08 高まる錬金術への想い
二つ目の錬金素材である『目覚めの花』は古代草原エリアに咲く一般的な錬金素材だ。しかしながら、まだ一度も錬金を行ったことのないティアラに取って、写真をサンプルを頼りに広大な草原から花を選り分けることは難しい。
そこで、犬タイプの幻獣であるポメの出番である。人間に比べて鼻が効くポメに素材の香りを覚えさせて、探索してもらうのが最も効率の良い方法だろう。
「ほら、ポメ。これが目覚めの花のサンプルよ。匂いを覚えたら、この花が咲いていそうな場所を探して欲しいの」
「くんくん……きゃわんっ」
ガラスの小瓶の蓋を開けて、納められたサンプルの目覚めの花の香りを嗅がせる。水色の清楚な花からはスズランによく似た爽やかな香りがした。
早速探索を開始したポメは、草むらをくんくんと嗅ぎ分けながら、獣道をどんどん進んでいく。
「おぉっ! なんかポメのやつ、ちっちゃいのに結構スイスイ草むらを進んでいるな。モンスターの出没地域だし、普通の犬に探索させる訳にはいかないが。何だかんだいって幻獣だからな、いざって時も平気だろう」
「そうね……けど、無理しないで欲しいわ。あらっ……何かそれらしきものを発見したのかしら」
草むらは時折、小さな虫が現れたり野生の小動物とすれ違ったりと、王宮生活が長かったティアラにとっては、ちょっとした驚きの連続だった。ハルトリアに移住してきてからも、お屋敷の離れでのんびりとした暮らしをしていたため、自然の変化を肌で感じることはなかった。
まるで自分自身も、ポメのような幻獣になってしまったかのように錯覚しながら、ふわふわの尻尾が導く先を追いかける。無防備なティアラだが、背後はジルが守ってくれるため怖くなかった。
(ハルトリア邸のお庭にも手入れされた花は咲いているけど、此処は古代の野草が揃うとされているだけあって全てが違う。そよぐような風の吹き方、手入れされていない棘を含んだ美しい薬草、デコボコとした土と獣道。素材集めって、こんなにワクワクするものなんだ!)
「きゃおん! きゃおん!」
ポメが足を止めて、写真と同じ水色の花の存在を懸命に知らせる。サンプルの花よりも大きめの『目覚めの花』は、錬金素材の中でもオーソドックスなアイテムだ。
頑張って素材を見つけてくれたご褒美に、小さなサイコロジャーキーをポメに食べさせてやり、頭を撫でる。
「よくやったわ、ポメ。これが自然の中で育った目覚めの花、サンプルよりもいきいきとしているわね」
「おそらく普段ポーションに使われているものは、薬草園で育てたものだろう。この古代草原のものは、生きている環境が違うし、植物の迫力があるんだろうな」
雨や風に耐えながら、この場所で必死に生きてきた美しい花を手折ることに、ティアラの中で抵抗する心が生まれた。だが、冒険者の怪我を治すポーションに生まれ変わることで、この花の一生を命のバトンとして繋ぐことを約束するなら、その罪も赦されるだろう。
「お花さん、命をありがとう。絶対に無駄にはしないからね」
茎が傷つかないように丁寧に専用のハサミで採取し、瓶の中に収めていく。一つは納品用として、その他は実際の錬金素材として。
初級レベルの魔法しか使えない状態に戻ったため、知識で魔力を補える錬金術師を目指すことにしたティアラ。
消去法で選んだはずの新たな職業だったが、今は心の奥底から未知の素材を集めて、自らの手でアイテムを生み出す秘術に触れたいと願うようになっていた。