14 隠していた過去の涙
「見たところ秘密の地下通路といった雰囲気だけど、壁際に設置された蝋燭だけじゃ足元が殆ど見えないね。よし、僕が光魔法で明るくしよう」
ポメは言うより早く、普段は隠れている額の宝石に意識を集中させて、光魔法を発動した。小型犬サイズのポメの位置から灯りが点けば、足元は随分と見えやすくなる。
「ありがとうポメ、この明るさなら階段に躓く心配もないわ」
「多分、妙な仕掛けはないと思うけど。慎重にね、ティアラ」
(通常時であれば犬語で『きゃうん』としか鳴けないポメが、言葉が通じるだけで、こんなにも頼もしい存在だったなんて)
ティアラは自分が飼い主ながらも、ポメの内面の逞しさにこれまで気付けなかったことを恥じる。その反面、自分のポメへの愛情が、きちんと通じていたことに安堵を覚えた。
暗い地下の階段をポメの額の宝石から照らす灯りを頼りに、ゆっくりと降りていく。すると懐かしい、くすんだ銀細工の飾りがついた木の扉の前に辿り着く。銀細工は蝋燭の灯りを近づけてよく見ると、葡萄の模様になっていた。
「これは、この葡萄の銀細工の飾り。何処かで見たことがあるようなデザインの扉だわ。けれど、一体何時ごろの記憶なのか思い出せない。何故かしら?」
「人間は潜在意識の奥に過去の記憶を持ち合わせていて、大人になってもそのトラウマに縛られていると聞く。おそらくこの扉の向こうは、ティアラの隠していた過去の涙が作り上げた空間。見覚えがあるのは、いつもティアラの心に隠されたイメージ的な扉だから……なんじゃないかな?」
「隠していた過去の涙、この扉を開けると、本音の自分と向き合うことになるのね。私は先に進むために、過去を越えるわ」
ギィイイッ!
思い切ってティアラが扉を開けると、パステルカラーの広い子供部屋だった。部屋で俯きながら膝を抱える銀髪のツインテールの少女、無造作に床の上で転がるくまのぬいぐるみ、子供にはやや難しいであろう数々の魔導書が散乱している。
『アタシ、頑張って魔法いっぱい覚えたよ。これで王宮の聖女様になれるのに、ママ達とはお別れなんだって! どうして、話が違うよ』
『そんなことないわ、ティアラ。確かにママやパパとは会えなくなるけど、聖女様はお国のための大切な存在。聖女様になれば、精霊国家フェルトのみんなと家族も同然よ』
涙を溢して落ち込む銀髪のツインテールの少女は、間違いなく過去のティアラ本人だった。聖女試験に合格したものの、家族との関係を断ちたった一人で王宮入りしなくてはいけないことになった時のトラウマだ。
『ママもパパもアタシのこと、いらなかったんだ! アタシは聖女になるという理由で、家族に捨てられたんだっ。うぅ……うわぁあああんっ』
泣きじゃくる銀髪ツインテール姿の幼いティアラは、実際の過去の出来事よりも誇張されている気がした。
(今となってはすっかり忘れていたはずの記憶だけど、当時は随分と両親を恨んだ気がする。けどまさか、こんな風に記憶が潜在意識の奥に収容されていたなんて)
唖然として自分の過去のトラウマを見守っていると、幼いティアラの隣にもう一人のティアラが現れた。セミロングのハーフアップヘアで、ブレザーの制服姿。おそらく王宮で聖女をしながら、女学生として勉強していた頃の記憶だ。
『午前中は勉強、午後からは聖女のお祈りの仕事。今日は生理痛が酷いから、部屋で寝ていたいけど……休むことさえ出来ないなんて。あっ王太子様……』
『おやティアラ、顔色がすぐれないな。そういえば最近、ようやく月のものがくるようになったらしいじゃないか? お前はいずれ僕の子を身篭り、次なる王を産むのだから。美貌を衰えないように気遣い、未来の出産を考慮して体調管理くらいしっかりしろよ』
『どうして王太子様は、私のことより、将来の子供のことを心配してるの? 今の私の辛さに気づいてよ。それとも聖女は王太子様の子供を産むためのお人形なの? もうこんな生活やだわ』
やはり人知れず涙を流していた頃の記憶が、再生されているようだった。幼少期同様、現実の出来事よりもやや誇張された記憶だが、遠くはないトラウマだ。女学生時代のティアラが、なり始めの月経の苦しみと理解の低い王太子への嫌悪感に苛まれていると、最後の試練が始まった。
――空から、新たな聖女であるクロエが降りてきたのだ。
『ふあぁっ! よく寝たっ。あらっ? アタシったら、どうしてこんな大きなお城にいるのかしら?』
聖女ティアラが追放される原因人物のクロエ、彼女への心の奥に隠したあらゆる感情の記憶が再生されようとしていた。