03 思い出の街並みをあなたと
「今週はハルトリア祝祭週間で、お得な屋台が多数出ております。是非ご利用下さい」
「教会のバザーは西地域の広場、音楽隊による無料の演奏ショーは東側の噴水前です」
大勢の人で賑わう祝祭のメインストリートは、体調不良から復帰したばかりのティアラが歩くには少し不安である。喧騒を避けるための配慮なのか、ジルが選んだゴンドラの場所は祝祭のメインストリートからは、幾らか離れた場所だった。
「流石は祝祭週間ね……いろいろな屋台や催し物がたくさん! 運河を渡るゴンドラも利用者が多く感じるわ」
「メインストリートのゴンドラ周遊コースも賑やかだが、今日は静かな奥の水路を行こう」
とはいえ、やはり祝祭で遊びに来た観光客や地元住民が足を運んでいることもあり、メインストリートほどではないものの人だかりが出来ている。ポメが一緒でも足元に不安なく歩ける程度には、人と人との距離を保てるため、地元民が知る穴場なのだろう。
「いつもはもう少し空いているんだか、祝祭の期間だからな。午後のゴンドラに乗船予約を入れておいたから、先に腹ごしらえしよう」
「そういえば、ハルトリアに来た日はバルで朝食を頂いたのよね。朝はドルチェで甘いものがメインだったけど、お昼は普通にパスタとか?」
「まぁパスタやピッツァも美味しいが、今日はせっかくの祝祭だし。リストランテが、昼間限定で販売しているパニーニがオススメかな。思い出がたくさんある場所だし、ティアラにも同じ味を知って欲しくて」
運河周辺にはゴンドラ目当で訪れたお客さん向けに、屋台が幾つか出店されていた。ピッツァの具を包んだカルツォーネや甘いジェラートの屋台など、老若男女問わず引き寄せられてしまう魅力的なラインナップだ。
中でも一番多い屋台がパニーニの屋台だが、ジルにはすでにお気に入りの店があるようで、ティアラはそのオススメ店のパニーニに挑戦することにした。
「夜は高級ラインのお酒が並ぶリストランテなんだが、昼間限定で屋台を出店していて手頃な価格でパニーニを提供してるんだ。両親は駆け落ち結婚だったから、当時はそんなに裕福じゃなくて。ガキの頃は、このパニーニを食べられるのが嬉しくってさ」
懐かしい場所を案内した意図は、ジルが幼い頃の暮らしを説明する意味もあったのだろう。寝耳に水とまではいかないが、まさかあの大公様が駆け落ち結婚だとは露知らず。ジルが市井で暮らしていた時期がある事情が、なんとなく理解出来てきた。
「えっ……駆け落ち結婚? そう言えば、ジルって子供の頃は市井で育ったって話していたけど。この辺りが幼い頃に育った街なのね」
「まぁ駆け落ちと言っても、ハルトリアの旧都市から新都市に移動しただけの小さな駆け落ちだけど。他国のご令嬢とのお見合いを断っておふくろと結婚した手前、しばらくは親とは絶縁していたらしい。体裁上とは言え、行方知れずってことにしてたんだそうだ」
既に亡くなったしまったジルのお母さんは、ティアラと同じく魔力を失った幻獣を連れていたという。不思議な縁を感じるティアラとジルの母、そしてジル自身も再び幻獣と出逢ったのだ。
追放された聖女という訳ありなティアラをハルトリア公爵家が快く受け入れてくれたのも、大公様の駆け落ちなどが関係しているのかも知れないとティアラは思った。
「そっか……だから大公様は、『亡くなった奥様の代わりに幸せになって欲しい』なんて、言い方をしていたんだわ」
そして、その思い出を受け継いでジルとともに生きていくことが、新たな家族であるティアラの役割なのだ。