02 あの悲劇を繰り返さないために
毎日忙しく領地の管理に駆け回る夫のジル、その一方で妻のティアラは公爵家の若奥様というポジションを与えられて退屈に近い暮らし。ジルとしては将来子供を授かることも考えて、ティアラには家でのんびりとしていて欲しかった。
だが、子供時代から聖女として働き詰めだったティアラが、いきなりのんびりとした暮らしに馴染めるはずもなく、ついにギルド入会テスト受験を決意する。
長く続いた仕事がひと段落つき、しばらく休みが取れる……というある日の夕刻。意を決した妻から、ギルド入会テスト受験を相談されるとは思わなかったジルは困惑するしかなかった。
「はぁっ? 魔法系ギルドに入会したいって、お前魔力はまだ、初級レベル程度しか回復してないだろう。お小遣いはミリアの家庭教師で稼げているし、わざわざ外で働かなくても……」
「王宮で聖女のお仕事をしていた時も殆ど外に出ないで、決まった場所しか外出出来なかったわ。追放されて放り出されたフェルトの街は、想像しているものとは違くて、自分の目で世間を見ていなかったことに絶望したの」
「う〜ん。フェルトとハルトリアは治安がまったく違うけど、最近はフェルトからの移住者が増えてるし。世の中が変動している時期にわざわざ外へ目を向けるのは、あんまり良くないと思うな」
世間の常識から外れた感覚になることを、ティアラが恐れる気持ちもジルには理解出来るが、なんせ時期がよくないと説得する。隣国の治安の悪化で精霊国家フェルトは解散に向かっているというし、わざわざ今の時期にフェルトの移住者と遭遇するような真似はして欲しくない。彼女は『追放された精霊国家フェルトの元・聖女様』なのだから。
「ハルトリアの治安はフェルトよりずっと安定しているけど、自分の目で外の世界へ出ないと以前のように世間知らずになりそうで」
「……もし、フェルトから逃げた時みたいに、暗殺者がティアラを襲ったら? いつもオレが、そばにいてあげられるわけではないし」
「だからこそ、外へ出て自分の魔法スキルを取り戻したいの。このままでは自分で自分の身を守れない、ジルの足手纏いにはなりたくないのよ」
話し合いは平行線でジルが想像していたよりも、ティアラは案外頑固な気質だった。よく考えてみれば自分の魔力切れを省みずに、ジルの腕の怪我を治してくれた人だ。多少なりとも頑固な気質があっても、この手の女性は致し方ないだろう。
大人びて見えるティアラだが、実のところ最近十八歳になったばかりの若い娘である。妙なところで夫婦喧嘩になるのも良くないと考え、ここは十二歳上の余裕でジルの方が折れることにした。
「はぁ……仕方がないか。屋敷の中で過保護にしすぎても、のちのち良くないだろう」
「本当、ありがとうジル! 実は錬金術師になら転職出来るかもしれないの。そうすれば、ジルの怪我や病気も私が治すことも出来るし。多少の護身術はまだ使えるから、実戦慣れすればジルの仕事にもついていけるわ」
ティアラが自分で自分の身を守れないという状態なのは、そのうち良からぬことになりそうだとジルも薄々勘付いていた。彼女が家族入りしてから1ヶ月以上経つが、まだ話していないことがあることも気掛かりだった。
精霊様から良い機会を貰ったと考えたジルは、過去にあったハルトリア家の悲劇について話すことにした。
「あの悲劇を繰り返さないためにも、こうなるのも精霊様の思し召しか。なぁ……ティアラ。兄貴のバジーリオが、奥さんを新婚のうちに亡くしたっていう話、聞いているか?」
それは普段語られないハルトリア邸宅で起きた闇の出来事、若く美しい新妻の哀しい別れの記憶。