07 二十年前の彼と一緒に
『さあ、いらして下さい。二十年前の祝祭の日に……!』
運河を見守る水の精霊像に祈りを捧げたティアラとポメは、そのままゴンドラで引き返すことは許されず。精霊の導きによって、二十年前へとワープさせられてしまう。
* * *
目が覚めるとゴンドラに乗船していたはずが、乗船前に立ち寄ったパニーニ屋台の前に転移させられていた。
繁盛しているパニーニ屋台の店主の顔をふと見ると、初老の店主ではなく息子らしき人の姿。店を切り盛りしているのは、店主と顔立ちは非常によく似ているが、働き盛りの中年男性だ。
「ん……。あら、私、一体どうやってストリートに戻って来たのかしら? 確か、ゴンドラに乗って精霊様にお祈りをして……」
状況が飲み込めず辺りを見渡すと、パニーニを片手に持った少年が突然現れたティアラに驚きを隠せないながらも、フレンドリーに話しかけて来た。
「びっくりした……お姉さん、突然光と共に現れたけど。魔法使いか何かなの。それとも女神様? オレの名はジル、祭りは初めて? もし困っているなら、祝祭のガイド役として道案内くらいはしてあげるよ」
「えっ……ジル君?」
ジル……と言えば、最近婚約したばかりのティアラの夫となる男ジルと同じ名前だ。けれど、ティアラの知っているジルは細身ながら高身長の大人の男で、年の頃は二十九歳である。
(あれっ……私、精霊様にお祈りしてて、二十年前へとワープさせられたの? パニーニ屋台の男性は、もしかすると息子さんじゃなくて店主さん本人? けど、この男の子の名前がジルって、偶然名前が同じだけかしら)
今、ティアラの目の前で微笑む少年は、おそらく九歳か十歳くらい。黒い髪と澄んだ瞳が、婚約者のジルと似ているものの、この天使のように可愛らしい少年がニヒルな色男ジルに成長するなんて想像つかない。
困惑するティアラをよそに幻獣ポメは、そのポメラニアンのような容姿を活かして、早速ジル少年と仲良しになっていた。
「きゃうーん、くいんっ」
「おっ……お前なんだか、人懐っこいな。へへっこの犬、お姉さんの犬? うちもテリアを飼ってるんだ」
ジルも少年時代は、テリアに似た幻獣を飼っていたという。子供だったジルは、テリアの正体が幻獣であることを知らされていなかったらしいが。
(少年の名はジル、ペットはテリア……私、本当に二十年前へとワープしているの?)
「そ、そうなんだ。私の名はティア、初めての祝祭で迷子になっちゃったみたい。お言葉に甘えて、ジル君に道案内お願いしようかしら?」
本名を告げるわけにはいかず、ティアという簡単な愛称で名乗るティアラ。ジル少年に古銀貨を手渡し、ガイド役をお願いすることに。
少年に渡すガイド料としては奮発している方だが、未来の年号が刻まれているドラクマ通貨を使うわけにもいかず、旧時代の通貨である古銀貨で支払う。
「えぇっ? これって古銀貨じゃん。いいの、こんなに貰って……ドラクマで換算すると、百ドラクマくらいかなぁ。パニーニひとつが3ドラクマちょっとだから、パニーニ1ヶ月分くらい?」
当時のジルは両親が駆け落ちした状況から、そこまで裕福ではなかったらしい。祝祭のガイド役を頼むことでジル少年のお小遣いが増えれば、今月のパニーニ代くらいは賄えるだろう。
「たまたま、古銀貨しか持ち合わせがなかっただけなんだけど、これも精霊様の思し召しだわ。パニーニ代にしてもいいし、残りは貯金してもいいし。その代わり、ガイドしっかりとお願いね!」