を無視しておきながら、、、吸ったの? 私以外の人を」
千紘の言う通りだ。なんも言えねぇ。
「はい」
せめてもの誠意として素直に肯定した俺だったが、浴びせられたのは罵声でも怒号でもなく、ハンマーによる無言の殴打だった。