03 夫婦で一緒にギルドへ
「えっ……バジーリオさんの奥様が、早くに亡くなっているのは聞いていたけど。病気とかではなく、何かあったってことなの?」
「あぁ……証拠がきちんとあるわけではないし、暗殺の疑惑が出たというだけだが。外出時に山賊まがいのゴブリンの群れに襲撃されて……そのまま帰らぬ人になった。兄貴はそのショックから、あの歳になっても後妻を娶っていない」
ハルトリア公爵家の長男であるバジーリオは、世継ぎを作る目的からも若い頃に一度結婚しているという。バジーリオ自身ハルトリア随一の色男を自称していることもあり、数多の女が言いよる中、家の関係で若いうちに結婚させてしまったという話だ。
けれど、跡継ぎを作るという願い虚しく、バジーリオの妻は結婚して三ヶ月も経たないうちに亡くなってしまった。ティアラがハルトリアに嫁いで来た初日に『僕がいざという時の避難場所になってあげる』と話していたが、あれは奥さんを亡くしていることも関係しているのだろう。
「ゴブリンって、よくクエストの討伐依頼に出てくる黒妖精の一種の? そんな……どうして」
「おかしいよな、普段は出くわさないような種類のモンスターが、タイミング悪く市街地に現れてさ……。誰がどう見ても不自然で、謀殺の疑いがあったが証拠が掴めなかった」
「証拠すら掴めないなんて……相手は人間界に属さない黒妖精だし、法律でも解決出来なかったんだわ」
滅多なことでは市街地に降りてこない黒妖精ゴブリンを唆して、新妻を襲撃させるなんて一体どのようなチカラの持ち主が命を狙ったのか。下手をすれば依頼者は人間ではなく、精霊や妖精の類の可能性もある。
「バジーリオの奥さんは……まだ十六歳の若さで嫁いできて、家に閉じ込められるのが嫌だったみたいだ。オレも何度か会ったけど、まだまだ子供っぽさの残る好奇心旺盛な少女でさ。可哀想なことをしたよ」
「まだ十六歳……今の私より若かったのね。けどいくらハルトリア公爵家がこの辺りを束ねているからって、お家断絶のために黒妖精を操れるものなの? 一体どういう黒幕が」
想像しているよりも作為的な何かを予感させる死と謎めいた黒幕に、ティアラは不安を覚えた。するとジルは、ティアラの頭を優しく撫でてから諭すように、ゆっくり推測を語った。
「ハルトリア公爵家には、二つの精霊の血が流れている。一つは、長く続いている古代精霊の血統。もう一つは、オレや兄貴のように水の精霊の血を引くとされている新しい血統だ。真偽は定かではないが、オレ達の母は水の精霊の末裔だったとされている」
「水の精霊って、祝祭の時にお祈りした精霊様のことでしょう? ハルトリアはどちらかというと古代精霊様よりも水の精霊様に頼って生きているし、その種族を消したいと思う方が不思議だわ」
「まだハルトリアという土地には、古代精霊派がたくさんいるんだろうな。兄貴に世継ぎが生まれる前に血統を消すには、腕の立つ兄貴よりもか弱い新妻を亡き者にするのが早いと思ったんだろう」
そして今現在の水の精霊血統の世継ぎを産む可能性がある人物は、誰でもないティアラ自身なのである。自分で自分の身を守りたいというティアラの意思をジルが尊重するのも、その事件あってこそ。
「ねぇジル、もしかしてこのお屋敷の人達が私を不用意に外へ出させないようにしていたのって、バジーリオさんの亡くなった奥さんみたいにさせないように?」
「あぁ。けれど、過保護に身を守ってもいずれ限界が来るだろう。いっそのことティアラ自身が魔力を僅かでも取り戻して、ある程度の戦いをこなせた方が合理的だ」
最初は社会に出たいという気持ちが優先されていた話だったはずが、ハルトリア一族の因縁や暗い過去を知ることになってしまった。屋敷の人達もティアラの身を案じて、家にいる機会を増やしていたのだと分かると胸が苦しい。
「ジル……我がまま言ってごめんなさい。私、そんな事情がハルトリア家にあるなんて知らなくて」
「ギルドに入会したいと思うのであれば、それも一考。入会要項にはサポートを雇っていい設定になっている。……オレも一緒にギルド入会試験に同行するよ。夫婦初めての共同クエストとしてな」