11 聖女の決意に迷いは無い
いよいよオープンした『錬金魔法ショップティアリィ』は、予想を遥かに上回る盛況ぶりだった。連日、フリーランスの魔法使い達が必要な道具を買い出しにくるため、十分に用意していた在庫もそろそろ品薄状態だ。コーナーによっては、行列にならないように整理券を発行して、対処しなくてはならない。
「ねぇオーナーさん。このお店はギルドに所属していない人でも、魔法グッズが購入出来るって聞いたんだけど本当ですか?」
「はい、フリーランスの方向けの保証制度も付いております。是非ご利用ください」
接客に関してはオーナーであるティアラ自らも応じており、人手は幾らあっても足りない状態。応援としてロンドッシュから魔法グッズ管理会本部の魔法使い達が駆けつけて、どうにか対応している状況である。
「ふう……それにしても、連日お客様が絶えませんねぇ。商売としては嬉しい悲鳴ですが、体調管理は気をつけないと。ティアラさん、そろそろ休憩時間にされたら如何ですか? 今日はほとんど休みなしですし、身体に響きますよ」
「そういえば、お昼も食べないでもう午後の三時を過ぎちゃったわね。食事休憩に行ってくるわ」
「是非、そうしてください。移住者向けの案内は、我々ロンドッシュチームがやっておきますから」
働き詰めのティアラだったが、見兼ねたロンドッシュからの応援従業員に休憩時間を取るよう勧められてしまう。裏のスタッフルームでインスタントコーヒーを淹れて、卵のサンドイッチを片手にようやく一息つく。
かなり疲れているのか、紙コップのインスタントコーヒーから漂う香りが鼻腔をくすぐり、精神安定剤の役割となっていた。
モスグリーンのソファにもたれて疲れを取るティアラの足元に、茶色いモフッとした毛並みがそっと駆けてきた。ポメラニアン似の使い魔幻獣ポメが、隙間時間を見て飼い主であるティアラに甘えにきたようだ。
「きゅいーん、くうーん」
「あら、ポメ。あなたずっとこのスタッフルームで待機していたの? ごめんね、構ってあげられなくて」
「きゃわん!」
一般向けの魔法グッズ専門店がハルトリア公国内に存在していなかったことも忙しい理由の一つだが、最大の理由はもっと別のところにあった。
「今ね、フェルトからの移住者がたくさんお客様としていらしているから。しばらくは忙しいけど、落ち着いたらまた一緒に出掛けましょうね」
「くうーん」
忙しさの原因……それは『精霊国家フェルト解散』による魔法使い達の移住者の増加、魔法グッズの需要増大だった。
職を求める魔法使い達がこぞってフェルト出身である元・聖女ティアラの店に押し寄せたのである。
* * *
移住者が集う魔法ショップティアリィの談話コーナーでは、しょっちゅうこんな声が聞こえてくる。
「しかし、良かったよ。ちょうど良いタイミングでハルトリアに魔法グッズの店が出来ていて。住民手続きが終わっていない我々移住組は、すぐには魔法ギルドに所属出来ないし。フリーランスでやっていくしかないからねぇ」
「危ういとは噂だったけど、精霊国家フェルトがこんなに早く解散になるとは。古い文明の最後は呆気ないもんだ。せめてフェルトの文化だけは、生き残りの魔法使いで残していきたいもんだよ」
結局のところ、聖女ティアラが追放されて僅か数ヶ月で、精霊国家フェルトという国は過去のものとなってしまった。談話コーナーの掲示板には、クラン結成のお知らせ、手頃な魔法使い向けアパートの賃貸情報など、役立つ案内が盛りだくさんだ。
そして絶えず知らされる情報の中には、精霊国家フェルトが今後どのように変容していくのかも含まれていた。財政危機をもたらした王太子マゼランスと聖女クロエの今後の処遇についても、随時掲示板に更新されていく。
移住者達も職が安定してきたのか、だいぶ錬金魔法ショップティアリィへ出入りが落ち着いてきたある日。これまでのニュースの中で最も大きな情報が、緊急で入ってきた。
『財政危機の原因である聖女クロエを魔女狩りにかけることが、魔女狩り推進派によって決定したらしい。まだ十四歳の少女クロエへの断罪は反対派の意見も多いが、決行は一週間後と予想される……』
このニュースは瞬く間に大公国ハルトリアにも広まり、魔女狩り防止活動を行うティアラにとって動くべき時が来たことを意味している。
(ついに、この日が来てしまったのね……例え魔女狩りの対象である相手が私を追放した元凶である聖女クロエであっても。私は自分の使命を全うしてみせる……!)
――本物の聖女であるティアラの決意に、迷いの文字は無かった。