07 想いは今にも溢れ出しそうなほど
精霊魔法使いの青年ミゼルスと魔女姉妹の姉であるティアが結婚して五年の歳月が流れた。結局、妹のクロナは精霊国家フェルトへ姉を嫁がせて、自分は魔女の村に残ることを選んだのだ。その後クロナは、十三歳から十八歳まで猫型幻獣ルンと共に一人と一匹で家を守り生き抜いた。
と言っても時折、店舗経営の買い出しのためにミゼルスが村に足を運んだ際に、クロナの様子を見に行くのが家族の決まりだ。一族で暮らす者が多い魔女地域において、若い娘の一人暮らしは珍しく、クロナはひそやかに注目される存在だった。
「ラベンダー畑のお家に残ったクロナちゃんは、お姉さんが嫁いでからも一人で錬金道具をこさえて、手堅く生きているんだろう。エライねぇ」
「たまにティアの旦那がクロナちゃんに会いにくるみたいだけど、最近はティアの方は顔も見せなくなって。本当に大丈夫かしら」
「あれだけ別嬪さんに成長したのに、ミゼルスのせいで独身なわけだから。もしかすると、ミゼルスの第二夫人として迎えてもらう事になるのかねぇ」
二百年前の精霊国家フェルトは、一定以上の収入がある男に限り一夫多妻を正式に認めている数少ない国だ。魔法使いでありながらいくつかの店を切り盛りするミゼルスが、富裕層であることは明白で、それはティアの他にも妻を迎えても良いという指標でもあった。
「あなた、明日から商品の買い付けも兼ねて魔女の村に行くのでしょう? 私は子供の世話で行けないけれど、妹によろしく」
「ああ、クロナちゃんのことはまかせてよ。三ヶ月くらいで戻るからさ」
旅行用のカートを手に、いつもより身なりの良い服装で出掛けるミゼルスは、まるでデートにでも行くかのようなお洒落ぶり。まだ幼い子供とともに夫の背中を見送るティアは、ふと不安な気持ちを呟く。
「三ヶ月、長いようで短い三ヶ月、まるであなたは二つ帰る家があるようだわ。まさかクロナのこと……やだ、私ったら何を……この気持ちは女の勘ってヤツかしら。けれど精霊国家フェルトはある程度の富裕層であれば、妻を二人娶ることが出来る。今から覚悟しておかないと」
クロナは完全には孤独にならなかったが、その代わりにミゼルスへの内に秘めた恋心を募らせる結果になってしまう。そして大人の女性に成長していくクロナの美しさに、ミゼルスも徐々に惹かれていってしまう。
妻であるティアは、夫のミゼルスが次第に浮き足立ってクロナに会いに行くことを不審に思うことが増えていった。
* * *
「ミゼルスお兄ちゃん、お帰りなさいっ。遠路はるばるご苦労様、今日はクロナ特製のビーフシチューとアップルパイよっ。ルンのエサもいつもより奮発してるし、二人と一匹で一緒に美味しく食べようっ」
「みゃうーん」
黒く長い髪は銀髪のティアとは対照的だが、しなやかな黒猫のように可愛らしく美しい。いつもクロナが黒猫に見える幻獣を使い魔として連れているせいで、余計ミステリアスな可愛いさが増して見えた。
数年前は幼い体型だったクロナは、いつの間にか細身ながらも女の色気を漂わせるようになっていた。いつまでもミゼルスを『お兄ちゃん』と呼び、甘えるようにしながらも懸命に尽くしてくれる健気な様子は、ミゼルスの男心をくすぐるのに充分だ。
「……! ただいま、クロナちゃん。あぁ会うたびにクロナちゃんはどんどん綺麗になって、僕は……僕は……このままだとキミのことを妹ではなく、一人の女性として……!」
「……ミゼルスお兄ちゃん? もうっ冗談やめてよ、あっビーフシチュー用意しないと。リビングで休んでていいから……」
一年のうち三ヶ月だけ、クロナの家には温かい家庭が戻ってくる。だからクロナはミゼルスと両想いなのではないかと気付いてからも、敢えて義妹というポジションを守るように心がけた。
その日の晩餐。
鍋から溢れんばかりにグツグツとした『クロナ特製ビーフシチュー』は、少しばかり煮込み過ぎてしまったようだ。それはまるで、義妹のクロナと義兄のミゼルス、お互いの気持ちが限界を超えつつあることを表しているようだった。