幼馴染みの秘密
「お兄ちゃん。あーん」
千紘が朝食の卵焼きを箸で食べさせようとしてくる。
「あのな、いい歳した兄妹がこんなこと、、」
台所には、母さんもいるのだが。
「え?お兄ちゃんは私の卵焼きが食べれないって言うの?」
そう言って千紘は、卵焼きと箸先をほっぺに押しつけてきた。それも結構強く。アルハラまがいのことを平然としてくる。
「食べまふぅ。あーん。・・・・ん、んまい」
「えへへ、でしょ?」
「千紘・・・・・・可愛すぎ」
昨日の出来事から一夜明けたが、朝起きてくるとそこにはもう冷たかったいつもの千紘はいなかった。
「あんた達、昨日の今日で仲良くなりすぎじゃない?何があったの? シンプルに気持ち悪いんだけど?」
母さんも困惑しているようだ。
「もうね、私、意地張るのやめたの。自分に正直になろうと思って」
「別にそれはいいけど、あんた達の距離感、兄妹って言うより恋人じゃない? まぁいっか。どこぞの馬の骨に千紘をやるくらいなら、寿樹とくっつける方がマシよね」
「え?」
流石に予想外すぎるんだが。
「もう〜お母さん気が早いよー」
母さん、楽観的すぎないか?ここの家族にまともな奴は居ないのか?
そう思った俺だったが、後頭部に刺さったブーメランを確認すると、もう考えるのを辞めた。
「ところでお兄ちゃん?わたし明日から部活の合宿で家に居ないけど大丈夫?」
「ん?何がだ?」
「だから、結月ちゃんのこと!気をつけてって言ってるじゃん!」
「なんだ、そのことか。大丈夫。心配ないって、結月はそう言う奴じゃないから」
「気をつけてって!お兄ちゃんに何かあったら私、何するかわかんないよ?」
「はいはい、分かってるって」
千紘は大袈裟だな。結月がそんな奴な訳ないのに。
今日は千紘の忠告よりも、味噌汁の方が身にしみた。
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「結月、いつも俺と一緒に食べなくてもいいんだぞ?」
「いいの、いいのー 私がとし君と食べたいんだもん!」
俺達は今、屋上で昼食をとっている。勿論俺は誰にも誘われていないが、結月は違う。
引く手あまたの結月が、その誘いを断ってまで昼食を共にしてくれている。結月は昔からそうだ。
小学生の頃から俺は孤児院の貧乏人とからかわれていたし、中途半端に人と関われば吸血鬼の特性で纏うオーラで相手を魅了してしまうこともある。
そんな俺の側に唯一いてくれた、奇跡的にできた普通の友達、幼馴染み。それが結月。
だから、結月のことは極力疑いたくないし、失礼なことを考えたくなかった。
「ねー?昨日の動画みた?」
「ご、ごめん。昨日は忙しくて見れなかったな」
結月との最近の会話は動画サイトにアップされている、ケガをした猫を手当てして飼う動画だ。結月も俺も動物が好きなだけあって話題が尽きない。
とは言っても俺は吸血鬼だから動物から警戒されるのか、ペットは勿論、動物園の動物からも吠えられまくりだ。一度は動物に好かれてみたいもんだ。
「だんだん、主さんに慣れてきてねー撫でられると喉をゴロゴロ鳴らすんだぁ」
「いいなー 俺もそんな経験がしたい」
「とし君、何故か動物に嫌われるもんねー。そうだ! 今日こそ家来れる? 猫いるよ。うちの猫で動物に慣れたらどうー?」
確か、中学3の時だっただろうか。結月が猫を飼いだしたと聞いた時にはマジで羨ましかったが、受験生だったこともありそれどころじゃなかったからな。
「おう、こちらこそよろしく!」
千紘の機嫌も良いみたいだし流石に日記みたいに、結月に何かするってことは無いだろうと思い、誘いを受ける事にした。
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「お邪魔しまーす」
「いらっしゃーい、気にせず上がって。誰も居ないから」
