15 最後の分岐点
「号外ですっ。伝説の聖女様が、御伽噺のように空から舞い降りてきましたっ。まさに奇跡っ! クロエ様は、奇跡の聖女様なのですっ」
「「「うぉおおおおおおおっ」」」
王宮前の広場で紙吹雪の如く飛び交う号外には『トップ聖女交代、時代はティアラ様からクロエ様へとバトンタッチ』の文字。魔力切れを起こしていたティアラに不安を覚えていた王宮関係者をはじめ、聖女信仰の民主達を中心にざわめきと盛り上がりを見せる。
(これは、クロエが空から降りてきて、国中で大騒ぎになった頃の記憶だわ。完全に自分が聖女として国から見限られた瞬間の記憶……)
ティアラの記憶が封じられた地下室では、過去の王宮の記録が再現されていく。幼少期から思春期を経てついに、最もティアラのトラウマとなっているであろう『新たな聖女クロエ降臨』前後の記憶に辿り着いた。
しかも本来ならば、ティアラの耳には届かなかった宮廷魔道士やメイドの噂話付きである。
「聞いたか? 新しく現れた聖女様の話。伝説の通りに、召喚の呪文詠唱を捧げると、空から奇跡のように舞い降りてきたそうだ。これで精霊国家フェルトは、持ち直すことだろう」
「おぉっ。かつてのトップ聖女ティアラ様が、魔力切れを起こして一時期はどうなることかと思っていたが。新たな聖女クロエ様は、まだ魔法力が豊潤な十三歳。月の物さえ『まだ』だという話だし、魔力が切れることはしばらくないはずだ」
身体測定の書類から当時十三歳のクロエが、月の物さえ迎えていない未熟な少女であることが確認された。少女から大人になるため、発育を促さなくてはいけない時期のはず。だが、王宮の使用人達はクロエの発育より、聖女としての魔力安定を求めていた。
「けれど、お役御免となるティアラ様は、これからどうなるんでしょうね。やはり聖女追放の習慣に倣って、部分的に記憶を消去してよその土地へ旅立ってもらうのでしょうか?」
「まぁ追放と言っても、最低限暮らしていける金銭は、退職規定で支給されるんだ。それに聖女様と言っても、儀式用の特別な衣装や派手なメイクをしていなければ、ティアラ様だと気付く者は少ないだろう」
「可哀想だけど慣習通り、よその国でひっそりと暮らしてもらえれば……。長い目で見れば、ティアラ様のためだわ。歴代聖女様達だって、どこかで生きてはいるんでしょうし」
(王宮の使用人達、裏でこんな噂話ばかりしていたのね。これじゃあ、歴代の聖女が報われない……使い捨ての魔力装置のようだわ)
結局、この国の民にとっては、聖女は生活の資本となる魔力の便利な供給源であり道具に過ぎないのだと、ティアラは改めて痛感した。
だが、その一方で過去のティアラは自分がこの国から追放される未来に、急を覚えていた。記憶再現の部屋では半年ほど前のティアラが、自室を行ったり来たりしながら、追放への焦りを見せる。
「あぁ……覚悟は出来ていたけど、追放へのカウントダウンが始まったのね。お父さんやお母さんにも聖女になるという名目で棄てられて、今度は王宮にも魔力切れで棄てられる。どうして誰も私を必要としてくれないのっ! 今までチヤホヤしていたのは、やっぱり道具として見てたからなんでしょう? こんな国、こんな酷い国……いっそのこと。うぅ……誰か、私を助けてよ!」
吐露される台詞の数々は、ティアラが心の奥に秘めていた焦り、不安、孤独感、そして絶望だった。現実のティアラは気丈に振る舞い、大人しく追放の決定に従っていたが。潜在意識の奥底では、随分と王宮を恨み、苦しみを感じていたようだ。
けれどティアラはこの後、運命の相手であるジルと偶然出会い、自分の最後の魔力を承認欲求ではなく他者のために使う大切さに気付くことになる。
(大丈夫よ、過去の私! 貴女はこんな狭いところで、悩みながら終わるような女じゃないわ。もっと外に目を向けて……!)
やがて場面は、『未来の夫ジル』と出会うはずのパーティーの夜に切り替わった。王太子マゼランスの付き添いで同席したパーティーだったが、秘密裏の話し合いの場から席を外すように促されて席を外したのである。
中庭の噴水は夜風と調和して、心地よい水のハーモニーを奏でている。ところが、噴水の前で佇んでいたのは、ティアラの夫ジルではなく、この空間にティアラとポメを閉じ込めた元凶の『闇の精霊』だった。
「えっ……どうしてこの場所に、闇の精霊が? この空間は私の記憶で、すべて形成されているものなんじゃないの?」
「くくく、ようこそティア。さて、長い輪廻の果てに辿り着いた最後の選択だ。貴様にチャンスを与えよう。運命を別のものに変える【最後の分岐点】とも言えるチャンスを……な」