09 未練を隠す忠告
結局のところ、ジルがどう足掻こうか、ティアラが遅かれ早かれ追放されるのは確定しているようだ。
芽生え始めた恋心を自覚していたジルは、破綻状態とはいえマゼランスとティアラが別々に暮らしてくれた方が気が楽だった。しかし、機密事項や要人に関わる記憶は全て消去してから追放するところを見ると、ジルとの僅かな思い出も消し去られる事は明白で。
ジルがティアラを我がものにしたければ、記憶消去後のティアラと自分を繋ぎ止める『何か』を作って置かなければならない。思いついたのは魔石の指輪をすぐに発注し、聖女ティアラという名を自国の職人達に知らせることくらいだ。
そうと決まれば、すぐにでも使いを出して将来に向けて手配しなければならない。ジルは、一旦話を打ち切って拠点である別荘へと帰ることにした。
「そうか、オレも魔法には疎いしこれ以上は口出ししないよ。聖女様がその魔力で、オレを治療してくれるっていうんだし。有り難く、最後の奇跡に与らせてもらうさ」
交渉ついでにティアラを治療役として、派遣してもらう許可を得ることにする。一応は、現在の婚約者の許可を得て仕舞えば、妙な噂が立つこともないだろう。
「ハルトリア公爵が、それで納得してくれるなら越したことはない。では、失礼する。ティアラはせいぜい最後の魔力で、次の仕事先のコネクションでも見つけておくことだ。いや、お前の場合は……その美貌で、新たな男探しと言った方がいいだろうがな」
「なっ……何ですって!」
聖女として、人として、自らの魔力を善の奉仕に使いたいという願いとは裏腹に。マゼランスから、娼婦のような扱いで非難され、ティアラは激昂しそうになる。
その時のティアラの顔色が、青ざめていたのか、それとも恋のときめきで赤くなっていたのか。夜の頼りない灯りの下で、ティアラの顔色をはっきりと伺えたのは皮肉なことにマゼランスだけだった。
「ふんっ図星か。ハルトリアどのも、その女に気を許しすぎぬよう……同じ男としての忠告だ。昔の僕みたいに、ならぬよう」
最後に皮肉をたっぷりと込めて立ち去るあたり、マゼランス王太子らしい態度である。だが、その言葉の奥にはかつては自らもティアラに夢中になったことを認めるニュアンスが含まれていた。
「同じ【男として】の忠告……ね。なんだ、マゼランス王太子はまだ……」
毒魔法は抜けたはずだが、一瞬だけジルが苦笑いしたのがこの記憶の最後の部分。
指輪の魔力によってティアラが思い出せたジル・ハルトリア公爵との出会いの記憶は、ここで途切れてしまった。




