01 到着、ハルトリア新都市駅
「本日も特急列車スピカ号をご利用頂き、誠にありがとうございます。あと十分ほどで、終点ハルトリア新都市駅に到着致します。お忘れ物のないよう、お気をつけてください」
魔法石炭と電気で走る特急列車に揺られること数日、精霊国家フェルトの国境を越えて、隣国ハルトリアの中心都市へと辿り着いたティアラ一行。
窓から見える景色は、内陸のフェルトとは異なる海の青が広がっていた。朝の日差しがキラキラと海面に反射して、天然の宝石のような輝きだ。
ポメも海が珍しいのか、それとも案外懐かしい場所なのか。尻尾をふさふさと振って、海の景色に『きゅーん』と鳴く。
「うわぁ噂には聞いていたけれど、ハルトリアの海って本当に綺麗ね。私、フェルトの王宮と周辺しか行ったことがないから、すごく新鮮だわ」
「おっそれは、良かったな。ハルトリアの都市部は海に面しているから、景色だけじゃなく美味い魚介類も沢山味わえるぜ」
自国が褒められると嬉しいのか、鋭い瞳を珍しく柔らかくして、ジルがハルトリアの海の恵みについて語る。
「へぇ。そういえば、ハルトリアは魚介類のパスタやピッツァが有名だったわよね。あと、まだ私は飲めないけれど、ワインとか」
「ああ海の幸も豊富だが、山の方には、ワイナリーとセットで葡萄畑や鉱山もある。個人的には、カフェで頂くエスプレッソもオススメだがな。魔法に依存しなくてもなんとかやっていけるのは、潤沢な資源のおかげだ。さあ、行こう!」
さり気なくティアラの荷物を手に取り、運んでくれるジルのレディファーストに甘えながら、特急列車を降りる。移住希望者が増えている影響で、行き交う人々の数がとにかく多い。一般的に海岸沿いの都市は、夏場が旅行シーズンで冬場は落ち着いているはずだ。
だが、フェルトの治安が不安定なせいか、ハルトリアにはシーズン外にも関わらず、人で溢れていた。
「まぁ、想像よりもずっと駅の利用者が多いのね。魔法使い系のファッションの人の多さからすると、大半はフェルトからの移住希望者かしら?」
「多分な、うちの国はまだ発展中の事業が多いから、移民が増えても多少の受け入れ先があるし」
すると、改札の向こう側にはジルの到着を待っていたのか、ゴシックロリータファッションの亜麻色ロングヘア美少女と、執事らしき若い男性の姿が。美少女はぴょんぴょんとツインテールの髪を揺らして手を振り、まるで親の帰りを待ちわびていた子供のようである。
(……? あの可愛いらしい女の子、多分ジルに手を振っているんだろうけど。一体、どういう関係なのかしら。ジルは二十九歳、女の子は見たところ九歳から十歳前後よね。まさか、ジルのお子さん?)
想定外の少女の登場に、ティアラの中でジルが実は子持ちで、何かの事情で奥さんとは別れている設定が決定していた。
動揺したティアラの中で、義理の娘との将来設計という悩みがグルグルと回っていると、少女からティアラの不安を払拭するセリフ。
「ジルおに〜ちゃん! お帰りなさいっ」
「おっ……お兄ちゃんっ?」
少女とジルの年の差に思わず驚きの声をあげるティアラだったが、慣れているのかジルが簡単に関係を説明し始めた。
「妹のミリアは、オレが十九歳の時に親父がメイドに生ませた子供で。まぁ当時のオレは実家から出て大学の寄宿舎で暮らしていたから、疑われずに済んだけど。かなり歳が離れているから、親子に間違われることもあるよ」
「そ、そう。けど、昔とはいえジルに奥さんがいたらって、思ったらショックだったから。良かった……」
「あはは! 複雑な家庭環境だが、オレは幸か不幸かこれまで独身だよ。いや、そのおかげでティアラを嫁さんに出来るんだから幸福だろうな」
そっと差し出されたジルの手を取り、駅の改札ゲートを出て家族の元へ。そう……これからは、ジルの家族がティアラの家族になるのだ。