03 芳醇な香りの安らぎを
早朝にも関わらず、ハルトリア都市部のストリートは多くの人で賑わっていた。キャリーバッグを手にした旅行者はもちろんのこと、身軽な地元民の姿も多く、バルで朝食を摂るのが当たり前というのも納得だ。
「今日はオレの妻になるティアラが、初めてハルトリアの地に足を踏み入れた記念の日。嫁ぎ先の暮らしぶりを知る意味でも、バルの朝食はもってこいだな」
「この国の人達はそのバルってところで、朝食を済ませる人が多いのね。確かに、こうしてストリートを歩いていても、飲食店が朝からたくさん開いているわ」
大公国ハルトリアのお洒落な紳士淑女は、朝食の時間をバルと呼ばれる喫茶店で過ごす者も多い。アクティブな暮らしを好む者は、小さなエスプレッソを飲み干して、すぐさま店を後にする者もいる。
オープンテラスで食事を摂る人々は、皆エスプレッソやカプチーノなどの甘めのコーヒーに、クロワッサンやドーナツなどの甘いものを合わせていた。
「あら? 朝食なのに、ティータイムみたいなセットの人が多いような」
「意外かもしれないが、我が国の朝食文化は甘いものがメインなんだ。時間を短縮したい大人の中には、エスプレッソだけで済ませる者もいるけど、レディをもてなすならドルチェの方がいいだろう」
ドルチェとは、ティアラの国で言うスウィーツみたいなものだろう。朝食を兼ねているだけあって、腹持ちが良いのが特徴である。
「ティアラさん、自宅で食べる場合でも朝ごはんはクロワッサンにクリームが入っているものや、甘めのクッキーが普通なんだよ」
「てっきり、ピッツァやパスタを朝から頂いているのかと思ったけど。朝はそういう感じが、主流なのね」
今回は、ジルの年の離れた妹ミリアが一緒なこともあり、甘いドルチェの朝食を摂ることになった。
「あっお兄ちゃん、ティアラさん。ミリア、あのバルがいいな! ワンちゃんとご一緒の方もどうぞって書いてあるよ」
「ポメも一緒に休めるお店があって、良かったわね」
「きゃうんっ」
ミリアに付き添っていた執事は、ジル達がバルで過ごしている間に、市場で用事を済ませてくるという。家族水入らずの場面を、遠慮しているのかも知れないとティアラは思った。
王宮と違い、使用人が自らの判断で主人に使えている雰囲気で、この国の文化が見受けられる。
「いらっしゃいませ。クエスト希望者はギルドカウンターを兼ねている奥の座席へ。一般の方やペットとご一緒の場合はオープンテラスのご利用も可能です」
「今回は、クエスト絡みじゃないし、ペット枠のポメがいるしな。一般枠のオープンテラスを使わせてもらおう」
初めてのバルは、ラフなファッションの冒険者も利用しており、ギルドと連携しているところだった。
(これ……クエストの張り紙だわ。回復魔法の使い手募集もいくつか有る。私も魔力が尽きていなければ、自分でお金を稼げるのに)
入り口付近に、クエスト募集の張り紙がチラホラと目につく。が、あいにく魔力を失くし、転職すらしていない今のティアラでは、ギルド加入は出来ない。
「……クエストの張り紙を見つけたのか。ティアラ、今は魔法のことは忘れて食事を楽しもう」
「うん……そうね。せっかく、こんな素敵なお店に連れて来てもらったのだもの。楽しまなきゃね」
元・回復魔法の使い手としては少し寂しい気持ちもあったが、店内から漂う芳醇なコーヒーの香りがティアラを誘う。まるで、ひとときの安らぎを訪れた人々に運ぶように。