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追放された聖女は幻獣と気ままな旅に出る  作者: 星里有乃
旅行記6 もう一人の聖女を救う旅
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10 因果の鍵が閉じる音


 ――読書に没頭してから数時間、夜風がぴゅうっと開いた窓から吹き込んできて、書物のページがパラパラと捲れる。羊皮紙が風に晒された音で、ティアラは二百年前の魔女姉妹の物語の中から、ようやく我に帰った。


(はっ……私ったら、今まで一体何を? 本を読んでいたはずなのに、まるでご先祖様の生き様を目の前で、ずっと見ていたような感覚だわ)


 ライティングビューローに備え付けられていたオレンジ色のランプの灯りは、部屋全体を照らすには頼りない。だが夜に読書を愉しむ分には、充分な明るさだ。ふとベッドの方を確認すると、愛する夫のジルが目蓋を閉じて休息を取っている。幻獣のポメはソファの上でふわふわの毛並みを丸く整えながら、寝息を立てて眠っていた。


(あぁ良かった。ここは私のご先祖様が住んでいた二百年前の僻地ではなく、現代の宿泊施設だわ。私の夫はマゼランス王太子似の精霊魔法使いミゼルスではないし、クロエそっくりの妹だっていない。私は私、現代の元・聖女ティアラよね)


 ティアラはいつの間にか物語の中に引き込まれており、その浮かんでくる情景は魔法の如くあまりにも臨場感に溢れていた。繊細な挿絵も相まって、そのまま本の世界へと取り込まれるかのように。

 ホッと胸を撫で下ろしていると、書物を読み終わったことに気づいたのか、ポメが目を覚ましてちょこちょことティアラの元へと駆け寄ってきた。


「きゃうーん」

「あら、ポメ。ごめんね、起きちゃった?」

「くーん」


 尻尾を振ってティアラを見上げる姿は、幻獣というよりもただの小型犬ポメラニアンだが、額にほんのりと光る魔石が幻獣の証である。そこでふと、先程の物語に登場してきた『幻獣ポメーラ』と自分の飼っている幻獣のポメが非常に近しい存在であることに気づく。


(二百年前の精霊魔法使いに飼われていた幻獣もポメラニアンに似ていたんだっけ。けど、本当に似ているだけなのかしら。もしかして……)


「ねぇポメ、あなたって一応幻獣よね。伝説だと幻獣は長命だというけれど……もしかして、あなた昔にこの魔女地域に遊びにきたことある?」

「きゃうん?」


 つぶらな瞳をパチクリとさせながら首を傾げるポメは、『そんな昔のこと分からないよ』と言わんばかり。よく考えてみれば、ポメはギルドのレンタル幻獣を経てティアラの元へと渡ってきた『記憶消去済みの幻獣』だ。

 するとティアラの語りかける声やポメの鳴き声が睡眠を妨げたのか、はたまた元から起きていたのか。ジルがむくりとベッドから身体を起こして、大きく伸びをした。


「やっぱり疲れが溜まっていたかな、随分と休んじまったが。まだ夜の十時か……晩酌でもしてからもう一度寝るか。ところで、ティアラはもう書物には目を通したのか?」

「えぇ。最初のページから最後まで、ひと通りは目を通したわ。古い魔法文字で記入されたページがあるから直しが必要だけど、それ以外はそのまま発行出来そうよ」


 まさかご先祖様の因縁が、そのまま王太子マゼランスや聖女クロエに継承されているかも知れないとは伝えられない。だが夫ジルに似た人物は、この物語には一切登場しなかった。仮に因果を継承していたとしても、夫がジルに成り変わった時点で因果から解放されているはずだ。


「そいつは良かった。これでオレも安心して、今夜の酒に酔いしれられるってもんだ。おっ……ポメもオレと一緒に晩酌したいか? よしよし、お前の好きなジャーキーもあるからな」


 これから晩酌するというジルにオヤツをおねだりしたいのか、ポメはティアラの元からちょこちょこ歩きで今度はジルに駆け寄る。いつもはティアラ派のポメだが、晩酌のオヤツだけはジル頼りだ。早速、小さなジャーキーを咀嚼して、ご満悦の様子。

 そして、ティアラもまだ酒を飲める年齢ではないものの、いざという時の心の拠り所はジルなのである。


「ふふっポメったら! 私も何か一緒に頂こうかしら?」

「あぁ……ティアラはこの一ヶ月ばかり気を張りつめていたし、今日はこの辺りで仕事は休んだ方がいい」

「ジル、あっ……ん」


 ジルはそっとティアラを抱き寄せて、優しく触れるだけのキスを唇に落とした。言葉にはそれほど出さないが、ジルはティアラが不安そうな時には寄り添い、こうして態度で愛情を示してくれる。自己投影にも似た二百年前の魔女ティアとの精神的なシンクロが、すうっとティアラの中から消えていくのを実感した。


(自分と二百年前の魔女ティアを重ねてしまったけれど、私にはこんな素敵な夫ジルがいる。だからきっとこれからもずっとずっと、幸せに暮らせるわ)


「ちょっと風が冷たいな。窓、閉めるか……」


 カチャンッ!


 安堵するティアラを窓の向こうから、『誰かの魂』が覗き込んでいた気がした。だがそれに気づいたのは、窓を閉めて因果に鍵をかけたジルのみであった。


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