12 雷鳴は運命を切り裂く
『散財と我儘による財政破綻の原因、悪い魔女である聖女クロエを魔女裁判にかけろ』
精霊国家フェルトの解散に伴う断罪の噂が飛び交い、特に現在投獄中の聖女クロエの処遇が注目されていた。
僅か十四歳の少女であるクロエを処刑することに反対する意見も多く、断罪実行までに猶予があった。
「移民受け入れ側として、魔女狩り防止活動の代表者として、魔女狩り推進派に意見を述べます!」
これも不思議な星の巡り合わせなのか、ティアラは自らを追放した元凶である因縁深い聖女クロエの命を巡る交渉を行うことになったのだ。
* * *
話し合いの場は、ティアラ側から提供することになり、丘の上のハルトリア公爵邸を使用することになった。怪しい雲行きを示唆しているのか、あいにく暗雲立ち込める空模様で、ポツポツと雨粒が降っている。
傘もささず邸宅の門を叩いたのは、昔ながらの黒ローブファッションの男魔道士。胸に下げた逆さ十字架のペンダントから、闇魔法を信仰していることが窺われた。
「初めまして、ローゼン・デルタと申します。まさかハルトリア公爵邸にお招きいただけるなんて、思ってもみませんでした。あいにく仲間達は、まだフェルトで仕事中でしてね。私一人でお話しを伺いますが、どうぞよしなに」
にこやかな笑顔だがウエーブがかった黒髪と青白い顔色、端正な顔立ちも相まって人間離れしたオーラの持ち主だ。
「ローゼンさん、遠路はるばるお越しいただき、ありがとうございます。詳しいお話しは、客間でゆっくり……どうぞ」
表向きはゲストという扱いになるため、公爵夫人であるティアラを始めメイドや執事が丁寧に接客し、客間でお茶を飲みながらの話し合いとなる。
遠慮がちに真紅のソファへと腰掛けるローゼン・デルタは、弱気な魔道士といった雰囲気だが、内実が異なるのは明白だった。彼から発せられる魔法力は人間の限界レベルに到達しており、ティアラと同席するジルや背後で見守る幻獣ポメも警戒心を解くことが出来ない。
「……聖女クロエの処刑は、取りやめにして貰えませんか?」
ティアラが魔女狩り反対の本題に入ったところで、ローゼン・デルタの表情が一変。最初の友好的な態度は、やはりお世辞だったのか、攻撃的な本性を露わにし始めた。
「それにしてもハルトリア公爵夫人は、随分と物好きですなぁ。偽善パフォーマンスとはいえ、わざわざ自分を追放した仇を助けてやるなんて」
「妻の厚意を偽善パフォーマンスとは……心外ですね。大公国ハルトリア側からすると、解散する国の移民を受け入れるわけですから、それなりに負担がある。今時、批判されるのが分かっている魔女狩りをしていたとなれば、ハルトリアのイメージにも拘わります」
妻であるティアラを面と向かって批判されたのが、頭にきたのか。普段は冷静なジルが、ややムキになってフォローに入った。けれど、『魔女狩りをしている国からの移民を受け入れるとハルトリアのイメージが悪くなる』というのは、いつもは口にしないジルの本音だろうとティアラも納得する。
「奥様を前に出して聖女様ごっこをしたいのであれば、もっと上手い方法を教えて差し上げますが。それとも聖女様ごっこで、大衆に自らのお力をアピールするのが、大公国ハルトリアの地位向上手段なのですかな?」
捲し立てるようにティアラの魔女狩り防止活動を『聖女ごっこ』ひいては、ただの偽善、パフォーマンスという揶揄をする。だが、このような煽りに屈しては、精霊国家フェルトも大公国ハルトリアも昔ながらの風習から抜け出すことは出来ない。
「私は自分の地位や評判のために、聖女クロエの魔女狩りを反対しているのではありません。哀しい歴史にピリオドを打ち、別の形で罪を償わせるようにと提案しているのです!」
「ふんっ。せっかく世間に魔女を処刑する瞬間を見せつけて、上層部の権力をアピールするチャンスなのに、ハルトリア一族は馬鹿な嫁をもらったものだ。嗚呼、嘆かわしいっ」
すると、ローゼン・デルタの怒りと連動するようにガラガラと不穏な音を立てて、窓の向こうで雷が鳴り響く。
「これは……この黒い魔法は? ローゼンさん、あなたまさか……闇の精霊っ?」
「そうだよ、ティア。せっかく前世の悲願を果たしてやろうとしたのになぁ。所詮、馬鹿は生まれ変わっても何も何も、何も変わらなかったかっっ! 滅び、断罪、これらの見せしめが人間共に必要だということが……まだ、分からないのカァアアア!」
「きゃああああっ」
闇の精霊ローゼン・デルタが号令をかけると、雷鳴が運命を切り裂くように亜空間が生まれた。そしてティアラの意識は雷の轟音と共に、深い深い闇の中へと落とされていったのである。