08 義妹を妻に迎えた夜
夕食が終わってクロナは洗い物を済ませて、食後のお茶でリラックス中。ミゼルスはブランデー片手に物思いに耽っていた。ペットの黒猫幻獣ルンは、クロナの隣でまあるくなってすやすやと眠っている。寝息を立てるルンの背中を撫でながら、クロナは香りの良いアップルティーを飲んで、心の動揺を鎮めていた。
(さっきは、ミゼルスお兄ちゃんが私に好意を示してきて驚いちゃったけど。今年も普通にお仕事が終わったら、何もなかったように精霊国家フェルトに帰っちゃうんだろうな。けど……今回の滞在期間は去年のようには行かない気がする。何か大きく、私の人生が変わっちゃうような……)
クロナがチラリと義兄の様子を見ると、ミゼルスも気まずいのか、それともただの義妹に対するお世辞だったのか、ブランデーとナッツを交互にゆっくりと味わっているようだった。義妹であるクロナからするとミゼルスの本心が分からないまま、最初の滞在日から一週間が過ぎた。
* * *
その日はたまたま、クロナの本職である『錬金魔法作業』が長引いてしまい、クロナは遅めのお風呂となった。
時刻は午前零時をすぎた頃、風呂上りのクロナと就寝中だったはずのミゼルスがリビングで鉢合わせてしまう。
「あれっ……ミゼルスお兄ちゃん、まだ起きていたんだ」
「あっああ。喉が渇いたから水を飲もうと思って……もうすぐ満月が近いせいか、あまりよく眠れないんだ」
「待ってね、確か錬金冷蔵庫に不眠に効く手作りのドリンクがあるから。冷たくて美味しいよ、睡眠も取りやすくなるし一緒に飲もう!」
成長目まぐるしい十八歳のクロナは、身体こそ大人の女になり始めていたがニコッと笑うと出会ったばかりの頃の幼さもあり、心はまだ無邪気な少女のままのようだった。
けれど彼女を異性として意識し始めたミゼルスにとって、クロナを妹として接することに限界を感じていた。
「えっと……クロナちゃん」
「あっルンが、今熟睡しているから、ここではあまり大きな声出さないでね。ええと……何処で飲もうかしら?」
「それなら、僕の部屋で」
「えっ…………?」
部屋に誘われて一瞬だけクロナの表情が硬くなった気がしたが、その後黙って頷いた。
大人の男女が、二人っきりで寝室に行くという意味をクロナとて、理解できぬはずがない。それ故に無言の了承は、ミゼルスに『男としての自信』を与えた。
ミゼルスの自室はそれほど大きくないが、二人きりで談笑するには十分な広さである。初めのうちはたわいもない会話が続いていたが、クロナが部屋を立ち去ろうとした時にミゼルスがクロナを引き止め、その内に秘めた想いを告げた。
「……もう僕は自分の気持ちを抑えられないっ! 好きだよ、クロナちゃん。姉妹を両方愛するなんて本当は背徳かも知れないが、精霊国家フェルトでは一夫多妻は法律で認められている。必ず幸せにしてあげるから……」
姉の夫であり、初恋の人でもあるミゼルスにギュッと抱きしめられて、クロナは思わず泣き出してしまう。
「どうして、どうしてなのよ。ミゼルスお兄ちゃん……私、ずっとお兄ちゃんのことが好きだった。けどまだ子供だったし、ティアお姉ちゃんもいるし、ずっとあなた達夫婦の妹でいようと思っていたのに。なんで私の心をかき乱すの? このままじゃ私、悪い魔女になっちゃうよ!」
「キミは悪い魔女なんかじゃない、姉想いで優しく可愛らしい『聖女』だ。悪者がいるとしたら、それはきっと姉妹を両方好きになってしまったこの僕だろう? 後のことは僕に全部任せてくれればいいから……」
「うぅ……ミゼルスお兄ちゃん……好き、私もミゼルスお兄ちゃんのことが……大好き」
ついに恋心を通じ合わせた二人は、熱い口づけを交わし、その日の晩から共に一つのベッドで眠るようになった。二人目の妻としての入籍手続きが終わる頃には、既にクロナは身篭っていた。
結局、その年の残りの期間は『二人目の妻クロナ』の出産準備のため、ミゼルスは精霊国家フェルトに帰らなかった。その後も一年の大半をフェルトではなく、魔女の村で過ごすようになっていく。
それはミゼルスが一年のうちでほとんどの時間を姉のティアではなく、妹のクロナと過ごしていることを意味していた。




