01 新妻の決意
祝祭週間が終わり精霊国家フェルトの元・トップ聖女ティアラが、隣国ハルトリアに嫁いで二週間ほどが経った。手続きや書類の関係上まだ正式な夫婦ではないジルとティアラだが、婚約者として既にハルトリア邸で暮らしていることは街でも評判になっていた。
夫のジルはハルトリア公爵家の次男とはいえ、新都市部を大公から任されている期待の人物。妻となるティアラがどのような人物なのか、初めの頃は関心を持つ者も多く、噂の中心はジルとティアラのことばかり。
『ねぇ聞いた? ハルトリア邸に嫁いできたティアラさんって、ジル様の腕の怪我を治したことがきっかけで婚姻が決まったとか。精霊国家フェルトも半ば公認で聖女から退任させたと言われているけど、隣国としてはそれでいいのかしら?』
『元・聖女のティアラさんって、ジル様を治療したことが原因で、今はもう魔法が使えないんでしょう? 義を重んじるハルトリアの精神に則って、責任を取ったんじゃないの』
『聖女様って言うからには、たいそうお綺麗なお方なんだろうね。大公様だってそろそろ孫の顔が見たいだろうし、ジル様と早く子供を作ってもらった方が』
噂話は暇を持て余しているご婦人達を中心に、いわゆる井戸端で囁かれていた。
やがてさらに数週間経ち、冬から春の陽気に変わる頃には、ジルとティアラへの関心もだいぶ落ち着いてきていた。
関心が薄まるということは、つまりハルトリアという土地において、ティアラの存在がだいぶ馴染んできた証拠である。
この旅行記4は、ティアラがハルトリアの市民として受け入れられるようになった頃の、ギルド入会を巡る物語だ。
* * *
公爵家ハルトリア一族入りを果たしたティアラの一日は、他の主婦に比べるとそれほど忙しくない。ジルと二人で暮らす離れの炊事洗濯は、殆どメイドが行ってくれる。
「ジル、気をつけていってらっしゃい。今夜はジルに、手料理を作ってあげたいのだけど……」
「すまないな、ティアラ。実は今夜も会食の予定があるんだ。埋め合わせは、休日が出来た時にするからさ」
「そ、そう……お仕事なら仕方がないわね」
夫に手料理を食べてもらいたくて、自ら進んで料理を行うことはある。だが仕事がらみの会食も多く、家庭料理を食べる機会は少ないのだ。
一般市民は共働きの夫婦が多く、稼ぎは僅かだとしても他の女性は皆職業を持っていた。義妹のミリアに魔法を教える名目でお小遣い程度の稼ぎはあるが、家庭内で貰っている金銭のため申し訳ない気持ちもある。
「ティアラ様、今週のミリア様の魔法講義の報酬でございます。ミリア様の成績もみるみる上がっていて、これからもよろしくお願いしたいと家庭教師達も、話していたところで」
「それは良かったわ、でもこの報酬って結局ハルトリア家から出ているのよね。かと言って、アルバイトとして塾で働くには魔力が足りないし」
「はははっ。無理に外で働かれなくても、今はミリア様の魔法教育係をされるだけで充分でございますよ」
この邸宅の財政面を仕切る爺やさんは、無理にティアラを外に出そうとしない。思えば現役聖女時代も世間から離れた暮らしをしていたせいで、自分の住む国の状態を把握していなかった。
(このままハルトリアでもお屋敷の中だけで暮らしていくと、以前みたいに世間知らずになりそうだわ。観光地しか行っていないから、市民の暮らしも分からないし。やっぱり、思い切って外で働こうかしら?)
「きゃうん、くーん」
「ふふっポメ。あなた以前は、ギルドでレンタル幻獣のお仕事をしていたのよね。お屋敷の庭以外でも、走り回ってみたい?」
「くんくんっ」
ポメのふさふさの頭を撫でてからティアラは、以前訪れたバルで貰ってきたギルドの入会案内の用紙を自室のデスクから取り出して、ある決意を固める。
愛する夫ジルに、ギルド入会テストを受ける旨を話すことにしたのだ。