04 パニーニで蘇る情景
集合住宅が立ち並ぶ運河周辺は、ジルが幼い頃に過ごした思い出の場所だという。両親が駆け落ち婚だった関係で、公爵家の子息でありながらそれほど裕福でなかったジル少年。遊び盛りの少年時代、手頃な価格で彼の空腹を満たしていたのがパニーニだ。
ゴンドラの待ち時間を利用して、早速オススメの屋台前まで行くと、常連らしき地元民や評判を聞きつけてきた観光客が列を作っていた。だが、パニーニを焼くスピードやお客さんの回転が良いのか、思ったよりも早くティアラ達の番が回ってきた。
「はい、お待たせしました。ご注文は……って、おやジルじゃないか? 仕事で、精霊国家フェルトに長期滞在してたんじゃなかったか。ん……そちらの別嬪さんは……もしかして」
「あぁ……数日前に我が家の家族になったオレの奥さん。ティアラって言うんだ。フェルトからの移住者だから、書面上は、まだ完全な手続きは終えていないけど。先に婚約者として一緒に暮らしてるんだよ」
「はぁ……最近までガキンチョだったジルがねぇ。いやぁ……めでたい」
話が長くなりそうな気配を察したのか、屋台の売り子が店主とジル達をリストランテ側のテラス席に座らせて、そこで談笑してもらうことになった。
生ハムとチーズのシンプルなパニーニをコーヒーと一緒に食べながら、テラス席で思い出話に花を咲かせるジルと店主。
「相変わらずこの店のパニーニは、食べやすいな。程よい焼き加減で生ハムの味を損ねなくて、チーズも贅沢だ」
「本当! 温かいし美味しいからポメにも食べさせてあげたいけど、人間用のハムは食べさせちゃダメなのよね。ごめんね、ポメ」
「くいーん」
羨ましそうにティアラとジルのパニーニを見つめるポメ、朝ごはんはきちんとドッグフードを食べて来たはずだが。小腹が空いているのか、尻尾を振りながらクンクンと鳴いている。
「おっ……ティアラさんは、この幻獣と一緒にハルトリアへ嫁いできたのか。懐かしいなぁ……昔はちっこいテリアをジルがよく連れていてね。確かテリアに似てるから、名前はテリーだったよな」
「へぇ……うちの子は、ポメって言うんです」
あっさりポメが幻獣だということに気付いた店主に驚きつつも、見分けがつく人にはすぐに分かるのだろうと解釈した。
「はははっ。ポメラニアンに似ているから、ポメか! よし、ポメがこの店に来たのもテリーの導きかも知れん。天国に旅立ったテリーへの餞別として、そしてポメとの出会いの記念に。犬でも食べられる美味しいモッツァレラチーズを、ポメにプレゼントしよう」
言うなり店主は、リストランテの店内からサラダ用のモッツァレラチーズを持って来てポメにくれた。まあるくてふんわりした白いモッツァレラチーズを、小型犬タイプの幻獣でも食べやすいように小さくカットしてくれた。
「はふっはふっ……くいーん!」
「随分美味しそうに食べてるな……ポメのやつ。もしかして、好物?」
ポメの意外な美食ぶりに、ジルも感心しているようだ。チーズと犬が頭の中で結びつかなかったティアラも、思わず驚いてしまう。
「まぁ! 私、ポメ好物がチーズだったなんて、初めて知ったわ。なんだかすみません店主さん、こんな良いチーズをいただいてしまって」
「いいってことよ。犬……いや幻獣か? ともかくちっこいのが喜んで食べてるとなれば、それを見たお客さんも安心してうちの料理を食べてくれる。まぁ、舌が肥える可能性はあるが」
「ねぇジル、うちでもモッツァレラチーズを用意した方がいいかしら?」
「帰りに買って行くか、たまにおやつとして食べるなら、モッツァレラチーズならそんなに高くないし。負担にならないだろう」
わふわふと美味しそうにモッツァレラチーズを食べるポメに興味が湧いたのか、通りすがりの白猫がポメに寄ってきてチーズをおねだり。
「ミャア〜ン」
「くうんっ」
ゴンドラが渡る運河の前で、幻獣と猫が仲良くチーズを分け合う。穏やかな日差しの中で、ティアラはジルが少年時代に過ごした景色を満喫するのであった。