04 アップルティーは魔法の香り
先ほど決まった今回の旅のメインテーマは、二百年前の伝説にある聖女と魔女の姉妹の記録を調べること。魔女狩り防止のための歴史を知るにあたり、聖女という職業についていたティアラにとって最も身近な伝説である可能性が高い。
伝統的な田舎の魔女料理も美味しく、心も空腹も満たされてお土産コーナーなどを見ているうちに、やがてチェックインの時間になった。ティアラ達は遠くの足を伸ばすのは明日以降にし、今晩は部屋で休むことにした。
預けていた荷物をカウンターで確認し、鍵を受け取るための手続きをすると、受付嬢の一人がジルの身分がハルトリアの公爵であることに気づく。
「まさか本当にハルトリア公爵様達がいらっしゃるとは、都会に比べると何もない田舎町ですが健康に良い花々をたくさん育てております。ルームサービスにて名産のハーブティーや香草クッキーも提供する予定です。是非、ゆっくりと滞在されてください」
一応、この村の村長にはお忍びの旅行であることを伝えてあるが、宿泊施設の従業員からすると、特別なゲストという緊張感が拭えないのだろう。あまり気を使わせないように、ごく自然な態度でジルとティアラは手続きを済ます。
「ありがとう、そうさせてもらうわ。あら……? このノートは」
「それは、魔女狩りを防止するための署名運動です。一見平和に見える村ですが、時折魔女狩り思想を持った団体がやってくるので。その防止にと……」
カウンターの端の方には、遠慮がちに『魔女狩りの反対運動署名お願いします』とのノートがひっそりと置かれていた。
「私達も是非、協力させて頂くわね」
「あぁ……ありがとうございます。まさか公爵様と聖女様が、我々のために署名をしてくださるなんて。この御恩は一生忘れませんっ」
ティアラとジルは当然のように署名をしてから、部屋の鍵を受け取りカントリー調のベッドルームへ。深々と頭を下げて何度もお礼する受付嬢からは、涙の滴がポタポタと溢れていた。その涙はこの村がまだ深い傷を背負っていることを現しているのだった。
* * *
「普通に飲食店を利用する分には、楽しくやってる雰囲気なのに。ところどころ魔女狩りの気配があるな。まぁ三年前に最後の魔女狩りが行われたんじゃ、警戒心が解けなくても無理ないか」
「そうね、けどちょうど魔女狩りを廃止出来る帰路に、立ち会っているのかも知れないわ。それに聖女信仰と魔女信仰のルーツが同じものだったなんて、きっと精霊国家フェルトの民も知らない情報のはずよ」
ティアラ達が借りる部屋は、キッチンやバストイレ付きの1LDKで、長期滞在者用の賃貸住宅のような役割を果たしている。ひと息入れるためにリビングのソファに座り、受付で貰った魔女地方の観光名所パンフレットを見直す。
「つまり、この魔女地域の歴史資料館ってところに訪問するのか」
「明日にでも例の聖女と魔女の姉妹が過ごした場所に行って、もっと資料を集めるといいわね」
白の聖女と黒の魔女の姉妹が暮らしていたとされている屋敷は、今では記念資料館になっている。パンフレットには銀髪の聖女と黒髪の魔女が姉妹仲良くティータイムを過ごしているイラストが添えられていた。
まるでティアラとクロエのような容姿の姉妹だが、現実にティアラとクロエの二人がそんな風にお茶を仲良くすることは永遠にないだろう。
(私とクロエのルーツかも知れない二人の姉妹、本当は子孫にも仲良くして欲しかったのかも知れない。ごめんなさい、うまく歩み寄ることが出来なくて)
ため息を吐くティアラを心配しているのか、ポメが珍しく自分からティアラの膝にすりより甘えてきた。
「きゃうーん」
「ふふっ心配かけちゃったわね、ポメ。平気よ、私は自分の使命を果たしていくつもりだから」
心を落ち着けるために、備え付けのティーセットを使ってお茶を淹れる。熱々のアップルティーからは、魔女姉妹が好んだとされる優しい香りがした。それは人々の心の傷を癒すような、魔法の香りだった。