確か結月の両親は医師だったよな。帰りがいつも遅くて、小さい頃はいつも一緒にいたっけ。
「なっつ!あんまり変わってないな」
懐かしい匂いに鼻腔が反応する。
「まぁリビングはねー」
すると俺は二階に案内され、上がって直ぐ左にある部屋の扉の前で立ち止った。
「確か、ここだったよな。結月の部屋」
「あ、うん、、そうだったけど今はお父さんが使ってるんだ」
少し言いにくそうに結月が教えてくれる。何かあったんだろうか。まぁ思い過ごしだろうと、邪推するのはやめて、案内された奥の部屋に入った。
「ここが私の部屋だよー」
「なんか、変わったな」
「そりゃ変わるよー 4年も経ったら」
特徴的なスタンドライトが部屋を薄暗く照らし、設置されたインテリアと共に落ち着いていて、それでいてお洒落な雰囲気を醸し出している。
「部屋までキレイになったな。こんな美人を独占してしまって、クラスの男子には申し訳ないよ」
「ひぇ!? とし君の方はそう言うこと平気で言っちゃうところとか、変わってないよね」
そんな話をしていると、ベットの中心に黒い塊を発見する。
「もしかして、コイツが?」
「そう!私の猫ちゃんの、リンちゃん!」
するとリンちゃんはゆったりとした初動で起き上がり、結月の元へ駆け寄っていった。
結月が膝に乗せ、背中をさすると気持ち良さそうに目を細める。
「よしよし、こちらが私の友達のとし君だよー」
どうやらリンちゃんに俺のことを紹介してくれているみたいだ。が、リンちゃんはそんなこと知ったことかと言った感じで結月に甘えている。
「か、かわいい。どっちも」
結月が顔を赤くする。
「とし君またそんなこと言うー!からかってるよねぇ?」
「はぁ、ずっとみてられるわ」
すると、見ているだけの俺を見かねたのか結月が提案をしてくる。
「今日は、機嫌良さそうだし、とし君も撫でてみたら?」
「いいのか?」
「いいと思うよ」
「じゃあ、お言葉に甘えて、、、」
俺がリンちゃんの背中に触れようとした時だった。
キシャャャーーー
リンちゃんは俺に威嚇し俺の手の甲を引っ掻いた。
「痛て!」
手の甲には結構深い傷ができてしまい、血が出てしまっている。
「ごめん!今、手当てするね」
結月が慌てて謝ってくる。いや、悪いのは俺なんだ。責任を感じないで欲しいのだが。
結月が俺の手を取る。取り敢えず止血するのかと思っていたその時だった。
結月は俺の手の甲を口元へ持っていき、チロリと舌を出したのだ。な、舐めようとしたのか!?
「ちょ、ちょ何して、、、」
慌てて俺は手を引っ込める。
「ご、ごめんね。舐めとけば治るかなぁって。昔みたいに。あははー」
いや、そこは変わって無いとダメだろ。
結局、俺の血はハンカチで拭きとられて、傷を消毒して絆創膏が貼られた。
その後は色々と試行錯誤したがリンちゃんの機嫌が治らないと言うことで、今日はお開きにすることとなった。
「私のせいでごめんね。とし君。で、でも今回は初めてだったからリンちゃんも緊張してたのかも。また挑戦しよ」
結月がフォローを入れてくれる。
「いや、結月は悪くない。俺のせいだ。ただ、結月が許してくれるのなら。また挑戦させてくれ! いつか猫を吸いたいからな」
「えー猫を吸うの?」
「ああ、顔を猫に埋めて」
「ま、まぁ好きなものを吸いたくなるのはわかるけど」
なんだか違和感を感じる言い回しと表情だったが杞憂だろう。そのまま俺は結月に別れを告げ直ぐ近くの自宅に帰った。帰ったら何も無かったと千紘に報告しなきゃな。
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結月side
「はぁ」
私はほっと胸を撫で下ろして、先程、とし君の血を拭いたハンカチを取り出す。
そのハンカチの血ついた部分を鼻に付けて、、、
スゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーーーー
思い切り吸った。