12 優しく頭を撫でられて
ロンドッシュはイングリッド地域でも都会の部類だが、地元の魔法使い達のために使い魔と触れ合えるドッグランのような自然溢れる施設が幾つかある。使い魔と飼い主が気軽に触れ合うための場所を提供しており、ティアラ達も研修が休みの日にこの施設を利用させてもらうことにした。
「なかなかいい施設じゃないか、プロにトリミングしてもらえる美容院もあるみたいだけど。今日は商品を試してみたいから、昼食を食べたらあのセルフケアコーナーを使用させてもらおう」
「ええ、研修が忙しくてなかなかポメのケアをしてあげられなかったから。今日くらいは、のんびりと触れ合いしないとね」
借りている宿泊施設内で、ポメの毛並みを本格的に整えてしまうと掃除に困るため、ブラッシング可能となっている施設は有難いものだ。
ポカポカ陽気の昼下がり、軽食を楽しんだ後は場所を借りて、ポメのブラッシングタイムである。外の広いドッグランで戯れる使い魔や木製のベンチで休む猫タイプの使い魔の視線を感じつつも、ティアラはポメの背中を撫でてリラックスさせた。
「はいポメ、ここに座ってちょうだい。うちのショップでも取り扱うことになった使い魔用のヘアブラシでツヤを出してあげるわ」
「きゃうん」
使い魔と飼い主がコミュニケーションをはかるにあったって、ちょうど良いツールが毛並みを整えるブラッシングだ。幻獣ポメは見た目はポメラニアンそっくりの小型犬タイプの幻獣だが、実のところ額に宝石を持つカーバンクルである。
だがポメの正体が小型犬だろうと幻獣だろうと、ブラッシングが好きなことには変わりない。魔法グッズ管理会イチオシのヘアブラシで、丁寧に毛を梳かしてやると気持ちよさそうに目を瞑りティアラへの信頼が増した様子。
「へぇ随分と綺麗になるもんだな、そのブラシ。なんだか毛先まで艶が出ている気がするぞ。良かったな、ポメ」
「くうーん」
「ふふっ。せっかくジルが早いうちに選んでくれたブラシなのに、試す場所がなかったものね。この使い魔用の施設があって、本当に助かったわ。やっぱり店頭に商品を並べるからには、試してからの方がいいもの」
錬金魔法ショップ・ティアリィに並ぶ商品は、魔法グッズ管理会の定番アイテム、ティアラが錬金したオリジナルのポーションや装備品、フェアトレード扱いの魔女を保護する提携商品だ。ポメの毛並みを整えたブラシは、この中ではフェアトレード商品に該当し、売上の一部は魔女狩り防止の寄付になる予定。
最初は分からない部分が多かった魔法グッズの基本や接客も、研修を経てそれなりに詳しくなったつもりだった。けれど所詮はまだ机上の理論であり、後は実際に開業をして働きながら覚えていくしかないだろう。
(頑張った甲斐があって随分と研修は順調に進んだわ。このままいけばスケジュールを数日伸ばして、魔女地域に直接足を運べる)
しばらく無言でポメを撫でていたティアラだが、思うところがあるのが夫のジルに伝わったのか。ジルから、今後のスケジュールを問われた。
「なぁティアラ、話の流れで慈善家としても活動することになったけど。もしかしてこの研修後に、聖女クロエって子の出身地に行ってみるのか?」
「えっ……う、うん。魔女狩り反対の活動を視野に入れるなら、歴史上切っても切れない地域だもの。クロエにはあんまりいい思い出がないけれど、所詮子供だと思って適当にあしらっていたし。今思えば先輩聖女として教育しておけばって、思うこともあるのよ」
楽観的なはずのジルが珍しく心配症な一面を見せて、ティアラの頭をゆっくりと撫でる。先ほどまでティアラがポメを撫でていたのに、今度はジルに自分が撫でられるとは思わなかったため戸惑ってしまう。
「そうか、もちろんボディガードとしてオレも一緒に行くし。オレとしてはティアラが気の済むように行動するのが、一番だと思うけど。やっぱりちょっとだけ、心配だからさ……」
忙しくて夫婦のコミュニケーションが不足していたことを反省しつつ、ティアラは照れ隠しのようにジルに囁く。
「心配しないでよ、ジル。私達はいつでも、気ままな旅に出るだけなんだから」




