08 今は亡き義母に逢いに
ひょんなことから二十年前にタイムワープしてしまったティアラは偶然、祝祭ガイド役のアルバイトをしているジル少年と出会う。ポメがジル少年に懐いたことがきっかけとなり、祝祭ガイドをお願いすることになった。
「たくさんガイド代貰っちゃったし、その分は頑張って働かせてもらうよっ。ハルトリア観光でどんなところを見てみたい?」
ジル少年に行ってみたい観光スポットを問われて、回答に困るティアラ。もともと隣国出身のティアラは大公国ハルトリアの知識が多い方ではなく、さらに二十年前ともなれば自身は生まれてすらいない時代。
「えぇと……そうね、私ハルトリアってあんまり詳しくないんだけど。運河を見守る水の精霊様にはお会いしたいと思ったの。精霊像が祀られている場所って、分かるかしら?」
「うん、分かるよ。お姉さんそれにしても運がいいよね。実は精霊様の像、今いる場所から移動して、一旦公爵家の敷地に預けられる予定なんだ。しばらくは整備工事の関係で見られなくなるし、今がチャンスだよ」
辛うじて思いついた場所は、タイムワープのきっかけとなった精霊像が祀られている場所である。ティアラが懸命にタイムワープした瞬間を思い返すと、『いらしてください』と言っていたのは水の精霊様本人だった気がするのだ。
わざわざ二十年前に喚び出した理由は定かではないが、自ら精霊様の会いに行くことで元の時代に戻れるのなら、良い解決策と言えるだろう。
すると例のパニーニ屋台の店主が、ガイド役は初めてだというジルに労いの言葉をかけて来た。
「おや、ジルは今回が初ガイドだから、なかなか仕事が見つからなかったが。優しそうなお姉さんが来てくれて良かったな。一緒にいる犬も人懐こそうだ」
「へへっ。子供のオレでもいろんな場所を知ってるし、きちんと役目を果たして見せるよ。美人のお姉さん、ワンちゃん、精霊像の場所に着くまで観光名所の説明もしてあげるね」
「ふふっ楽しみだわ。わぁ……改めて見ると、運河を渡る橋がすごく多いのねぇ」
二十年前の精霊像が祀られている場所は、ハルトリア新都市部の中心広場の先にあるという。水路に守られているものの、ゴンドラに乗らなくても当時は精霊像にお祈り出来ていたらしい。
「ゴンドラは有料だけど精霊像を見るだけなら、広間奥の水路そばに行けばお祈りだけなら出来るんだ。けれど、老朽化が進んだせいで整備しなきゃいけないとかで。次に精霊様が運河で公開されるのは、いつになるか分からないとか」
「なんだか残念ね……けど整備中は、公爵家が預かる予定なんでしょ。オープン形式のお庭を持っている邸宅なら、精霊様の像もそこでお祈り出来るんじゃない?」
大人になったジルの話によると、十代後半の頃に公爵家の庭で見かけたのが最後だと言っていた。しばらくの間は、一般の人も公爵家に遊びに行った際にお祈りをするのが通例になるものだと、ティアラは思っていた。
「……他の人は公爵家の開放日にお祈り出来るだろうけど、オレは子供だしいろいろ人間関係もあるし、簡単には公爵家に出入りできないからなぁ。多分、今年が最後だよ……」
よく考えてみれば、当時のジル少年はまだ父親の実家である公爵家に立ち入れるような状況ではないはずだ。本人の口ぶりからすると、むしろ一般の市民よりも公爵家とは距離があるような言い回しである。
心底残念そうに語るジル少年は、子供ながらに自分の家庭の人間関係を認識しているのだと痛感せざるを得なかった。
(どうしよう。両親は体裁上の駆け落ちだって大人のジルは語っていたから、てっきりそれほどお爺様との仲は悪くないと思っていたけど。少年時代のジルの反応だと、なんだか公爵家の本宅とは上手くいってない雰囲気だわ。ジル少年のこと、傷つけちゃったかしら?)
想定外に落ち込んだ反応を見せるジル少年に動揺したティアラは、なんとかジルに元気になってもらおうと苦肉の策を練る。思いついたのは、子供が喜びそうな甘いお菓子を彼にあげることくらいだった。
「そ、そうだわ! 私、ハルトリアのジェラートを食べてみたいの。広場にたくさんジェラート屋台が出てるんでしょう? 名物を食べれば観光の良い思い出になりそうだし、一緒に食べましょう。もちろん奢りよ!」
「えっ? 本当にいいのっ。ヤッタァ! そうだ……母さんがジェラート屋台で働いてるんだ。紹介するよ」
「えっ……お母さんが?」
とっさにジェラートを提案したつもりが、まさか母親と対面させられるとは思いもよらず。意外な形で、今は亡き義母と対面することになるティアラだった。