妹の告白
「ごめん。住田 千紘っている?これ渡しといて欲しいんだけど」
俺は今、千紘の忘れ物を届けるため一年生の教室に来ている。今朝見た日記の事が頭をよぎるが渡さないわけにもいかないので観念して持ってきたのだ。
教室の中にずかずかと入っていくわけにもいかないので、偶然、扉の近くにいた女子に話しかけているのだが、印象はあまり良くないようだ。
「あのー靴の色を見た感じ、二年生の人ですよね?朝から千紘ちゃんに何の用ですか?もしかして告白ですか?千紘ちゃんだってこれから授業があるんです。せめて呼び出すなら放課後にしては?」
俺は学校では訳あって、あまり目立たないようにしているし、そもそも俺と千紘は血がつながっていないから見た目も全然似ていない。俺が千紘の兄だと知らないのも無理はないだろう。
それにしても千紘は友達から心配されるほどモテているのか。モテ過ぎるというのも大変だな。
「いや、違うんだ。俺は千紘の兄の住田 寿樹、千紘の忘れ物を届けに来たんだ。ほら」
俺はそう言ってその女子生徒に生徒手帳を差し出す。それを見た女子生徒はどうやら納得したようだ。
「ほんとだ!千紘ちゃん、お兄さんがいたんですね」
その後、その女子生徒は教室の奥で多くの友達に囲まれている千紘をこちらに呼び出してくれた。まぁ正直、目立ちたくないので渡しといてくれれば良かったんだけどなぁ。
「千紘ちゃんーお兄さんが来てるよー!」
千紘は少し驚いたようだったが、その後は少しも表情を変えずにこちらへ向かってきた。
ただ、一番驚いていたのは周りの生徒たちだった。いきなり現れた千紘の兄である俺に対しての値踏みをしているようだ。
「千紘ちゃんってお兄さんいたんだー!」
「知らなかったな」
「なんか全然、似てないよね」
「それ」 「でもさ・・・・・」
「「普通にカッコイイよね?」」
その瞬間、今までの無表情だった千紘が眉をひそめる。千紘の纏っているオーラが凍てつくようだった。絶対零度を体現したような眼差しに今朝の日記をみていなければ気付けなかったと思うと恐ろしくなるのだった。
「滅茶苦茶イケメンって訳でもないし、身長が高い訳でもないけど、なんか、こう雰囲気が、オーラがあるっていうか」
何ともよくわからない評価を受けている俺だがこれは、生みの親譲りの特性というか体質のようなものなので気にしないことにする。
すると千紘が俺にジト目を向けながら話しかけてきた。
「で、何しに来た訳?」
「あ、ああ。これ千紘忘れていっただろう?」
「ほんとだ!ありがとう!」
クラスメイトが見ているからか素直にお礼を言ってくる千紘だが、俺は今朝の日記を見たせいで俺にはそれが演技なのか本気なのか解らなかった。
「お兄ちゃん、なんか顔色悪いけど大丈夫?なんかあった?」
「ああ、何でもないよ」
「ふーん。何でもないならいいんだけど。何かあったら千紘にいってね」
千紘の虚ろな瞳は俺を吸い込まんばかりだ。
「千紘はお兄ちゃんのこと何でもお見通しなんだからぁ?ね?」
俺は久々に妹とこんなに長い会話をしたが、そのすべてを忘れたかった。
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逃げるように自分の教室に帰った俺はこのクラス唯一の友達である、鐘ヶ江 結月と話している。極力目立たないようにしている俺にとって結月は唯一の話し相手であり救いである。
結月は小学校から高校までずっと一緒だった、いわゆる幼馴染というやつだ。なので結月と話しているととても安心する。今朝、あんな事があったというのに驚きの安定感だ。
「それでね、田んぼでケガしてた猫ちゃんがねーーって、とし君聞いてる?」
「ああ、その動画俺も見たよ」
昔から結月は俺のことを、とし君と言うが高校生にもなって教室でその呼び方をするのは止めて頂きたいところだ。この教室で俺のことを気にしている奴なんてほとんどいないわけだが、結月は別だ。
