11 遠い将来の約束
ティアラにかけられていたタイムワープ魔法のチカラが弱まり、ゆらゆらと辺りが歪み始める。すると一緒に水路の前で祈っていたジル少年も、異変を感じたようだ。
「わっ! なんだろう、急に。景色が水面みたいに揺らめき始めて、誰かが魔法を使っているのかな?」
「ごめんなさい、多分私にかけられていた転移呪文が時間切れになりそうなのよ。このゆらゆら揺れる景色は、魔法の軸がぶれてきてる証拠だわ」
「えぇっ? お姉さんって、誰かにこの町に連れて来られてきたってこと」
細かい事情を説明したくても、ティアラ自身誰に喚ばれて二十年前にやってきたのか、明確ではないのだ。
「誰が私を転移させたのかは定かではないけど、美しい女性の声がしてまるで精霊様に呼びかけられているようだったわ。けれど、転移魔法の分岐点が出来始めているから、どうやら時間切れみたい」
「精霊様に呼びかけられて……この銅像の精霊様が。それとも誰か、別の人が? お姉さんがこの街に来るのが精霊様にとって重要ってことなの……それとも精霊像と個人的な関係が」
「今日は祝祭週間だし、もしかすると気まぐれで私をここに喚んだのかも」
未来を変えるような発言をするわけにもいかず、精霊様の気まぐれということで話を終えようとするティアラ。彼女を迎えにきたかのように、一匹の幻獣が現れた。
「くうーん!」
狭い水路の上を我が物顔で、スイスイと歩くその幻獣は……見た目こそ普通のテリアだったが、そのうちに秘めた魔力は幻獣そのものだった。
「テリー? もしかしてお前がこのお姉さんをうちの町に喚んだ張本人なのか」
「くいーん、きゃうん」
ジル少年はまさか、自分の家の飼い犬が転移魔法分岐点に現れるとは思っていなかったようで、動揺を隠しきれない。だがいつもとは様子が違うテリーを見て、ジル少年はテリーが誰かの使いとして現れたことに気づく。
「もしかして、お前も精霊様に操られて? けど、いったい何の目的で。それともただの気まぐれなのかな」
呟きに応えるように何処からともなく不思議な声が聞こえてきて、ジル少年の投げかけた疑問に返事をする。
『気まぐれ……ということにしておきましょう。ただ一度でもいいから、逢ってみたかったのです。私の大切な息子のお嫁さんに……未来では私はもう人間の状態を保てなくなっていたから』
声の心の主が果たして精霊像なのか、ジル少年の母親なのかは定かではない。けれど、その声色はやはりジル少年の母親のものとそっくりだった。
「この声、母さん。やっぱり母さんは……噂通り水の精霊の化身。いやオレの母さんは、ごく普通の人間の女の人。けど例え正体が何者だろうと強くて優しい、ただ一人の母さんだ」
「ジル君……」
先ほどもジル少年は、自分の母親は普通の人間だと答えていた。しかし噂通りとの言い回しからすると、人間ではない可能性を息子の立場からしても感じ取っているようだ。
その答えに辿り着いてはいけないのか、ティアラの身体が次第に透け始めて、別れの時が迫ってきているのだと見てわかるようになった。
「そろそろ、お別れみたいだね。ねぇ、ティアお姉さん。お姉さんの旦那さんって一体どんな人?」
「そうね、クールでカッコ良くて、でも心は優しい素敵な男性よ。あと、意外と甘党でドルチェが好き。でも、どうしてジル君?」
「クールでカッコよくて……か。じゃあさ、オレも将来はそういう大人の男を目指すよ。もし、遠い将来お姉さんと巡り会えたら、ガイドの続き……してあげるから。それまで、待ってて!」
ほんの少しだけ大人びた表情で微笑むジル少年は、僅かながらティアラの知る夫ジルの表情に近づいていた。ティアラが返事をする間も無く、転移魔法は途切れてしまい、夢か現か……ティアラはゴンドラの上で目を覚ますのであった。