13 闇を振り払う道標
「ティアラ、起きて。ティアラ……!」
混沌とした闇の異空間へと飛ばされたティアラの魂は、衝撃に耐えきれず深い眠りについていた。だが、爽やかな少年の声がティアラを呼び覚ましてくれたおかげで、辛うじて死を迎えずに済む。
「ううん、ここは一体? 屋内のはずだけど、暗い闇の中に星が散りばめられている。まるで部屋そのものが、夜空のようだわ」
「おそらく、この部屋は【宇宙】と呼ばれるものをモチーフにしたものだろうね。闇の精霊は宇宙空間のブラックホールから生まれ出て、消える時もまたブラックホールへと戻っていく。言い伝えだと、深い闇は時を超えて渡るとされているから」
先ほど、ティアラを起こしてくれた少年の声は、床にぺたりと座り込むティアラの真横から聞こえてきた。しかし、キョロキョロと見渡しても人間らしき姿は見えず。
代わりに、茶色いふわふわ毛並みのポメラニアン似の幻獣ポメが、ちょこんとおすわりのポーズでティアラを見守っている。
そう、少年の声は、他ならぬ幻獣ポメから発せられるものだったのだ。
「ポメ、貴方この空間だと、普通におしゃべり出来るのね。そういえば、以前も人間語でアドバイスをくれたんだっけ」
「うん。夢の中や宇宙空間は、潜在意識の底の部分と繋がっているからさ。僕とティアラみたいに種族が違う生き物同士でも、魂で意思疎通が出来るんだ。ともかく、無事で良かったよ」
「心配かけてごめんね、ポメ」
人間語を話すポメは相変わらず柔らかい物腰だが、やはりそこはポメラニアン型の幻獣。頭をもふもふと撫でてやると、気持ちよさそうに目を瞑って甘える仕草。
ポメの可愛さと冷静さに助けられたティアラは、ようやくこの空間から脱出する手段を考察する。
「もしかしたら、この空間の何処かに仕掛けがあるかもしれない!」
「うーん。おかしいわ。ここにワープ出来たと言うことは、脱出ルートも何処かにあるはずなんだけど。この星々のどれかが、鍵になっているのかしら」
キラキラと光る星は消えるだけで、パチンッと弾けてしまう。夜空に腕を伸ばしても、ショートダガーで壁に出口がないか探っても、一向に脱出ルートは見つからない。
『クックック。貴女達は、ここでしばらく大人しくしていなさい。やがて時が経ち、聖女クロエの魔女裁判が終わり、精霊国家フェルトは完全に解体されるでしょう』
やがて星空の上から、ティアラ達を閉じ込めた元凶である闇の精霊の声が、聞こえてきた。
「……つまり、時間の経過を稼ぐため、そう言うこと? 私達を魔女狩りが終わるまでこの異空間に閉じ込めて、目的を遂行する気だったのね。けど、どうして闇の精霊がそこまでクロエを敵視するの」
『敵視しているのは、私ではありませんよティア。本当にクロエを敵視しているのは、他でもないティア自身ではないですか。顕在意識……つまり頭ではクロエを救いたいと言いつつ、本音の部分……潜在意識のさらに奥の方にある無意識の領域では、未だにクロエを憎んでいる。せっかく現世の夫ジルが因果の鍵を閉じてくれたのに、貴女自身が抜け出せないとは』
闇の精霊の意外な指摘に、ティアラは思わず肩をびくりと震わせる。この震えはティアラ自身のものというよりも、奥深くに組み込まれた前世や先祖の因縁の部分が、反応を起こしているように思えた。
「潜在意識の奥にある……無意識の領域? やめてよ、まるで私の中にもう一人の知らない私が、無意識の内にいるみたいじゃないっ」
『何も無意識の自分をそこまで恐れることはないんですよ、ティア。貴女を前世で裏切った憎い妹クロナは、遠い子孫クロエとして生まれ変わっても、再び貴女を裏切った! メビウスの輪から抜け出せないように、姉妹の因果を継ぐものとして、裏切りと報復を繰り返すのでしょうっ。そしてその憎しみが、我ら闇の精霊の魔力の糧になるのです』
ティアラとクロエをご先祖様である魔女姉妹の生まれ変わりであると断言し、さらにその憎しみは何度転生しても続くと予言する闇の精霊。
(この閉ざされている宇宙空間が、前世から継承した前世の無意識だとすると。つまりここは、心の闇そのもの? だとすると、扉を開ける方法は……私自身が前世の傷を癒すしかないっ)
出口を見つけるため天井や壁際ばかり探していたが、前世のトラウマが関係しているなら意識を向ける先は……潜在意識に該当する硬い地下の方だ。手で床を探ると仕掛けがあり、地下室への階段が続いていた。
「これは、おそらく深層心理のもっとも一番奥、無意識への入り口だね。どうするティアラ」
「もちろん行くわよ、ポメ。生まれ変わるたびに、何度も下らない足枷に振り回されるなんて、ゴメンだわ。もっと奥深くに、心の深層部まで……私は自分の闇を振り払うっ」