亜麻色の髪のポニーテールが特徴的な、端正な顔立ち、人当たりもよく、皆からはおっとり系として親しまれている。男子人気も高い。そんな彼女が口走れば、「とし君って誰?」となってしまうのである。
目立ちたくない俺からしたら致命的である。
「見た?かわいいよね!?それでね?もしよかったらなんだけど、家にも猫ちゃんいるんだけど、家に来ない?」
結月はなんだか最近やけに家に誘ってくる。小さい頃はよく千紘と行ったものだが中学2年生辺りからめっきり行かなくなった。なぜもう一度来て欲しいのか疑問に思いながら行くか行かないかを吟味する。
やはり脳裏に浮かぶのは今朝の日記の内容だ。恐らくあの日記に書かれていたあの女とは結月の事だ。あの日記の事を何処まで鵜吞みにしていいのかわからないが、万が一の事があってはならないので今日はやめておこう。
「悪い。今日は用事があるんだ。また今度誘ってくれ。それと今日は一緒に帰れないな」
「そっか。なら仕方ないね」
そう言って結月は悲しそうな顔をするので何とも申し訳ないが、結月のためなんだと弁明したい気分だった。
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「ただいまーって誰もいないか」
帰宅した俺は玄関の靴を確認するが千紘を含め、普段家族が履いている靴はない。
俺は着替えて自分の部屋に行くと今日出された課題に取り掛かるが、、、、ノートを開いたとき今朝の日記の事を嫌でも思い出してしまった。
あの日記、まだ他にも何冊かあるようだった。何だか謎の好奇心に駆られる。今ならまだ、千紘の部屋は開いている。ほかに恐ろしいことが書かれていないか確認すべきではないか。
そう思った俺は恐る恐る千紘の部屋に入り、いつの間にか机の隣の本棚を物色していた。
大丈夫。妹はいつもこの時間は部活をしているし、父さんと母さんは仕事で帰ってくるのは夜遅くのはずだ。
その時だった。
「ねぇお兄ちゃん?」
後方から千紘の声が聞こえた。
「ち、千紘、、、、」
「やっぱり、みたんだ?私の日記。良かったぁ、お兄ちゃん監視しておいて。今日のお兄ちゃん、顔色悪いし、あの女とも帰らないし様子がおかしかったんだもの」
「いや、ち、千紘!違うんだこれは、、、」
千紘が手を後ろに組みながら、ゆっくりと距離を詰めてくる。またあの時の虚ろな目だ。
「無駄だよ。言ったでしょ?お兄ちゃんの事は全部お見通しだって。見たんだよね。私の日記」
昔から千紘は勘が鋭い。俺のついた噓は全て見破られてしまう。
「いいんだよ。お兄ちゃん。そんなことは。それよりお兄ちゃんは日記をみて、私の気持ちを知ってどう思ったの?」
「お、俺は・・・・・」
「やっぱり、直接言わなきゃだめだよね。お兄ちゃん・・・・・」
千紘が深呼吸をして目を見開く。一瞬ではあるが、目にハイライトが戻って来た。
「私はずっと前から、お兄ちゃんに命を救われたあの日からお兄ちゃんの事が好き。もちろん異性として」
まさか嫌われていた妹にここまで好かれているとは思わなかったが、兄として家族として答えるべき回答は一つだろう。まぁその答えは言い訳に過ぎないのだが。
「千紘の気持ちは嬉しく思う。でも俺達は異性である前に兄妹だ。だから、千紘の気持ちに答えることはできない。・・・・ごめんな」
「そっか。それがお兄ちゃんの答えなんだね」
どうやら納得してくれた・・・・・・・・・・訳ではなさそうだった。
「命を救われたあの日から私の命はお兄ちゃんの命。二人で一つの命。だからね?」
千紘は後ろで組んでいた手を解く。
「二人で、二人っきりの、私たちだけの世界へ行こ?お兄ちゃん」
窓から差し込む夕日に照らされて、千紘の手に持つ、出刃包丁が鈍い光を放っていた。